ベトナムにおける税務調査と不正調査への対応

  • 2024-04-25

はじめに

ベトナムは1997年に発生したアジア経済危機を経て、2000年から2010年の平均経済成長率は7.26%※1と高成長を達成してきました。その要因として、2000年代からの規制緩和による外国直接投資(Foreign Direct Investment:FDI)を始めとした民間投資の増加や、2007年のWTO(世界貿易機関)への加盟が挙げられます。また、内需拡大要因としての人口増加も著しく、2011年以降も5%※2以上の経済成長を維持しており、右肩上がりで経済発展を続けてきています。

一方で、直近の2023年は国内外で消費が低迷し、9月度累計ベースでの経済成長率は+4.84%※3と前年から鈍化しています。セクター別にみると、これまでベトナム経済を牽引してきた産業や建設セクターおよび不動産セクターが軒並み苦戦している中、サービスセクターにおいては、新型コロナウイルス以降の観光客の完全な受け入れ再開や、政府による消費刺激策の実施により堅調を維持しています。しかし、2023年下期以降はベトナムの輸出入高の持ち直しにより、10~12月の第4四半期期間における成長率は前年比+6.72%※4と足元の景気動向は回復基調にあり、2024年においては経済成長率の目標を+6.0~6.5%としています。

そのような中で、昨今の米中デカップリングやコロナ禍でのサプライチェーン停滞に伴い、中国に代わる生産拠点の候補地として、ベトナムは世界からも注目されており、FDIの動きが新たに活発化しています。直近の2023年1~11月期のFDI実績は前年同期比+14.8%※5となり、製造業にとどまらず金融やサービス業も含めた幅広い業種の進出が今後も続くものと想定されます。

目覚ましい経済成長を遂げる一方で、ベトナム経済には負の側面も存在します。特に深刻なのが、①不透明な税務調査や課税の適用、②不正事例の多発です。とりわけ、不正事案においては、投資機会や業績拡大に注力する一方で、ガバナンスを意識した仕組みづくりに課題を残す企業もあり、不正発生後の対応に苦慮するケースも見受けられます。企業は事前に不正発生を防止するために必要な内部統制の構築や運営づくりを実施し、不正が発生した際の事後対応をあらかじめ定めておく等の対応が求められます。

なお、文中の意見に係る記載は筆者(PwC Vietnam JBNチーム)の私見であり、PwC Tax and Advisory Vietnam、PwC Vietnam、PwC Japan有限責任監査法人および所属部門の正式見解ではないことをお断りします。

1 ベトナムにおける税務調査の実情

(1)ベトナムの税務調査の概要

ベトナムの税務調査にはExaminationとInspectionの2種類があり、実地調査日数はExaminationで10営業日(さらに10営業日延長可)、Inspectionで30~45営業日(さらに25営業日延長可)のいずれかです。調査対象とできる期間は過去10年間ですが、追徴税額の20%の加算税(ペナルティ)を科すことができるのが過去5年間のみであるため、一般に5年以内にExaminationかInspectionのいずれかの調査が実施される傾向にあります。

対象となる税目は、税務調査の前に原則として書面で会社に伝えられ、調査範囲に応じた資料を提供するよう依頼されます。調査実施時には、税務当局と納税者との面談の都度、税務当局が議事録を用意し、納税者が確認します。その後調査の終盤あたりで税務当局が自らの調査結果を示したDraft Minutesを作成し、その後納税者との議論を経てFinal Minutesが作成され、この内容に基づいて最終的な更正通知書が作成・発行されます。なお最近の税務調査では、調査実施前に依頼・入手した資料に基づき当局内で事前に机上調査を行ってから実地調査を行うなど、より効率的な調査を行う傾向にあります。

(2)ベトナムの税務調査における難しさ

上述のとおり、ベトナムの税務調査の実地調査はExami­nationとInspectionのいずれにおいても短期間で完了します。そのため、十分な反証の準備時間が与えられないまま当局が調査を終了し、課税されるケースがしばしば見受けられます。

また税務調査※6の実施期間中、当局と納税者の面談の都度作成される議事録について、その内容が当局に都合が良い記載に偏っていないか、入念に確認したうえでサインする必要があります。

