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PwCコンサルティング合同会社
常務執行役 パートナー
野口 功一
プロダクトデザイナー
深澤 直人氏
PwCコンサルティング合同会社
アソシエイト
安藤 緑
世界各国のイノベーティブな先進企業が実践していることで注目を集めるデザイン思考。ニーズが「モノ(製品)」から「コト(体験)」へと移る時代において、ユーザーの体験をつくるためにはデザイン思考が欠かせないことは日本でも常識になりつつあります。
しかし、デザイン思考を世に広めた世界的なデザインコンサルティング企業「IDEO」の出身で、日本を代表するプロダクトデザイナーの深澤直人氏は、日本のデザイン思考は間違って理解されていると言います。では、どのようにすれば本当のデザイン思考は身につくのか、デザイン思考の本質とは──。企業経営におけるデザイン思考の実践を支援するPwCコンサルティング合同会社のパートナーである野口功一とアソシエイトの安藤緑が、深澤氏とデザイン思考の本質について語り合います。
深澤氏:
日本企業の経営においてもデザイン思考という言葉が登場するようになって久しいですが、私は日本におけるデザイン思考は誤解が多いと思っています。「Design Thinking」の日本語訳である「デザイン思考」という言葉自体が間違った理解を生んでいる原因でしょうね。「思考」という言葉から日本人は「考えること」だと思い込んでしまいますが、デザイン思考は頭で考えるものではなく、全身で体感して「気づくもの」です。それに気づいたときには、実はデザイン思考の種は生まれているんです。
野口:
おっしゃる通りですね。しかし私たちコンサルタントの中にも、デザイン思考は「考えること」だと思い込んでいる人が非常にたくさんいました。企業経営におけるデザイン思考の重要性がますます高まっていますが、そうした誤解を解いていくことから始めていかなければいけませんでした。
安藤:
PwCコンサルティングでは社員向けに「デザイン思考」をテーマにした研修を開いています。その研修を統括しているのが野口さんです。私がその研修を受けたときに思ったのが、物事を考えるための手順だと思ってデザイン思考を学ぼうとすると、何かが違うってことだったんです。「考えよう」「学ぼう」とすると、どうしてもゴールに辿りつけないという違和感を覚えました。
野口:
そのように「考える」ことは違うと気づいてもらうことが研修の狙いです。以前、社内研修のアイスブレイクに、ブロックでアヒルをつくらせたんです。ブロックによる組み立てのよいところは何度でもつくり変えられることですよね。アヒル程度の簡単なものなら、考える前にまずやってみてダメだったらやり直しをしようと自然になります。しかし、その後に部門の戦略を同じくブロックでビジュアル化しましょうと言うと、やはりうちの社員はまず設計図を描き始めてしまうんです。まさに、ウォーターフォール型で「考える」ことから始め、その綿密な設計図に基づいて、いわゆるブロックの組み立てをしようとするわけですね。頭で「考える」から始めることに慣れてしまった人たちにデザイン思考の本質を本当に分かってもらうのは大変難しいと感じています。デザイン思考をどう伝えたらよいのか、深澤さんのお考えはいかがですか。
深澤氏:
私が在籍していた米国のデザインコンサルティング企業「IDEO」では、人間の自然な行動や行動様式から価値を創造すべきとの発想から、サービスを提供する相手を顧客ではなくユーザーに置き換えて、ユーザーエクスペリエンスやユーザーセンタードデザインという言葉を生み出しました。でも、私はユーザーでも足りないと思っていて、すべてを包括するヒューマンにすべきと考えていました。人間は情報の約8割を視覚で得ているといわれていますが、実は全身で感知しているのです。全身を使ってあらゆるものを感じられる人がデザイン思考型の人間です。しかし“思考”という言葉を使うから、みんな頭だけだと思い込むわけです。
野口:
頭だけで考えて何かを生み出そうとしても無理があるでしょうね。
深澤氏:
そうなんです。例えば私たちは寿司屋のカウンターの角の丸みに触れながら寿司ネタを選んだりしている。だから、デザイナー同士では「寿司屋のカウンターのあの角の丸みだよ」だけで会話が通じるんです。こういう会話もビジュアルシンキングと言える。デザインシンキングの前はビジュアルシンキングと言ってましたよ、確か。こうした体感をビジュアライズできるのがデザイン思考とでも言いましょうか。会話に相手のエクスペリエンスを差し込めば、そこから創発ができるのです。つまり寿司屋の質や味はカウンターの角丸で分かるというようなものです。
