
真の成長に向けた「育て方」「勝ち方」の変革元バレーボール女子日本代表・益子直美氏×PwC・佐々木亮輔
社会やビジネス環境が急激に変化する中、持続的な成長が可能な組織へと変革を遂げるには、何が必要なのでしょうか。元バレーボール女子日本代表で、現在は一般社団法人「監督が怒ってはいけない大会」の代表理事としてスポーツ界の意識改革に取り組む益子直美氏と、PwC JapanグループでCPCOとして企業文化の醸成をリードする佐々木亮輔が変革実現へのカギを語り合いました。(外部サイト)
ITエバンジェリスト、プログラマー
若宮 正子 氏
PwCあらた有限責任監査法人 パートナー
鈴木 智佳子
高齢化率28.7%(総務省統計局、2020年9月15日現在)となった日本は、国際連合の定義ではすでに「超高齢社会」に突入しています。高齢者が生きがいを持って生活できる社会の構築は、日本における喫緊の課題の1つです。その課題解決のカギを握るのが、デジタル技術の利活用です。「人は何歳になっても人生を楽しむことができる」と話す世界最高齢プログラマーの若宮正子氏は、失敗を恐れずにデジタル機器に触れ、「できること」が増えていく喜びを感じ、成功体験を重ねることが、デジタル活用のポイントだと指摘します。デジタル技術がもたらす豊かな人生への水先案内人として活躍する若宮氏と、PwC Japanグループで社内のDX推進をリードするPwCあらた有限責任監査法人・パートナーの鈴木智佳子によるリモート対談。後編では、デジタル技術活用の方法論を超えて、不確実性の高い時代に人生を楽しむ上での心構えにまで議論を深めました。
鈴木:
若宮さんはご講演やご著書の中で、常に「まず、楽しみましょう」というメッセージを発信していらっしゃいます。どうすれば年齢に関係なく、“楽しむこと”を忘れずに生きられるのでしょうか。
若宮氏:
高齢になると、自分の髪の毛が抜けたり、歯が抜けたり、親しい友達が亡くなりもして、人生における喪失体験を重ねることになります。一方デジタルの世界では、「昨日できなかったことが今日できるようになる」喜びを何歳になっても得られるのです。私がパソコンを教えていた80歳の方も、目を輝かせて「先生、できました!」と報告してくださるのです。そうした喜びを明日も明後日も続けることができたら、年齢など関係なく、いつまでも元気でいられると思いませんか。
鈴木:
本当にそうですね。成功体験を重ねることはとても大切ですし、楽しいですから、元気になりますよね。逆に、ノルマや「やらなければいけないこと」を決めると、それに縛られて楽しめなくなってしまいます。
若宮氏:
おっしゃるとおりです。予想のつかない数年先の計画を立ててうまくいくかどうか不安を抱くよりも、今、一番素晴らしいと思えることをやればよいのではないでしょうか。今の時代は、さまざまなことが目まぐるしく変わります。常識とされるものも次々と新しくなっていきます。
鈴木:
ひと昔前は、大学に進学して、就職し、女性ならば結婚して子どもを産むことが1つの「スタンダード」でした。しかし、若宮さんがおっしゃったように、そのような常識自体が変わってきています。誰かが決めた不確かな“正解”を押しつけられて、やってみたところで、それが自分の尺度に合わなければ楽しくないですよね。
若宮氏:
はい。人様の目を気にして、「誰かに何かを言われないようにする」ことを最優先に振る舞う人が多いようですが、そのような方々には、「私のように、誰かに何かを言われることを覚悟した上で行動すると、すごく気が楽ですよ」とお伝えしたいです。
予想のつかない数年先の計画を立ててうまくいくかどうか不安を抱くよりも、今、一番素晴らしいと思えることをやればよいのではないでしょうか。
鈴木:
「自分は自分」と思うことができる若宮さんの生き方の根底にはどのような考え方がおありなのでしょうか。
若宮氏:
考え方というよりも、戦争中の学童疎開を通じて徐々に身に付いていった処世術のようなものかもしれません。9歳で家族と離れて暮らして、周りは大人や上級生ばかりで、人間関係に逃げ場がありませんでしたから。私に限らず、その頃の子どもたちって、みんな苦労していて、自立していたのでしょうね。他人がどう感じようと自分は自分ですし、何かに挑戦して思ったとおりにならなくても、それも1つの経験として受け止めればよいのです。
