2021年3月30日、企業会計基準委員会(以下「ASBJ」という)より実務対応報告公開草案第61号「グループ通算制度を適用する場合の会計処理及び開示に関する取扱い(案)」(以下「本公開草案」という)が公表されました。本稿では、本公開草案の概要について解説いたします。なお、本稿の意見にわたる部分は著者の私見でありPwCあらた有限責任監査法人の公式な見解ではないことを申し添えさせていただきます。
グループ通算制度は2020年税制改正により、従来の連結納税制度の趣旨を引き継ぐものとして導入される制度です。税制改正後、一定の準備期間を経て2022年4月1日以後開始する事業年度から適用されることとなっています。
これまで、前身の連結納税制度下における会計上の取扱いを定めたものとして、実務対応報告第5号「連結納税制度を適用する場合の税効果会計に関する当面の取扱い(その1)」(以下「実務対応報告第5号」という)および、実務対応報告第7号「連結納税制度を適用する場合の税効果会計に関する当面の取扱い(その2)」(以下、「実務対応報告第7号」という。実務対応報告第5号とあわせて「実務対応報告第5号等」という)がありましたが、税制改正によりグループ通算制度へ移行するのに伴い、実務対応報告第5号等も見直しが必要になり、ASBJで検討を進めていました。
2020年税制改正の成立日が2020年3月27日なので、本来であれば成立日時点で改正後の税法に沿って税効果会計を適用するのが原則ではありますが、成立日時点でグループ通算制度の詳細が明らかでなかったため、2020年3月31日、実務対応報告第39号「連結納税制度からグループ通算制度への移行に係る税効果会計の適用に関する取扱い」を公表し、グループ通算制度を含む2020年度税制改正より前の税法を適用できることとし、グループ通算制度の詳細が明らかになったところで、従来の実務対応報告第5号等の改廃を改めて検討することにしていました。本公開草案は、このような経緯の中でグループ通算制度下での会計処理および開示上の取扱いを明らかにしたものです。
実務対応報告第5号等は、開発当時、連結納税制度が新たに導入されることが確定したことを受けて検討のうえ公表されたものでした。その内容も、連結納税制度そのものの説明が含まれたQ&A形式であり、また、タイムリーな公表が求められていたことから実務対応報告第5号、実務対応報告第7号と2つの実務対応報告に分けて開発されていました。グループ通算制度への移行に伴う今回の検討では、これを新たにひとまとめにして体系的な実務対応報告として開発されました。
しかしながら、連結納税制度からグループ通算制度への変更の主要な趣旨が、連結納税制度における計算事務の煩雑さや税務調査後の修正申告・更正の事務の簡素化にあり、基本的な税負担を大きく見直すものではないことから、会計処理においても基本的には実務対応報告第5号等の立場を踏襲するという方向性で検討され、本公開草案はその考え方を基礎として開発されています。
上述のとおり、連結納税制度からグループ通算制度への移行の趣旨が、原則的に従来の課税関係を維持しながら課税所得計算や納税実務等の簡素化を狙ったものであるため、税金費用に関する会計処理及び税効果会計の適用についても従来の実務対応報告第5号等と大きく変えないことを基本的な考え方としています。
一方で、グループ通算制度への移行による経済的な変化を想定しているものではないとしても、制度自体の変化により影響が生じる可能性のある部分については、考え方の再整理や補足的な定めの設置などが必要な場合があり、その部分についてはASBJでも慎重に議論が尽くされ、本公開草案に織り込まれています。連結納税制度とグループ通算制度との全体像の違いは図表1をご参照ください。以下、考え方を整理した点および主要な変更点を紹介します。
ここでは、連結納税制度下における会計処理と大きな変化を起こさないようにするために整理された考え方を紹介します。
連結納税制度のもとでは、連結納税親会社が連結納税グループ全体の税金を納付する一方、連結納税会社間で「連結法人税個別帰属額」を授受して、連結納税会社ごとの税金負担額を調整することが想定されていました。その点で、授受される連結法人税個別帰属額は連結納税子会社にとっては連結納税親会社への支払いにはなるのですが、その本質は税金費用の当該会社負担分であると考えられるため、損益計算書上、連結法人税個別帰属額は法人税および地方法人税に準ずるものとして取り扱われていました(実務対応報告第5号Q17)。
グループ通算制度においては、通算グループ間の損益通算を行ったうえで、通算会社がそれぞれで申告、納付を行い、あわせて通算グループ内で損益通算による税効果額に相当する金銭の授受(「通算税効果額」)を行いますが、その通算税効果額はやはり各通算会社にとっては所得に対して課せられる税金費用の性格を持つため、損益計算書上法人税および地方法人税に準ずるものとして取り扱うこととしています(本公開草案7項、42項、43項)。