深澤氏:
IDEOを含め、米国シリコンバレーだと、あらゆるプロダクトやサービスの最初のユーザーは開発者自身なのです。つまり、彼らは自身が開発したものを使いながら発想し続けている。だから世に出回ったばかりの新しいサービスを使いながら、次に何をするべきかがすぐに分かるんです。誰もが常に生活の中で経験をしながらアイデアを出している、いわば「よく耕されたフィールド」にいるから、新たな種を蒔くのも容易だし、それがすぐに芽を出すのです。中国の深圳にもシリコンバレーで学んだ人がたくさんいるから、同様の環境がありますよね。彼らは発想する苗床をいつも耕している。
野口:
おっしゃる通り、結局のところデザイン思考ってノウハウやプロセスではなく経験なのだと思います。ユーザーとして全身で体感し、そこで得た情動をもとに、新たなサービスを創出していく。逆に言うと、そういう経験がないと、「デザイン思考を勉強しよう」という発想になってしまうのかもしれませんね。
深澤氏:
現代においては、デジタルが情動をドライブするのだと思います。例えばUberは、ユーザーがドライバーを評価するだけでなく、ドライバーもユーザーを評価するというシステムを取り入れましたよね。だから、ドライバーから「How are you doing ?」などと快く挨拶されると、よいユーザーだと思われたいからチップをはずむ。しかも自分で金額を決めるのではなく、1ドル、3ドル、5ドルと選択肢から選べるようになっていると、つい多いほうのボタンを押してしまいます。シリコンバレーの人たちは、こうしたデジタルによって人の心を動かす仕組みをすぐに思いつきます。
野口:
その例だとGoogleも同じことがいえますよね。もともと検索機能を提供する会社だったのが、ユーザーを動かしながら新しい仕組みをどんどん拡張し続けています。ユーザーや経済を巻き込みながら広げていく、これが本当のエコシステムなのでしょうね。
深澤氏:
ロジカルに仕組みを構築していくことも必要ですが、デジタルな時代、テクノロジーの時代だからこそ情動が新しいものを生み出したり、物事を突き動かしたりしているというところに気づかないといけない。それに気づいているビジネスは、成功しているわけですね。
デジタルな時代、テクノロジーの時代だからこそ情動が新しいものを生み出したり、物事を突き動かしたりしているというところに気づかないといけない。
野口:
私は、コンサルタントとしてロジカルシンキングやクリティカルシンキングなど、必ず答えを出す考え方を身につけてきました。ところが10年ほど前にGoogleと一緒に共同開発をする機会があり、そのときに初めてデザイン思考を経験してショックを受けました。今までやってきたコンサルティングのメソッドは一体何だったんだと思いましたね。
深澤氏:
ロジカルシンキングに慣れてきた人は確かに戸惑うかもしれませんね。デザイン思考はノウハウではないんですよ。イメージで言うと複雑に絡み合った毛糸屑の中につながった1本の糸が見えるようなものです。糸の端を引くといとも簡単に1本を抜き取れる。この端を引けば絡まりが解けると分かるような。私はクリエイティブパス(creative path)とか言ってますが、絡まった毛糸玉の中に1本のつながった糸が見えるんです。それを他の人にやってみてくださいと言っても難しいんですよ。実際に経験して自分なりの技を身につけるしかない。解は見えるようになるんですよ。私たちは時にその抽象的な概念で人を迷わせたり、揺さぶりをかけたり、疑問に思わせたりすることもしますよ。それもデザイン思考の1つだと思っています。抽象をマジカルに具体化することがデザイン思考といえると思います。「ほらっ」と。
野口:
すごく共感します。私も社内のコンサルタントと仕事をするとき、わざとカオスをつくるんです。決定したと思われているところにカオスをつくり、放り込む。もしくは、今やっている仕事に対して「それをやめて、こっちをやってくれ」と言うともちろん相手は驚きます。しかし、予定調和で出てくるものはたかが知れています。あえてカオスをつくり、揺さぶりをかけることで想定以上のものが生まれると考えています。
深澤氏:
