今号が発行される5月上旬は、2021年3月決算が一番盛り上がっている時期になります。特に今回の3月決算は、監査報告書上に「監査上の主要な検討事項(Key Audit Matters:KAM)」の記載が強制適用になる最初の年であり、昨年までの状況とは大いに変わっているはずです。
本誌第30号(2021年1月)では「KAMの記載の導入に向けて」という特集を組み、以下の論考を掲載しました。
さらに本誌前号の第31号(2021年3月)においては、強制適用3月直前での留意事項を記載しました。
現在ほとんどの会社は何をKAMとして選ぶのか決定し、その記載をどうするのか、という最終的な段階にきていると思います。そこで今回は、いま目の前にある状況についてではなく、来年度以降どうするべきなのかというところに視点を移したいと思います。
日本公認会計士協会(JICPA)は、2020年10月8日に監査基準委員会研究資料第1号「『監査上の主要な検討事項』の早期適用事例分析レポート」※1(以下「早期適用分析レポート」)を公表し、12月にセミナーを行っています。日本監査役協会は2020年11月30日に「監査上の主要な検討事項(KAM)の早期適用に関する実態と分析――強制適用初年度に向けて」※2を公表しています。財務諸表利用者であるアナリストや研究者の方々は、分析等をさまざまなところで公表しています。財務諸表を作成された方の経験を共有するレポートも多くの媒体に掲載され、貴重な知見を得ることができました。
関係各位がKAMという新しい概念を学習し、早期適用を受けて分析等を行い、少しだけ落ち着いたところで、強制適用が始まることとなりました。今は実際にKAMを作成している最中で、あまりのんびりと構えている場合ではないかもしれませんが、少しだけ将来(2年目以降)について考える時間を取ってみるのもよいことだと思います。
KAMは、監査基準委員会報告書(以下、「監基報」)701第7項において「当年度の財務諸表の監査において、監査人が職業的専門家として特に重要であると判断した事項をいう。監査上の主要な検討事項は、監査人が監査役等とコミュニケーションを行った事項から選択される」と定義されています。つまり毎年KAMは、その年度について記載されるということになります。
また、本稿における意見にわたる部分は、筆者の私見であることをあらかじめお断りします。
KAMの早期適用に関して調査・分析していたJICPAのチームは、いろいろな立場の方の意見を伺って、その調査結果をすべての関係者に広く知ってもらいたいと考えていました。その中で実現したのが、『週刊経営財務』誌(税務研究会)に掲載された「JICPA座談会 KAM本適用に向けた展望と期待」という連載記事です。
この座談会では、分析チームの公認会計士が、研究者・アナリスト・監査役等の方々と対談しました。座談会は各回オンラインで1時間程度でしたが、非常に濃い内容になっています。詳細は各号の記事を読んでいただきたいと思いますが、ここでは対談から私が学んだことと感じたことを記載します。対談させていただいた方々は、皆さまそれぞれの立場で大変に活躍しておられる方ばかりであり、時にはぶしつけともいえそうな直球の質問に対して大変に率直に答えていただきました。心より感謝の意を表したいと思います。ありがとうございました。
対談した2名の大学所属研究者のお一人は、「財務諸表監査の中で監査人が何をしているのか、ということを積極的に社会に対して示していくことで、社会の人たちに監査、監査人、会計専門職について理解を深めてもらう」のがKAMであると述べています。ここが第三者に映る監査人の今までの
立場と大きく変わる点かと思います。また、監査役等の役割が実質的に重くなりますが、そこも考えながら、コミュニケーションの重要性を改めて感じることができました。
第2回では、2名の証券会社アナリストの方と、早期適用事例を見ながら、KAMのポジティブな点について議論しています。例えば「KAMは利用者と監査人の距離――監査役の方、作成者も含めてですが――をものすごく近づける、非常に革新的なことだ」という指摘がありました。また、読む切り口として、1.アナリスト独自の分析と比較、2.同業他社との比較、3.時系列比較の視点があることが述べられています。かなり広い間口からKAMを作っていかないといけないな、と思いました。
