移転価格課税後の二重課税排除のための手続きについて

はじめに

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が拡大するなかでは法人税に係る税務調査の件数が減少していましたが、最近では、各種の制限が解除されたことに伴って税務調査も活発になってきています。国外関連者との取引を重点的な対象とする法人税の税務調査を受けている企業も多いことから、仮に日本において移転価格税制に基づく課税を受けた場合のその後の手続きについて解説します。

1 移転価格課税後の手続きの全体像

日本において移転価格税制に基づく課税を受けると、課税を受けた所得について、取引の相手国側ですでに課税の対象となっていることから、いわゆる二重課税が発生します。その二重課税を解消するための手続きとしては、相互協議と裁判などの国内救済手続があります。

相互協議は、課税を行った税務当局とその取引の相手国側の税務当局に対して、租税条約に基づいて二重課税を排除してもらうように協議をお願いする手続きです。一方、国内救済手続は、課税処分を行った税務当局に対して、あるいは国税不服審判所・裁判所に対して、移転価格の課税処分の取り消しを求める手続きです。後述のとおり、両方の手続きを行うのですが、相互協議の手続きを優先的に進めるのが一般的です。

月の方針策定などが評価されたものと考えられます。だけを対象とした改革も含まれています。ました。

2 相互協議手続と国内救済手続の関係性

移転価格税制に基づく課税を受けた場合の二重課税を排除するための手続きには、相互協議手続と国内救済手続の両方がありますが、両手続きを、同時並行で進めるわけではありません。実務上は、相互協議手続と国内救済手続の両方に着手しますが、相互協議を優先させて、その間は、国内救済手続の最初の手続きである、再調査の請求の手続きを中断してほしい旨の上申書を税務当局に提出するのが一般的です。

相互協議では税務当局間の議論によって二重課税が排除される可能性が高い一方で、国内救済手続においては、日本国内での課税処分が全面的に取り消されない限りは、二重課税が排除されません。そのため、まずは、相互協議手続を優先的に進めます。ところが相互協議では、合意しても全ての二重課税が排除されないこともあり、場合によっては、合意に至らないこともあります。そのような事態に備えて、相互協議手続を優先させつつも、国内救済手続の道も残しておきます。相互協議が合意に達して、その内容が受け入れ可能であれば、納税者は再調査の請求を取り下げます。一方、相互協議が合意に至らない場合、あるいは、合意したもののその内容が納税者にとって受け入れられない場合は、再調査の手続きを再開することになります。

3 相互協議

(ア)相互協議の概要

相互協議は、課税を行った税務当局とその取引の相手国側の税務当局に対して、二重課税を排除してもらうように租税条約に基づいて協議をお願いする手続きです。相互協議の合意の結果、日本側での課税処分の全部または一部を取り消すこととなった場合は、日本の税務当局が職権により減額更正を行います。また、相手国側の税務当局が、相手国側での所得を減額することに合意した場合には、取引の相手側の所得を減額し、それに相当する税額を還付するための対応的調整を行います。

(イ)相互協議の実績

国税庁のサイトの「令和3事務年度の『相互協議の状況』について」※1では、移転価格課税事案に係る相互協議の発生件数・処理件数などの実績が掲載されています(図表1)。令和3事務年度の移転価格課税その他の事案1件当たりに要した平均処理期間(注:移転価格課税事案のみの処理期間のデータは公表されておらず、移転価格課税事案に加えて、恒久的施設に関する事案や源泉所得税に関する事案も含む処理期間)は、31.5月です。手続きには長期間必要であるものの、発生件数と処理件数のバランスを見ると、相互協議を申立てした場合には、合意に至っている件数が多いと考えられます。

図表1:相互協議(移転価格課税事案)の処理実績

  平成29年 平成30年 令和元年 令和2年 令和3年
発生件数 37 54 44 34 49
処理件数 37 37 36 30 42

※年度は7月1日から翌年6月30日まで。
※処理件数は、相手国税務当局との合意だけでなく、納税者による相互協議の申立ての取下げなどにより相互協議を終了した件数。
出所:国税庁「令和3事務年度の『相互協議の状況』について」

4 国内救済手続

(ア)国内救済手続の概要

国内救済手続としては、まず、税務署長等が行った更正などの課税処分に不服があるときは、その処分に不服のある人が、処分の取消しや変更を求める不服申立てをすることができます。不服申立ては、処分の通知を受けた日の翌日から原則として3カ月以内に、処分を行った税務署長等に対する「再調査の請求」か、国税不服審判所長に対する「審査請求」のいずれかを選択して行うことができます。「審査請求」は、税務署長等が行った処分に不服がある場合に、その処分の取消しや変更を求めて国税不服審判所長に不服を申し立てる制度です。

後述のとおり、再調査の請求も、審査請求で認容された割合(納税者の主張が認められた割合)も、全税目で10%前後です。法人税のみ、ないしは移転価格課税のみの数値は公表されていません。

(イ)再調査の請求の実績

再調査の請求は、処分を行った税務署長等に対する請求手続です。国税庁のサイトの「令和3年度における再調査の請求の概要」※2では、再調査の請求の処理状況などの実績が掲載されています。全税目で10%前後の割合で認容されています(図表2)。