スティーブ・ジョブズ氏がスタンフォード大学の卒業式で講演した際の「Stay hungry, stay foolish」という有名なスピーチがありますよね。この言葉は本当のクリエイティブとは疑問なんか持たずにやるものだという意味にも聞き取れますが、私は何でもかんでも分析して型にはめてから動き出すなんて全然クリエイティブじゃないと言っているのではないかと解釈しています。これは強烈なメッセージですよね。
野口:
「バカになれ(stay foolish)」という言葉は、コンサルティング会社では理解されづらいでしょうね。日本の教育現場でもそうです。「どうやってバカになればよいのでしょうか」と質問が出るかもしれませんね。私の場合は何でも反対に考えてみたり、とりあえず行動してみたり、意識的に「バカになる」ようにやってきたつもりです。
安藤:
私も野口さんからそうした揺さぶりをかけられている1人です。私はPwCコンサルティングで通信や製造などのカスタマーサービス、マーケティング領域の案件支援に携わってきました。「デザイン思考」を取り入れた経営への関心の高まりも現場で働いていて実感しています。しかし、そうやって発想を逆転させると面白いアイデアが出るかもしれませんが、それがビジネスとしてうまくいくかどうかの判断は難しいですし、必ずしもデータの裏付けがあるわけではありません。そのためデザイン思考の実践に対して漠然とした不安感を持っている日本企業は少なくないように思います。
深澤氏:
それはビジョンの問題かもしれません。視野に入っていても、限られた範囲しか注視していないから、全体が見えないのです。
安藤:
今「ビジョン」という言葉が出てきましたが、全体を見る、つまりデザイン思考をビジネスとして成り立たせることまで包含した視野というのは、どうしたら養えるのでしょうか?
深澤氏:
そうですね。それで思い出すのがIDEOにいた頃の同僚です。彼女はジェーン・フルトン・スーリという、デザインの世界に初めて認知心理学を取り入れた人間工学のスペシャリストでした。デザイン思考の最初のステップとされるオブザベーション(観察)をプロセス化した人なのですが、彼女が企業でそれを実践すると、オブザベーションをすれば、必ずアイデアが出てくるものだと思い込んでいる人が多かったそうです。「でも実際には観察して視界には入っているけど、肝心なものは“見えて”はいない」と彼女は言っていました。私が「それじゃあオブザベーションは見えない人にとっては意味がないね」と言ったら、「それでも経験は経験。やらないより、やったほうがよい」と彼女は答えたのです。
安藤:
やはり経験をすることが大事なんですね。デザイン思考は学ぼうと思って学べるものではないということですが、「やらないより、やったほうがよい」という言葉は響きます。
深澤氏:
少しでも“見える”という体験ができた人は、自転車に乗るのと同じで、その感覚を忘れません。「こういう感じか」と分かることが、ビジョンを広げ、巨大なフィールドをつくり出す第一歩なのではないかと思います。
1980年多摩美術大学プロダクトデザイン科卒業後、1989年米国のデザインコンサルティング会社ID Two(現IDEO サンフランシスコ)に入社。7年間デザインの仕事に従事した後、1996年に帰国し、IDEO東京オフィスを立ち上げる。2003年に独立し、NAOTO FUKASAWA DESIGNを設立。現在は日本企業だけでなく、イタリア、ドイツ、米国、スイス、スペイン、中国、韓国、フィンランドなど世界を代表するブランドのデザインやコンサルティングを多数手掛ける。日本民藝館館長、多摩美術大学統合デザイン学科教授、良品計画デザインアドバイザリーボードなども務める。
戦略立案、グループ経営管理、ワークスタイル改革など企業の変革を専門とし、多数のプロジェクトを経験。PwCグローバルイノベーションチームに所属し、イノベーション戦略立案からオペレーションモデル策定まで企業のイノベーションプラットフォームの構築支援を行う。また、教育機関、NPO、金融機関などと協業し、社会全体においてイノベーションを促進する仕組み作りを支援している。主な著書に『シェアリングエコノミーまるわかり』(日本経済新聞出版社)がある。
法学部卒。大学在学中にスペイン・バルセロナへ留学しビジネスを学ぶ。2017年にPwCコンサルティング入社。通信、製造、広告、航空、官庁、ラグジュアリーなど幅広い業界においてカスタマーサービス、マーケティング領域の案件を支援。直近では顧客起点の思想を取り入れたブランディング領域の案件を担当。
※ 法人名、役職、本文の内容などは掲載当時のものです。