調査の終盤において作成されるDraft Minutesは、税務調査の結果が確定される前の段階ではあるものの、追徴課税額がどの程度の見込みになるのか、調査の過程で行った自社の主張はどの程度当局に受け入れられているのか、などを確認するために非常に重要な書類となります。しかし実際は、ベトナム人経理責任者に税務調査対応を一任し、Draft Minutesが提示された段階で課税予定額の大きさに驚いて専門家に相談するというケースが多く見受けられます。実際のところ、Draft Minutesで示された課税予定額から大きな減額を勝ち取ることは容易ではありません。また、ベトナムの税務当局は各地方税務当局ごとに税務調査の実施件数および追徴課税額のノルマが設定されており、状況によっては合理的でない根拠に基づく課税の主張がなされ、そのまま追徴に至るケースも散見されます。

納税者は課税後、不服申立※7を行うことは可能ですが、更正通知書受領後、90日以内に1次不服申立を課税当局に行う必要があります。この時、1次不服申立は、税務調査を行った地方税務当局と同じ当局の不服申立審査部※8に申立てを行います。過去の実績から、1次不服申立において納税者が納得のいく結論を当局から得られる確率はかなり低く、これは調査部門と不服申立審査部門と部署が異なるとはいえ、同一の地方税務当局であることが少なからず影響しているものと思われます。2次不服申立は、首都ハノイ市にある税務総局(日本の国税庁に相当)に申立てを行うことになるため、より中立的な回答が得られることが一般に期待されます。

なお、ベトナムでは税務裁判はほとんど実例がなく、税務裁判がなされたとしても裁判官自身の税務知識が乏しく税務当局の意見を鵜呑みにする傾向にあることから、2次不服申立までで結論を得ることが望ましいと言えます。

(3)推奨される対応

比較的短期間で完了する調査であることを踏まえると、事前でのリスクの把握やリスクに対する準備対応を行い、ベトナム人経理担当者の経験・実力に応じて税務調査で当局の要請に応じて迅速に資料等が提出できる体制にしておくことが望ましいと考えられます。

特に移転価格をはじめとするグループ会社間取引については、課税結果によっては移転価格ポリシーなど後続年度にも影響を及ぼす可能性があることから、本社や地域統括会社と調査経過について適時に情報を共有し、グループ全体の視点から調査に対応していくことが肝要です。そうすることで、企業全体としても税務調査対応の経験値が蓄積されるとともに、今後の改善点も明確化され、その後の対応に繋げやすくなります。

また、税務調査の段階で必要な資料の提出、当局との十分な議論、後続年度への影響も踏まえた落としどころの検討などが十分になされないままに税務調査が終了してしまう場合、課税内容・課税額によっては、時間※9もコストもかかる不服申立に進む決定をせざるを得ない場合も出てきます。このとき、1次不服申立に進むかどうかについての決定を90日以内に主体的に行う上でも、事前に入念な準備を行い、税務調査開始後は社内や外部専門家と協働し、なるべく税務調査の段階で決着をつけられるスピード感で効率的・効果的に対応することが望ましいと言えます。また、この納税者のスタンス・努力は、仮に不服申立プロセスに進んだ場合でも生きてくることになります。

2 不正事案について

(1)世界での不正状況と東南アジアでの不正状況

PwCでは、「グローバル経済犯罪実態調査」をほぼ2年ごとに実施しており、最新版「グローバル経済犯罪実態調査2022― 外部犯行者による不正の増加」によると、不正、汚職、その他の経済犯罪の発生率は、2018年以降ほぼ横ばいが続いています。「過去2年以内に何らかの不正や経済犯罪を経験したことがある」と回答した企業は全体の半数弱(46%)であり、本調査が対象としたグローバル企業全体として大きく上昇していない様子が見て取れます。発生リスクが最も高い不正はサイバー犯罪で、次いで顧客による不正・資産横領でした。

PwCで東南アジア諸国のみを対象とした統計はありませんが、タイ所在の会社を対象とした調査「PwC’s Thailand Economic Crime and Fraud Survey」も隔年で行われており、2020年度の調査では、サプライチェーンに関する不正(利益相反取引)および横領がトップで、両者あわせて40%超を占めている一方、サイバー関連の不正は全体の16%に留まっていました。しかし、コロナ禍を経た2022年度での調査では、サイバー不正がサプライチェーンにおける不正(利益相反取引)と同率1位で全体の24%を占めるまでになっており、グローバルでの調査結果(サイバー犯罪が全体の29%)と近くなってきています。