税効果会計の適用にあたっては、納税主体ごとに繰延税金資産および繰延税金負債の額の計算を行うことが想定されています。ここでの「納税主体」とは、これまでは「納税申告書の作成主体をいい、通常は企業が納税主体となる。ただし、連結納税制度を適用している場合、連結納税の範囲に含まれる企業集団が同一の納税主体となる」と定義されていました(税効果会計に関する会計基準の適用指針4項(1))。
上述のように、連結納税制度においては、複数の会社を1つの納税主体として合算して、連結納税主体として一組の納税申告書を作成・提出して納付しており、連結財務諸表ベースでの繰延税金資産の回収可能性判定も連結納税グループを1つの「納税単位」として取り扱っていました。
しかしグループ通算制度では、グループ通算親会社および各グループ通算子会社がそれぞれで納税申告書を作成・提出することになるため、上記の「納税単位」の考え方を形式的に当てはめると、連結納税グループを構成する各納税会社が「納税単位」に該当することになります。
従来の連結納税制度と本質的な課税関係が変わることを想定しているものではないため、本公開草案では、企業グループの一体性に着目し、「通算グループ内のすべての納税申告書の作成主体を1つに束ねた単位」に対して、税効果会計を適用するとしています(本公開草案13項、14項、52項)。
この取扱いは、具体的には、繰延税金資産の回収可能性の判断をどの単位で行うかに加えて、連結財務諸表におけるグループ通算会社間の繰延税金資産および繰延税金負債を相殺するか否かに関連します。実質的な「納税単位」を通算グループ全体と考えることで、連結納税制度における処理と同様、通算グループに属する各社の繰延税金資産と繰延税金負債を相殺して表示できるようになります(本公開草案27項、59項)。
連結納税制度においては、親会社が直接的な納税者となりますが、形式上は連結納税グループを構成する各連結納税会社が連帯して納付する義務を負っています。その点で、形式的には連結納税子会社では、親会社の納税債務に関する連帯債務が存在することになりますが、実務対応報告第5号では、この連帯債務に関する注記は実現可能性が乏しく情報価値がないことから注記を求められてきませんでした(実務対応報告第5号Q17)。
グループ通算制度においては、通算グループを構成する各社はそれぞれの申告額について納付する義務を負うことになりますが、それに加えて相互の債務について連帯納付義務が生じることになります。グループ通算制度下では、連結納税制度の場合と異なり、必ずしも実際の納税が親会社においてのみ行われるものではなく各通算会社で納付するのであるから、偶発債務の注記に情報価値があるのではないか、との意見もありました。しかし結論としては、連結納税制度での取扱いを踏襲し、注記を要しないとされています(本公開草案30項、63項)。
続いて、従来の取扱いと異なる取扱いを提案しているものについて紹介します。
連結納税制度では、連結納税親会社が連結グループ全体の所得に応じた税金額を納税し、連結納税子会社が各社の負担すべき額(「連結法人税個別帰属額」)を親会社に精算することを前提として税金費用および税効果会計処理を行うこととし、仮に連結法人税個別帰属額の精算を行わない場合はいったん債権債務関係を認識したうえで、連結納税会社間で寄付があったものとみなしていました(実務対応報告第5号Q17)。
しかしながら、グループ通算制度下ではグループ通算会社間で精算が行われる「通算税効果額」の精算を行わないとした場合、繰延税金資産の回収可能性判定などにおいて複雑になるおそれがあり、会計基準等でこの場合の取扱いを明らかにするのが困難と考えられること、一方で、これまでの連結納税における実務を見ても連結納税会社間での精算を行わないケースは決して多くないのではないかと考えられるため、本公開草案では、このような通算税効果額の精算を行わない場合は取り扱わないとされています(本公開草案3項なお書き、36項、37項)。
実務対応報告第5号では、連結納税制度を適用した場合または取りやめた場合における最初の連結財務諸表および財務諸表では、その旨を注記することが適当とされていました。一方、多くの連結納税制度を適用している企業において、新たに連結納税制度を適用した年度のみならずその後の年度においても連結納税制度を適用している旨の注記を行っている実務が定着しているものと考えられます。この情報は財務諸表利用者においても有用と考えられています。
そこで、本公開草案では、連結納税制度から引き継がれるグループ通算制度においては、新たにグループ通算制度を適用した年度のみならず、その後の年度においても、本公開草案により会計処理を行っている場合にはその旨を注記することとしています(本公開草案28項、60項)。
