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PwCコンサルティング合同会社
常務執行役 パートナー
野口 功一
プロダクトデザイナー
深澤 直人氏
PwCコンサルティング合同会社
アソシエイト
安藤 緑
本当のデザイン思考とは勉強して身につけられるものではない。しかしデザイン思考に必要な感覚は特別なものではなく、本来は誰もが持っている。それに気がつかないのは、意識のセンサーが反応していないだけ──。世界的に高く評価されるプロダクトをデザインしてきた深澤直人氏は、そう指摘します。では、どのように気づきを与えるべきなのか。「デザイン思考」をテーマにした今回の鼎談の後編では、企業経営におけるデザイン思考の実践を支援するPwCコンサルティング合同会社のパートナーである野口功一とアソシエイトの安藤緑が、デザイン思考を日本で定着させるための方法について深澤氏と語り合います。
野口:
デザイン思考を体現していると深澤さんが考えている日本企業を教えてください。
深澤氏:
複数思い浮かびますが、私がアドバイザリーボードで参加している良品計画は、その1社かもしれません。「無印良品」(MUJI)というブランドは、商業よりも「本当に必要な生活用品を本当に必要なかたちで使いたい」という人間の本質的な心理を大事にするスタンスを取っており、それを守るのがアドバイザリーとしての私の役割です。時にはあえて揺さぶりをかけるようなことを発言するときもあります。時代の流れをかぎ分けながら、その時々の真理を見極めていくことが武器になるからです。例えば、私は「デザインって何ですか?」と聞かれると「誠実さ」と答えています。軸になるスタンスがないと「売れるTシャツは何ですか」といった話に引っ張られてしまいますから。
安藤:
MUJIの商品には、ユーザー目線を大事にデザインされているというイメージがあります。
深澤氏:
ユーザー目線というよりも、自分たちの使命を大切にしていますね。商品開発をしながら、「ものづくりに対する私たちの態度はこれでよいのか」と常に自問している。それがあの会社の強みだと思います。
野口:
それはよい意味のプロダクトアウトですよね。ユーザーの情報を集めて解析してから商品をつくる、というのではなく、こういう商品を世に出すことが使命だという想いから出発して、そこにユーザーが共感していくという逆の流れですね。
深澤氏:
その使命に賛同する人たちが企業のフォロワーになっていくわけです。そうすると、フォロワーが違和感を覚えないデザインが重要になります。人間は「ここがよい」という点よりも「何か変だな」という点のほうがすぐに分かります。だからユーザーにとってよいものをつくるというより、違和感のないものをつくることが大事なんです。
野口:
それはiPhoneを開発したアップルにも言えそうですね。ボタンだらけだった携帯電話の概念を一変させた衝撃は記憶に新しいです。
深澤氏:
そうですね。最初に革新的な製品を世に出し、ユーザーが慣れてくるにつれて違和感が見つかって、それをアップグレードしていくということですね。
野口:
デザイン思考は人間を観察することから始まりますが、それはよりよいカスタマーエクスペリエンスをつくるためだけではなく、今おっしゃられたような、違和感を見つけるという観点からも重要なのですね。
深澤氏:
そうですね。何が邪魔で、何が許せるのかを、情動をもとに感じることが重要です。クリエイティブとは「よいこと」ばかりを考えるのではなく、心のささくれのようなことを見つけて、削ぎ落としていく必要もあるのです。
安藤:
先ほどおっしゃっていたように、視野が広がると、しっくりこないもの、つまり違和感も直感的に分かるようになるのでしょうか。
深澤氏:
分かるというか、自覚するようになるんです。違和感を検知する意識のセンサーは、すべての人が持っています。例えば、ある車のデザインを見たとき「このテールランプがちょっと変」と、みんな同じ指摘をすることがあります。そういうセンサーみたいなものをみんな持っているんです。「ここが気になる」と言った瞬間、そこにいる全員が「そうだね」と賛同することがありますよね。だから、見えていないのではなく、視野に入っているけど、意識のセンサーが反応していないだけなんです。
野口:
なるほど、センサーはみんな持っているんですね。
深澤氏:
みんなが持っていることを前提で考えないと、デザインはできません。みんなの共感がないと、デザインの良し悪しの判断はできないですから。
安藤:
違和感を検知する意識のセンサーは誰にでもあるとしても、それが発動するのは、例えばどんなときでしょうか?