ベトナムでオペレーションを行っている日系企業については、肌感覚としては、サプライチェーンにおける利益相反取引がその多くを占めていると感じています。横領やサイバー攻撃などは明らかに犯罪であるのに対し、購買プロセス、販売プロセスにおける利益相反取引は、一見会社の規則に則って適切に取引が行われているため、内部告発がないとなかなか露見されにくい性質であることがまず挙げられます。さらに、利益相反であることの証明も難しく、明確な証拠がとりにくい、という性質もあるものと思われます。以下に過去PwCのジャパンデスクにご相談頂いた典型的な不正事例を紹介します。

(2)ベトナムでの不正事例とその対応

ベトナム日本商工会議所に登録されている日系企業は、約4割が製造業であり、製造プロセスでの調達活動における不正が金額的にも大きくなるため、調達プロセスでの不正行為が最も多いと感じます。製造業に限らず、どの業種でもなんらかの調達はオペレーション上必ず発生しているため、調達部門をはじめとした支出取引において、サプライヤーと共謀した利益相反取引が最も多いと言えます。

調達プロセスおける利益相反取引は複数担当者による共謀

具体的には、調達部門が選定したいサプライヤーと、本来の価値よりも高い値段での取引契約書を結び、取引後、サプライヤーから調達部門担当者にキックバックが渡される、というものです。通常は、会社ごとに、なんらかの承認・牽制プロセスといった内部統制が整備されているため、この不正取引を可能にするには、社内の複数の者による共謀が必要となります。1回あたりの不正受領額を多くするために、取引金額が大きくなる傾向にある製造関連の資材が対象であれば、製造部門の要請を満たす必要が生じるため、製造部門担当者も不正共謀相手として巻き込まなければなりません。

よくあるケースとしては、複数のサプライヤーからの相見積もりを得て調達先を選定している体裁をとってはいるものの、相見積もり先が全て調達部門担当者の親族会社である場合です。この場合、既存品ならば、既存品を納入していたサプライヤーを相見積もり先からはずす合理的な理由を製造部門に示す必要があります。また新規品の場合も同様に、製造部門は、一定のサプライヤーの名前を想定しているため、そういったハードルをクリアして不正を達成するには製造部門担当者もなんらかの形で不正に関与している疑いが強くなります。支払処理をする経理部門についても、従来よりも明らかに金額が大きくなっている取引先の発生等については、勘づく担当者がいても不思議ではないため(そのための内部統制でもあります)、ここでもハードルをクリアする必要もあります。

なお、販売プロセスにおける不正も、エッセンスとしては調達プロセスでの不正と同様で、営業部長等が顧客と共謀して、本来の価値よりも低い値段で販売契約を締結し、顧客からキックバックを得る、というものとなります。

利益相反不正の発覚

このように、サプライチェーンにおける利益相反不正は、複数担当者・複数部署が関わっている場合が多くあり、かつ、社内での手続きそのものは一見規程に則っているため、通常は発覚しづらい傾向にあります。そのため、正義感のある従業員や、不正を行っているグループ・派閥から冷遇されている従業員等による内部告発があって初めて不正が認識されることがほとんどだと思われます。ただ、内部告発が誰かをおとしめるための虚偽であることや、情報が不正確であったりする場合もあるため、通報を受けた現地法人マネジメントや本社は慎重に対応する必要があります。

内部通報への対応・留意点

内部通報への対応は、内部通報者との緊密なやり取りや、その後の社内調査による証拠の発見状況、会社の所在地での状況等、さまざまな要素が関係してきます。ただ、最終的には、本社を含めた会社のマネジメントが何に重きを置くのか、ということが具体的な対応の意思決定で重要になります。

通報者は不正実行者からの報復を恐れて、通常匿名で行われ、その後も自身の身元開示や情報のやり取り、通報自体が他の従業員に知られることを極度に恐れることが多いです。一方、ベトナム語がメインでの通報となるため、通報者との正確な情報のやり取りにどのベトナム人スタッフが信頼できるのかといった点も含めた慎重な対応が必要となります。

通報を受けて調査が実行できた場合でも、不正実行者たちは自身の携帯電話でSNSチャットアプリ等を使って不正取引の情報をやり取りしているため、社内サーバーのメール履歴などからは不正実行の事実を明白に示す証拠が出てこないこともあります。他方、不正実行グループの人数が多くなればなるほど、慎重さを欠く実行者も存在する可能性も上がるため、証拠を発見する確率を上げるために調査範囲や対象者をどこまで広げるかも検討事項となります。どこまでの証拠であれば不正実行者と直接対話するか、懲戒解雇等、厳しい対応をとるべく労働組合も納得させることができるのかといったことを検討するために、証拠収集が必要となります。

