
真の成長に向けた「育て方」「勝ち方」の変革元バレーボール女子日本代表・益子直美氏×PwC・佐々木亮輔
社会やビジネス環境が急激に変化する中、持続的な成長が可能な組織へと変革を遂げるには、何が必要なのでしょうか。元バレーボール女子日本代表で、現在は一般社団法人「監督が怒ってはいけない大会」の代表理事としてスポーツ界の意識改革に取り組む益子直美氏と、PwC JapanグループでCPCOとして企業文化の醸成をリードする佐々木亮輔が変革実現へのカギを語り合いました。(外部サイト)
ITエバンジェリスト、プログラマー
若宮 正子 氏
PwCあらた有限責任監査法人 パートナー
鈴木 智佳子
81歳で自ら開発したスマートフォンアプリが話題となり、「世界最高齢のアプリ開発者」として世界から注目を集めたITエバンジェリストの若宮正子氏。85歳を迎えた現在も、シニア世代とデジタル技術との懸け橋となるべく、国内外での講演や有識者会議への参加、書籍の執筆などを通じた、デジタル技術の普及・啓発活動に精力的に取り組んでいます。高齢化が進む日本で、デジタル技術が生み出す製品やサービスをシニア世代を含む誰もが使いこなし、その利便性を享受できる社会を実現するためには、どのような取り組みが求められるのでしょうか。PwC JapanグループのDX社内推進リーダーとして社員・職員のデジタルスキル向上のプロジェクトを牽引するPwCあらた有限責任監査法人・パートナーの鈴木智佳子が、デジタル活用の促進に必要な支援のあり方や、日本におけるデジタル技術普及の課題について、若宮氏とリモート対談で意見を交わしました。
鈴木:
アプリ開発者として広く知られるようになってから、若宮さんのもとには、官民を問わず、講演など多くのオファーが舞い込んでいると聞いています。その一つひとつに誠実に対応し、「デジタルの世界を知ると、人生の可能性が広がる」とのメッセージを発信し続けていらっしゃる姿に、深い感銘を受けています。
若宮氏:
ありがとうございます。私は「ICTの伝道師」として、高齢者のデジタルリテラシーを向上させることが自分のミッションだと思っています。数年前まで自宅でパソコン教室を主宰していましたし、最近はシニアの皆さんをデジタルの世界にお誘いする書籍も出版しています。これまで、実に多くのICT入門書や啓発書が世に出ていますが、その大半はデジタルネイティブの専門家がお書きになったもので、アナログ世代である高齢者にはメッセージが響いてこないというのが率直な感想でした。
その点、アナログ世代の私なら、デジタルを使う楽しさを、より多くの方々に伝えられるはずだと考えました。これは書籍に限った話ではなく、講演や会議、テレビ出演など、他の場やメディアにおけるメッセージの発信でも同じです。
鈴木:
デジタル技術は今や、生活を維持する上で欠かすことのできないインフラの1つとなっていますから、シニアの方々にとっても、デジタル技術を使いこなして「できること」を増やしていくのは重要ですね。
若宮氏:
そうなんです。デジタル技術を活用すれば、従来よりも少ない労力で、より速く、精緻で複雑な作業ができるようになります。より高度な社会参加が可能になると言ってもよいでしょう。逆に、デジタルに疎いと、社会生活で「できないこと」が増えてしまいます。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)で巣ごもり生活が始まってから、デジタルに明るくないシニアはとりわけ大変でした。インターネットを使って買い物をしたり予約を取ったりといったことができませんし、外部とのコミュニケーションといえば、離れて暮らす家族と電話で話すくらいしかないのです。
鈴木:
今日の対談のようにビデオ通話で顔を見ながら話すのと違って、音声だけの電話では相手の様子や気持ちがよく伝わりませんから、それしか手段がないとなると、不安に思う人が多かったでしょうね。
若宮氏:
一人暮らしのシニアは、孤独を感じて心細くなっていたようです。気持ちの問題だけではなくて、家の外と連絡が取れないために孤立してしまい、命が脅かされる経験をした方もおられました。今年の夏、お年寄りが自宅で熱中症で亡くなったというニュースがありましたが、ご自宅にはエアコンが設置されていたのに、リモコンをなくしてしまったために、冷房を入れることができなかったというケースもあったそうです。