第3回では、企業の監査役等を務めている2名の方と議論を深めました。この回の座談では、従来以上にコミュニケーションの量と質が増大していることが指摘されています。これは当然の結果と思いました。KAMを開示するポイントとして、1.KAMの内容、2.KAMとして選定された理由、3.監査上の対応という、監基報701に沿うものを挙げて、その3つが監査人を評価するポイントになり、監査役等としては、監査人がどういう対応をしているのか、監査の方法とその結果の相当性について確認する必要がある、と述べられています。ここはまさに監査役等の視線からの指摘であり、身が引き締まる感じがします。
国際監査基準上は、2016年12月15日以降終了事業年度からKAMの記載が求められました。このため、この連載でも以前に触れましたが、早期適用を行った英国に世界中の担当者が2015年と2016年に集められました。日本ではまったく導入の目途が立っていない頃でしたが、私はそこに一人で参加しました。
2015年の秋は、ロンドンでちょうどラグビーワールドカップが開催されており、日本が強敵の南アフリカ共和国に勝利した次の日がミーティングの初日でした。おそらくこの勝利はラグビーに詳しい方にとっては奇跡のようなことだったのだと思います。ミーティングの最初のスピーチでは、「日本が南アに昨日勝利している。これはとても素晴らしいことである。KAMの導入はとても大変だが、同じように勝利できるはずである」というようなことを言われて、あの勝利というのは、そんなに奇跡なのか、KAMの導入を促すためには、そのネタがふさわしいのね(スピーチをした人は、日本からの参加者がいるなんて知りません、たぶん)と思い、戸惑いとともに身が引き締まる思いがしました。
2015年および2016年のロンドン、また、その後いつも言われたのは次のようなことです。ただし、(1)と(5)は英国における望ましい形を指しており、日本におけるKAMについては、その精神を尊重するという形になります。
(1)可能な限り、PwCの報告書として、見た目や利用者に与える印象(‘look and feel’ )が一貫したものとなることを目指す。
(2)報告書提出前に独立の立場からレビューを実施する。
(3)ボイラープレートを避け、有益かつ個別に対応したKAMを目指す。
(4)ドライラン/パイロットの実施を強く推奨する。
(5)監査人による考察や発見事項を含め、不確実性を取り除き、完全なストーリーを伝えることは、困難なことも多いだろうが、できる限りの整理を行う。
(6)KAMの概念や監査報告書へ記載する意義について、投資家を含む利用者に向けたアウトリーチプログラムを実施する。
これらのことを、早期適用も含め2021年3月期の強制適用に向けて、品質管理本部と監査チームが手に手を取って実施してきました。さらに、2021年6月末の有価証券報告書を提出するまでやり続けることになります。ロンドンの元締めにはほめてほしいくらいの話です。
この中で一番難しいのは、(3)です。ボイラープレート(boilerplate:鋳型、印刷用の鉛板、転じて型通りの記述)にしないということです。まず、KAMはその会社の固有の事情がわかるということ、つまり、その会社のオリジナルのKAMであって、どこか他社のKAMからのコピーではないのがわかるということが必要であると言われました。例えば同じ業種のA社とB社とC社の減損のKAMがほぼ一緒というのは、場合にはよるとは思いますが、おかしいと言われています。早期適用でのKAMについても、各方面から高く評価されているのは、その会社の個別の事情が理解できるKAMでした。
また、KAMは2021年3月期が最初ですが、最後ということではありません。これから毎年度ずっと続いていくことになります。その際、自社のKAMをまったく同じに続けていくことも避けなければなりません。2021年3月期に頑張ってKAMを記載しても、2022年3月期のKAMが今年とまったく一緒の場合、後者はKAMとしての意義がないと言われることになります。会社は生きていますから、今年と来年は違うものになるはずであり、監査上の主要な検討事項は違うはずです。会社そのものだけではなく、会社を取り巻く環境、政治情勢等も違ってくるはずです。例えば、会計基準も2021年4月1日開始事業年度は収益認識に関する会計基準が変わります。来年のことも踏まえたうえでの書きぶりの検討ができればさらに望ましいと言えるでしょう。
監査人も、作成者も、監査役等の方々も、今日現在作成済みかもしれないKAMをもう一度読んでみて、2022年3月期のKAMはどのように展開するのか、会社の状況の変化や、将来のことを大いに考えて、2021年3月期のKAMがそれでいいのか、開示が十分と言えるかどうかを考えてみるのが、今年のKAMをより素晴らしくするために大切な手続きになるかもしれません。
PwCあらた有限責任監査法人
メソドロジー&テクノロジー部
パートナー/公認会計士 廣川 朝海