直接的に不正実行を示す証拠が出なくとも、本当に潔白でなければ、何かしら疑わしいことが状況証拠的に示されていたり、マネジメントが疑わしい取引を知ることによって、不正実行者は、今後不正による実利を享受できなくなってきます。その場合、当該会社に所属しても意味がないと考えたり、疑われていることに嫌気がさして、自主退職を決めるケースも出てきます。これは転職先が多くある都市部や、自身のレピュテーション的にも転職にあまり困らない地域では当てはまります。他方、その会社が地域に根差した外資系企業であり、その会社に所属して、それなりの立場にいることに意味があるケースでは、絶対に非を認めず自主退職に応じないケースもあります。そうした場合、通報してくれた従業員のみならず、他の従業員(多くのケースで他の従業員も知ることとなります)もじっと会社の対応を注視している中で、会社のマネジメントへの失望を防ぐためにどう対応していくべきか、ということを慎重に検討する必要があります。

通報を受けての調査は、当然に時間とコストがかかるため、会社のマネジメントによっては、「調査を行った」というパフォーマンスだけで済ますところもあれば、企業倫理・社是として悪しきは罰する、という徹底的な対応をとるところまでさまざまです。従業員もそのあたりを冷静に観察しているため、時間・費用・社内でのモラルや期待度等を総合的に勘案して判断することになります。

3 おわりに

PwCジャパンデスクの関与度合いが特に大きくなるものが、税務調査と不正調査対応のため、今回この2つのトピックについてジャパンデスクでの経験事項をお伝えしました。

税務調査も不正調査対応も、日本人マネジメントが積極関与する事項であることに加え、いずれも「相手」がある事項であるため、相手の反応・要求等を適時・正確に把握し、限られた時間の中での意思決定が求められます。また、税務では法令上の解釈等が不明確であったり、価値の証明等が難しいなど議論があり、専門用語および専門的な税務上の考え方を理解する必要が生じます。不正調査では、通報内容の正確な把握、人物相関図、発見された証拠、それらを条件とした労働法に則った対応の検討等が必要になりますが、非常にセンシティブな内容であるため、よりいっそう事態の正確な把握が求められます。

ベトナムを含め海外での事業は「アウェー」での活動であり、日本での「普通」とベトナムでの「普通」が時に大きく異なるため、情報の正確な把握とともに、現地での「普通」や「塩梅」の感覚についても、適宜ご相談頂ければ幸いです。


※1 外務省「政府開発援助国別データブック(ベトナム)」
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/shiryo/kuni/12_databook/pdfs/01-07.pdf

※2 外務省「ベトナム社会主義共和国基礎データ」
https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/vietnam/data.html

※3 PwC Vietnamの試算による

※4 CEIC「Global Economic Data, Indicators, Charts & Forecasts」
https://www.ceicdata.com/en/country/vietnam

※5 ベトナム計画投資省海外投資局(FIA)「FDI attraction situation in Vietnam and Viet­nam’s overseas investment in the first eleven months of 2023」2023年11月26日
https://www.viet-jo.com/news/statistics/231128182033.html

※6 基本的には関税調査も同様のため、以後は関税調査も含めて「税務調査」と表現する。

※7 国内救済措置として、納税者は更正通知受領後、1次不服申立を課税当局に行うことができる。1次不服申立の結果の後、上位当局に2次不服申立を行うことができる。2次不服申立の後は、税務裁判となる。

※8 正式名の英語訳はInternal Examination Departmentである。

※9 税務当局は、1次不服申立書受領後、30日または45日(複雑な場合)以内、1次不服申立書受領後、45日または60日(複雑な場合)以内に納税者に回答する、と法令上の定めはあるが、実際にはこの期限どおりには進まないことが多い。しかし、納税者側は法令で定められた期限を守る必要がある。


執筆者

PwC Tax and Advisory Vietnam
ジャパンビジネスサービス
ディレクター 今井 慎平

PwC Vietnam
ジャパンビジネスサービス
シニアマネージャー 小暮 寛之

PwC Vietnam
ジャパンビジネスサービス
マネージャー 塚本 裕之