鈴木:
痛ましい事故ですね。お年寄りが熱中症で亡くなるという報道はよく目にしていましたが、まさかリモコンが見つからなかったことが事故の原因になるとは想像もできませんでした。
若宮氏:
仮にリモコンが手元にあったとしても、電池が切れていたらエアコンは動きません。お年寄りは握力が弱くて電池交換用の蓋を開けられないこともありますし、電池の買い置きがなくなったのに、外出自粛の要請にきちんと従ったために新しい電池を買いに行けなかったという話も聞きました。こうした例はほかにもあります。高齢者は外出する機会が少ないのでこまめに携帯電話やスマートフォンのバッテリーを充電しない方が多く、災害時に緊急速報アラームが鳴らないことがあるのです。いち早く避難すべき方々であるにもかかわらず、命を守るために必要な情報が届かないという事態は防がないといけません。機械やデジタルを使いこなしている人ばかりではないことを前提に、命に関わるどのような問題が起こり得るかを、周囲があらかじめ想定して、手を打っていく必要があると思います。
鈴木:
確かに、リモコンや充電は機器を使いこなしている人たちにとっては当たり前のことですから、私も今のお話をうかがうまで思い至りませんでした。デジタル技術を活用するときは、使い慣れた人たちが思いもよらないところでつまずく人がいるかもしれないと考えて行動しないと、その後の対応を誤ってしまうおそれがありますね。
若宮氏:
そうですね。台湾でデジタル担当の政務委員を務めるオードリー・タンさんは、新しいデジタルサービスや政策を考えるときには必ず、80代のおばあ様に「こういうことをやろうとしているんだけど、おばあちゃんたちの年代の人はどう思う?」と相談するそうです。企業や行政の皆さんは、新しい商品やサービス、施策を世に出す前に、高齢者を含む幅広い年齢層の意見を聞き、それを反映させることが必要なのではないでしょうか。
鈴木:
自分とは違うバックグラウンドを持った人に試してもらって、そこでうまく伝わらないときは、「自分たちの伝え方が間違っているのかもしれない」と捉えて、仕組みや操作性を見直す必要があるのですね。自分の仕事を振り返りながら今のお話をうかがって、そのように感じました。
若宮氏:
同感していただけて、嬉しいです。実は日本でも、一部ではありますが、機械やデジタルの操作バリアをなくしたり、ハードルを下げたりした電化製品が登場しています。先ほど話題になったエアコンの場合、今は「3℃下げて」などと言えば、リモコンのボタンを押さなくても操作できる、AIスピーカー搭載の製品が販売されています。こうした日常生活のツールが身の回りにもっと増えていけばよいと感じます。
若宮氏が開発したスマートフォンアプリ「hinadan(ひなだん)」。ひな人形をひな壇の正しい位置にはめ込むゲームで、シニアへの配慮が行き届いた操作性となっている。スマートフォン特有のフリック動作は使わず、タップでひな人形を移動させる
鈴木:
若宮さんがおっしゃるように、デジタルや機械の存在を意識することなく、意図に沿った操作ができる機器が普及すれば、社会課題を解決する一助になりますね。ただ、現状では、デジタル技術を使う人たちのリテラシーを高めることで、できることの幅を広げてもらうといったアプローチも欠かせません。若宮さんは、シニア世代のデジタルリテラシーを高めるために、具体的にはどのような活動を実践されていらっしゃるのですか。
若宮氏:
まず1つが「メロウ倶楽部」という、早くいえばインターネット上の老人会活動です。30年近く前に、私たちの先輩方が電話回線を利用して始めた活動が源流となっていて、「円熟世代の生きがいづくり」を目的としたさまざまな活動を行っています。COVID-19の拡大防止のために外出を伴う活動ができず、多くの団体が困ったという声を聞いていますが、私どもの会では20年以上前から、日常のミーティングから議決を伴う総会に至るまで、オンラインで会議を完結できるシステムを使ってきました。外出に困難を伴う場合が多い高齢の会員への対応として、先輩方がシステムを構築してくれていたのです。