連結納税制度下においては、その回収可能性を評価する単位が異なるため、メカニズム上、連結納税親会社の個別財務諸表で回収可能性があると判断される繰延税金資産が、連結財務諸表では回収可能性なしと判断される場合があり、その差額に重要性がある場合には個別財務諸表への注記が求められていました(実務対応報告第7号Q4)。グループ通算制度においても、上述のようにグループ通算親会社の個別財務諸表では回収可能性があるとされながら、連結財務諸表において回収可能性がないと判断されることは理論的には起こり得ます。
この注記は、連結納税制度導入当初このようなことが生じうることが利用者に周知されているとはいい難いために設けられた注記の要請でしたが、今日においては連結納税制度が定着し、改めてこの定めを踏襲するほどの情報価値がないと考えられるため、グループ通算制度下における取扱いを定めた本公開草案では、この注記は求められていません(本公開草案62項)。実務的にもこのような注記がされている事例はあまり確認されておらず、制度としても定着していないものと考えられます。
この本公開草案の適用は、会計基準の変更による会計方針の変更として位置づけられます。本公開草案は2021年3月30日に公表され、コメント募集期限を6月11日としていますので、寄せられたコメントを踏まえて遅くとも年内には確定するものと想定されます。グループ通算制度の導入開始は2022年4月1日以後開始する事業年度となっていますので、遅くとも2022年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度から適用されることになります。早期適用として2022年3月31日以後終了する事業年度の年度末からの適用が認められています(本公開草案31項)。
なお、四半期決算からの適用は認められていません。
今回の税制改正を受けて、企業にとっては税務上の新旧の制度について3つの選択肢があります(図表2)。
A 連結納税 → グループ通算制度
B 単体納税 → グループ通算制度
C 連結納税 → 単体納税
最もオーソドックスなパターンとしてはAが想定されます。
本公開草案は、原則として従来の連結納税制度における考え方を踏襲することを前提として開発されています。そのため、会計方針の変更とはいえ本公開草案の適用による重要な影響は生じないという仮定を置き、「会計方針の変更による影響はないものとみなす」としています(本公開草案32項、66項)。ただし実際には変更による影響がないとは言えないことに留意する必要があります。
この実務対応報告の適用は、税制改正(連結納税制度からグループ通算制度への移行)による影響と、対応する本公開草案(新たな会計基準等の適用)の適用による影響が混在する形で財務諸表に変化を与えることになります。原則的には税制改正の影響は損益(もしくはその他の包括利益)で吸収し、会計方針の変更は遡及処理もしくは期首剰余金の調整で影響額を反映させますが、上述のとおり本公開草案の適用による影響は「ないものとみなす」とされていることから、仮に何らかの影響が生じたとしても、それらはすべて損益(もしくはその他の包括利益)で吸収することになります(本公開草案32項(1))。その点で、「影響がないものとみなす」という定めは、一括して影響額を損益で吸収することを意図したものであるといえます。
Bの場合は、新たにグループ通算制度を開始する形になります。本来であれば新規にグループ通算制度を導入するときは、グループ通算制度適用の承認があった日を含む会計期間から、翌事業年度からグループ通算制度を適用するものとして税効果会計を適用することになりますが、一定の準備期間が必要であろうとの配慮から、2022年4月1日以後に開始する事業年度から、もしくは2022年3月31日以後に終了する事業年度から本公開草案を適用することになります(本公開草案32項(2)、67項)。
Cの場合は、従来連結納税制度を適用していた企業がグループ通算制度に移行する前に離脱する、という場合です。本公開草案では、連結納税制度を適用していた企業が本公開草案適用前にグループ通算制度に移行しないと意思決定し単体納税制度に移行する場合、上述①の「適用時期」にかかわらず、グループ通算制度を適用しない旨の届出書を提出した日の属する会計期間(四半期会計期間を含む)から、2022年4月1日以後最初に開始する事業年度から単体納税制度を適用するものとして税効果会計を適用することとされています。これは、Bのように移行にあたっての準備期間はそれほど考慮する必要がない、と考えられることによるものです(本公開草案33項、67項)。それぞれの場合ごとの適用の概要は図表2をご参照ください。
PwCあらた有限責任監査法人
消費財・産業材・サービス部
パートナー 市原 順二