深澤氏:
意識のセンサーは考えて発動するものではないですね。そもそも、人間は世界に対して無意識な状態なのです。例えば、山で焚き火を囲んでコーヒーを飲む。そしてその手に持ったカップをその辺に置こうとしたとき気づくんです。「ああ平らなところがないんだ」と。都会にいると、コーヒーカップの置き場所があるかどうかなんて考えませんよね。でも、そこには置き場所がなかった。その人はその場所のそうした環境に無意識だっただけで、コーヒーカップを持った瞬間にようやく環境を意識したのです。それほど人間は世界に対して無意識なのです。デザインのきっかけというのは無意識の行為の中で急に立ち現れてくるものです。
野口:
先ほど揺さぶりをかけるとおっしゃいましたが、やはり明確な軸があるからこそ、揺さぶりをかけることができるのでしょうね。
深澤氏:
そうですね。良品計画では「これは無印良品、これは無印良品ではない」という軸がはっきりしています。
野口:
それこそが企業文化ですよね。ただ、悩ましいことに「企業文化を変えたい」という相談を日本企業の方々から受けることがよくあるんですよ。
深澤氏:
カルチャーは内側からできていくもので、つくるものではありませんよね。
野口:
おっしゃる通りです。追いかけるものではなく、いろいろなチャレンジや揺さぶりを経験した後に形成されるものです。
深澤氏:
そういう企業は、変わるほうがよいのか、そのまま我慢して同じところにとどまっていたほうがよいのか、迷っているんじゃないでしょうか。立ち止まることもイノベーションにつながる可能性がありますから、難しい選択ですよね。1つ言えるのは、揺れの中に幅を持たせたほうがよいということです。絶対的な不動の軸を見つけるというのは無理ですから、揺さぶられることでバランスを取りながら、自分の位置を見出していけばよいんです。
安藤:
お話を伺って、デザインに使われる思考とビジネスがどのようにつながるのか、理解できた気がします。違和感を覚えるものを削ぎ落して、本質を見るという視点が、ビジネスに応用できると分かったのはとても面白かったです。
深澤氏:
デジタルが経済を変え、資本主義を変えていくと、ビジネスという概念も変わっていくでしょう。どう生きようかという価値観がより重要になり、そのモデルを示せることがクリエイティブとされるようになるのでしょうね。
野口:
デザイン思考もイノベーションも、本当の意味を理解することは大変難しいと感じます。カスタマーセントリック(カスタマー重視の経営)が重要だからやらなければいけないといわれていますが、顧客に迎合するのではなく、私たちの使命はこうなんだとプロダクトを出すことこそ顧客重視であり、そして結果的にマーケットをつかむことへの近道なのかもしれません。こういう本質を見るという考え方を浸透させるには、深澤さんだけではなく、私たちももっと実践してみせなければならないと実感しました。
深澤氏:
デザイン思考に必要なのは、経験者になること。つまり、センサーで触るということです。シリコンバレーの人たちは経験好きの集団だから、いつでもセンサーを立てています。IDEOのメンバーはよく「日本人には好奇心が足りない」と言っていました。それは、きっと経験してみようという好奇心のことを指していると思います。人間のセンサーは犬の毛のように普段は寝ていて、何かあるとパッと立ちますが、シリコンバレーの人たちのセンサーはいつもふわっと立っていて、いろいろなものに触ろうとしているのです。
野口:
私も気になるものがあるとどこへでも行って経験したいと思うタイプなのですが、やはり実際に体験してみないと、よいも悪いも分かりませんよね。できるだけ多くの人に、経験することへの好奇心を持ってもらえる仕組みや思考を広めたいと思っています。
深澤氏:
経験したことを自覚し、フィードバックできるようになれば、デザイン思考を進められると思います。最初は経験しても何にも感じないかもしれませんが、かつて私が一緒に働いていた人間工学のスペシャリスト、ジェーンの言葉通り、「やらないより、やったほうがよい」のです。それが気づきのチャンスを広げる。
私たちの使命はこうなんだとプロダクトを出すことこそ顧客重視であり、そして結果的にマーケットをつかむことへの近道なのかもしれません。
私がデザイン思考と初めて出会ったのは、2007年にGoogleと検索ソリューションを共同開発したときでした。そのプロジェクトではIDEOのメンバーともご一緒する機会があり、今までにないアプローチに衝撃を受けました。それ以来、私はコンサルティングの場でも常にそのアプローチを意識し、計画通りゴールを目指すのではなく、カオスに放り込み、プロジェクトに揺さぶりをかけ、予定調和ではないゴールを導き出す手法を磨いてきたつもりです。
今回、深澤さんと対談させていただき、自分がやってきた手法とシンクロする部分が多く、デザイン思考に対する理解がさらに深まりました。結局、深澤さんがおっしゃる通り、経験が何より大事。私たちがコンサルティングをしていく上でも、ロジックに頼り過ぎず、センサーで触れる経験をさせる必要があると、改めて感じました。PwC Japanグループが2017年に開設した「エクスペリエンスセンター」では、デジタルビジネスの本質を理解し、明確なビジョンを描く体験を提供しています。クライアントをはじめ多くの方々にご活用いただき、体験を通じたイノベーションを生み出す支援をしていきたいですね。(野口)
PwC Japanグループ エクスペリエンスセンター
1980年多摩美術大学プロダクトデザイン科卒業後、1989年米国のデザインコンサルティング会社ID Two(現IDEO サンフランシスコ)に入社。7年間デザインの仕事に従事した後、1996年に帰国し、IDEO東京オフィスを立ち上げる。2003年に独立し、NAOTO FUKASAWA DESIGNを設立。現在は日本企業だけでなく、イタリア、ドイツ、米国、スイス、スペイン、中国、韓国、フィンランドなど世界を代表するブランドのデザインやコンサルティングを多数手掛ける。日本民藝館館長、多摩美術大学統合デザイン学科教授、良品計画デザインアドバイザリーボードなども務める。
戦略立案、グループ経営管理、ワークスタイル改革など企業の変革を専門とし、多数のプロジェクトを経験。PwCグローバルイノベーションチームに所属し、イノベーション戦略立案からオペレーションモデル策定まで企業のイノベーションプラットフォームの構築支援を行う。また、教育機関、NPO、金融機関などと協業し、社会全体においてイノベーションを促進する仕組み作りを支援している。主な著書に『シェアリングエコノミーまるわかり』(日本経済新聞出版社)がある。
法学部卒。大学在学中にスペイン・バルセロナへ留学しビジネスを学ぶ。2017年にPwCコンサルティング入社。通信、製造、広告、航空、官庁、ラグジュアリーなど幅広い業界においてカスタマーサービス、マーケティング領域の案件を支援。直近では顧客起点の思想を取り入れたブランディング領域の案件を担当。
※ 法人名、役職、本文の内容などは掲載当時のものです。