おかげで、外出の自粛要請が出ていた今年4月にも、私たちはネット上で年次総会を開催することができました。会員にとっては慣れ親しんだ当たり前の環境でしたが、COVID-19に直面して、この仕組みを導入した先輩たちの先見の明に改めて驚いたものです。鈴木さんも、PwCさんで社内の方々にデジタルを普及させる活動をされているのですよね。
若宮氏が考案した、表計算ソフトを使って図案を描くアート作品。ご自身はこのアートを「パソコンを使った手芸」と呼ぶ。2019年に園遊会に招かれた際には、自作のデザインをプリントした衣装とバッグ(写真左)で参加した
鈴木:
はい。PwC Japanグループ全体で、一人ひとりのデジタルスキルを高めるための施策に携わっています。その一環として「Digital Fitness(デジタルフィットネス)」というアプリを開発しました。このアプリは設問に答えるだけで、その人のデジタルに関する強みや弱みをスコアで表示します。スコアに応じたスキルアップの教育コンテンツも用意しています。デジタル習熟度を自ら把握し、自主的に目標を立てて学習を進められる点が特長です。
若宮氏:
習熟度がスコアで分かるところが面白いですね。「フィットネス」とおっしゃるので、てっきり体を動かすアプリだと思っていました(笑)。
鈴木:
デジタルスキルに関するフィットネスです(笑)。はじめはスコアがどんどん伸びるので、楽しみながらスキルアップできます。さらに、社内全員を対象にしたデータ分析やRPAツールの研修も実施しています。研修をすると、すぐにツールを使いこなして何かを作り始める人や、ツールのメリットをチーム内で共有して生産性を飛躍的に向上させる部門が出てきます。全員がそのツールを知っているため、そうした成功例を自分の仕事に取り入れやすく、効果が波及しやすいのです。日本だけではなく海外のファームとも情報共有が可能なプラットフォームがありますので、その効果はPwCネットワーク全体に広がっていきます。
ところで、若宮さんは、パソコン教室の生徒さんやメロウ倶楽部の会員でない方々、つまり社会全体のデジタルリテラシーを底上げするために必要な施策についても、行政の会議などで提案されているとうかがいました。
若宮氏:
はい。高齢者・障がい者のためのICT利活用を検討する総務省の「デジタル活用共生社会実現会議」で、「お年寄りの身近なところで支援を提供する“ITのお助けマン”を各地に置いていただきたい」と提言しました。シニアの場合、デジタル技術を使うためには、誰かがちょっとお手伝いをしてあげることが必要なものですから。この会議での議論がきっかけとなって、2020年度に「デジタル活用支援員推進事業」という事業が創設され、すでに全国11カ所(12件)で実証実験が始まっています。支援員を務めるのは会社を定年退職したばかりの比較的若いシニアの方々が多いのですが、先日も地方の説明会にお邪魔して、そうした方々に、皆さんが中心となって、この活動を担っていただきたいとお話をしてきたところです。
鈴木:
素晴らしいですね。PwC Japanグループでは、社内でデジタルスキルの高い130人強を「デジタルアクセラレーター」に任命し、デジタル化を牽引してもらう試みを始めているのですが、今、若宮さんがおっしゃった支援員のような仕組みの導入も検討しているところなんです。年齢が比較的高くデジタル技術になじみの薄いパートナーなどに、デジタルネイティブである若手職員をペアリングしてメンターとなってもらうことで、デジタルは意外と簡単で、使えば便利だと実感してもらいたいと考えています。
若宮氏:
いい取り組みですね。私たちのデジタル活用支援は、もう少し基本的なレベルのお手伝いです。例えば、視力が衰えてきて手も震えるのでスマートフォンは使いにくいという人にタブレットの利用をお勧めしたり、せっかくインターネット環境が整備された集合住宅に住んでいるのにそれを活用できていない人に使い方を教えてあげたりと、まずツールを使い始めるための支援が中心です。