図表2:再調査の請求の処理実績

  平成29年 平成30年 令和元年 令和2年 令和3年
全部認容 40 27 46 4 3
一部認容 173 237 141 96 80
認容件数 202 216 375 233 297
処理件数 1,726 2,150 1,513 999 1,198
認容割合 12.3% 12.3% 12.4% 10.0% 6.9%

※年度は4月1日から翌年3月31日まで。
出所:国税庁「令和3年度における再調査の請求の概要」

(ウ)審査請求の実績

審査請求は、税務署長等が行った処分に不服がある場合に、その処分の取消しや変更を求めて国税不服審判所長に不服を申し立てる手続です。国税不服審判所のサイトの「審査請求の状況」※3では、審査請求の処理状況などの実績が掲載されています(図表3)。移転価格税制の課税事案に絞ったデータはありませんが、再調査の請求と同様に、だいたい10件に1件ぐらいの割合で認容されています。また、1年という「標準審理期間」を国税不服審判所では設定しており※4、1年以内に処理される件数は、非常に高い割合です。

図表3:審査請求の処理実績

  平成29年 平成30年 令和元年 令和2年 令和3年
全部認容 54 77 90 65 160
一部認容 148 139 285 168 137
認容件数 202 216 375 233 297
処理件数 2,475 2,923 2,846 2,328 2,282
認容割合 8.2% 7.4% 13.2% 10.0% 13.0%
1年以内処理件数割合 99.2% 99.5% 98.0% 83.5% 92.6%

※年度は4月1日から翌年3月31日まで。
出所:国税不服審判所「審査請求に係る標準審理期間の設定などについて」

(エ)留意事項

国内救済手続に係る留意事項は、以下のとおりです。

  • (国税不服審判所長に対する)審査請求:
    • (税務署長等に対する)再調査の請求を経ずに直接行うことができる。
    • (税務署長等に対する)再調査の請求を行った場合であっても、再調査の請求についての決定後の処分になお不服があるときは、再調査決定書謄本の送達があった日の翌日から1カ月以内に審査請求をすることができる。
  • 訴訟:
    • 審査請求に対する国税不服審判所長の裁決があった後の処分になお不服があるときは、裁決があったことを知った日の翌日から6カ月以内に裁判所に対して処分の取消しを求める訴えを提起することができる。
    • 審査請求がされた日の翌日から起算して3カ月を経過しても裁決がないときは、裁決を経ないで訴えを提起することができる(この場合、訴訟とは別に、引き続き国税不服審判所長の裁決を求めることもできる)。

図表4は、ここまでの解説をまとめたものです。

図表4:国内救済手続きの フロー

5 相互協議手続と国内救済手続の違い

相互協議手続は、相手国の税務当局を巻き込んだ手続きです。日本の税務当局は世界各国の税務当局との相互協議の経験が非常に豊富であり、相互協議が二重課税を解消するための最も一般的で、かつ、二重課税が解消される可能性が高い手続きといえます。しかしながら、新興国を相手とする協議は難航することもありますし、相互協議は必ずしも全額の二重課税が排除されるように合意に至るわけではありません。そのような場合には、国内救済手続に進むことを検討する必要があります。国税庁の報道発表資料だけをみると、前述のとおり、再調査の請求でも審査請求でも、認容される割合が全税目ベースで10%程度に過ぎませんが、検討にあたっては、専門家の意見を参考にすることをお勧めします。また、国内救済手続では、納税者自身が課税処分の違法性を税務当局に主張して取り消しを求めることになります。長期間にわたって膨大なマンパワーが必要になりますので、調査の進捗状況に応じて、専門家を交えて早急に対策を検討されることをお勧めします。

図表5:相互協議と国内救済手続の比較

  相互協議 国内救済手続
手続き 税務当局に対して、二重課税排除のための租税条約に基づく協議を申立てる手続 税務署長等、国税不服審判所長、裁判所に対して、税務当局による課税処分の違法性を主張する手続き
概要 比較的、二重課税が排除される可能性が高い(必ず排除されるわけではない) 審査請求、再調査の請求では、認容される割合が約10%
当事者 税務当局間の協議(納税者が協議に参加するわけではない) 納税者自身が当事者
留意事項 申立てができる期間に制限を定めている租税条約がある 通常、膨大な費用と時間が必要

*本稿は、「移転価格税制に基づき課税を受けた場合の二重課税を解消するための手続」(税務研究会発行『月刊 税務QA』2022年12月5日号掲載)を加筆修正し、再編集したものです。


※1 国税庁「令和3事務年度の『相互協議の状況』について」2022年11月
https://www.nta.go.jp/information/release/kokuzeicho/2022/sogo_kyogi/index.htm

※2 国税庁「令和3年度における再調査の請求の概要」2022年6月
https://www.nta.go.jp/information/release/kokuzeicho/2021/saichosa/index.htm

※3 国税不服審判所「審査請求の状況」
https://www.kfs.go.jp/introduction/demand.html

※4 国税不服審判所「審査請求に係る標準審理期間の設定等について(事務運営指針)」
https://www.kfs.go.jp/topics/0400.html


執筆者

PwC税理士法人
国際税務サービスグループ(移転価格)
パートナー 水島 吾朗