支援員の中には、個人別の「スマホカルテ」を作り始めた人もいます。使用しているスマートフォンのOSや通信キャリア、デバイスの購入日、パスワードなどを記載したカルテをお渡しして、各自で管理していただく仕組みです。困ったことが起きたときは、そのカルテを支援員やお店のスタッフに見せれば、細かく説明しなくても問題の原因を判断してもらえるわけです。支援を受ける方々はとても喜んでくださっています。お年寄りたちもカルテを見ているうちに、デジタル用語の意味がだんだん分かってくるようです。
鈴木:
デジタル技術を活用した生活をするための入り口をきちんと整えていらっしゃるのですね。
若宮氏:
来年度には、私が理事を務めるNPO法人ブロードバンドスクール協会で、どうすればお年寄りがスムーズに遠隔医療を受けられるようになるかについて、本格的な検討を始める予定です。デジタル技術が自分の命や健康管理と直結するシステムですので、シニアの方々にも利用しやすい入り口を整えられるといいと思います。
鈴木:
2019年には、電子政府で有名なエストニアに行かれたそうですね。
若宮氏:
はい。なぜエストニアは他国よりもデジタルに関する先進的な取り組みができているのか、そして、エストニアのシニア層は現在の仕組みをどのように考えているのかを知りたいと思いまして、1人で行ってきたんです。現地でお話をうかがって、情報の扱い方に対する姿勢が私たちとは全く違うということが分かりました。
エストニアには、日本のマイナンバー制度に似た「e-Residency」という制度があります。病院では自分のe-Residencyカードを患者が医師に提示し、「このカードに記録されている私の健康情報を閲覧してもいいですよ」という意思表示をしてから受診します。つまり、個人情報を管理するのは本人であって、病院でも国でもないのです。国民一人ひとりが個として自立していて、自分の情報を非常に重いものだと認識しています。こうした考え方の背景には、何度も他国から侵略を受けてきた歴史が関係しているのかもしれません。
鈴木:
確かに、日本でも個人情報保護法が制定されていますが、個人で情報を管理するという概念は希薄かもしれませんね。
若宮氏:
そうです。マイナンバー制度については、情報の漏洩に関する厳しい罰則が設けられたことで、国民が「デジタル情報は怖い」といった印象を抱き、かえってデジタル化を遅らせる結果となっています。まるで、「触らぬ神に祟りなし」とでもいうように。残念なことではないでしょうか。
エストニアでは、情報アクセシビリティへの配慮も進んでいました。例えば、ウェブサイトを構築する際、ユーザーが目的の情報にたどり着くまでに何回クリックする必要があるのかを重視するのです。こうした情報の管理と利便性をともに大切にする文化は見習うべき点が多いと感じます。
鈴木:
セキュリティの担保は必須ですが、その上で、シニアに限らず、ユーザーにとって使いやすいシステムを作り上げていくのだという、社会的なコンセンサスを醸成していくことが大切ですね。私たちも社内外でDXを推進していくにあたって、誰にとっても安全かつ使いやすい仕組みを考える必要があると実感します。
ユーザーにとって使いやすいシステムを作り上げていくのだという、社会的なコンセンサスを醸成していくことが大切ですね。
1935年、東京都生まれ。東京教育大学附属高等学校(現筑波大学附属高等学校)卒業後、三菱銀行(現三菱UFJ銀行)に入行。定年を機にパソコンを購入して独学し、その楽しさに夢中になる。シニア世代にパソコンを教える傍ら、表計算ソフトと手芸を融合したアートを発案。81歳のときにスマートフォンアプリ「hinadan」を開発し、最高齢プログラマーとして注目を集める。政府の「人生100年時代構想会議」有識者議員。シニア向けサイト「メロウ倶楽部」副会長、NPO法人ブロードバンドスクール協会理事を務める。
国内および外資系の金融機関を中心に、監査・アドバイザリー業務を提供。2016年に新設されたフィンテック&イノベーション室では、室長として金融機関のテクノロジー活用に関する取り組みに関与するとともに、フィンテックサービスを提供するスタートアップ企業に対して規制対応や内部管理体制の構築などを支援する。PwC JapanグループにおけるDX社内推進リーダーも務め、従業員のデジタルスキル向上に向けた取り組みを牽引している。
※ 法人名、役職、本文の内容などは掲載当時のものです。