自分の過去に照らして今の社会を見ていると、若い人たちが失敗をとても怖がっているように感じます。若者から「81歳でプログラミングに挑戦するなんて、よくそんな勇気と決断力がありましたね」と言われることがあります。プログラミングでケガをするわけではありませんし、嫌ならやめればいいだけですよね。始めることに勇気や決断力なんて必要なかったのです。逆に、「なぜあなたはそう思うの?」と尋ねると、挫折が怖いという返事が来ます。確かに私は、支援してくださる方がいらっしゃったので、自分が開発したアプリを公開できました。でも、もし公開できなかったとしても挫折だとは思わなかったでしょうね。「プログラミングで遊んで面白かった」と、笑って終わりだったはずです。
鈴木:
確かに、私が社内で取り組んでいるデジタルスキル向上の取り組みでも、それは同じですね。期待したほどうまくいかないケースがあっても、そのチャレンジ自体がポジティブなことですから。これまでは成功例や好事例を紹介してモチベーションを高めることが多かったのですが、若宮さんのお話をうかがって、今後は失敗例も紹介してみようと思いました。最初から良い結果が出なくても、その後に改善した事例を紹介すれば「失敗なんてない」と気づいてもらえるかもしれません。
若宮氏:
そうですよ。失敗は価値のあることなんです。50歳の頃、英語教室に通っていたのですが、修了式で先生が「一番貢献した生徒さんに賞状を授与します」とおっしゃって、賞状を受け取ったのが私でした。私自身、貢献した覚えはありませんでしたし、他の生徒さんたちが「なぜあの人なの?」と不思議そうな顔をしていました。すると先生が「若宮さんはこの1年間でたくさんの間違いをしました。他の皆さんもその様子を見て、『あれはいけない』と気づくことができたはずです。先生も『この教え方をすると、ああいう間違いが起きる』と分かりました。だから、最も貢献した生徒は若宮さんです」とお話しになりました。その言葉を聞いて、なるほど失敗は悪いことではない、むしろたくさん失敗したほうがよいのかもしれないと思ったものです。
鈴木:
大事なのは失敗を受け入れて、そこからチャレンジしていく姿勢ですよね。
若宮氏:
2019年にノーベル化学賞を受賞なさった吉野彰先生も、「失敗しないと絶対に成功しない」とおっしゃっていました。失敗は、大輪の花を咲かせる肥料になるのだと思います。
鈴木:
生き方に関するお話をもう少しお聞かせください。人がどのような仕事観を持っているかは、世代によってかなり異なっているのではないかと感じています。私たちの世代は、仕事で頑張れば何かいいことがあると思えた世代でしたが、今の若い世代の中には「頑張ったところで何があるのだろう」と疑問を抱いている人も多いようです。若宮さんは、ご自分にとって仕事とはどのようなものだとお考えですか。
若宮氏:
人生100年時代と言われる一方で、「長生きしても楽しいことがないのなら、100歳まで生きる意味はない」とおっしゃる方もいます。でも、私自身について言えば、本当に充実して生きていると感じるようになったのは、80歳を過ぎてアプリをきっかけにいろいろな方々とつながりを持つようになってからでした。
私は若い頃は銀行に勤めていて、40歳代で商品の企画開発に携わりました。定年後、60歳を過ぎてからパソコンを使い始め、80歳になる頃には今のようなデジタルの楽しさをお伝えする仕事をしていましたが、もしそのままだったら“普通のおばあさん”で人生を終えていただろうと思います。たまたまアプリを作ったことで、なぜか世界的な有名人になり、人生が変わりました。たとえるなら、草野球でヨタヨタしながら打席に入ったのに、ボールが偶然バットに当たり、強烈な追い風で場外ホームランになり、それがアメリカまで飛んでいっちゃった──そんな感じです。
現在、SNSを通じて私には約3,500人もの友達がいます。国も年齢もさまざまです。そういう方たちとのやりとりは、私自身の視野と多様性を今もどんどん広げてくれています。ですから私にとって仕事というのは、自分の人生を充実させる重要なツールです。その中で周囲からご協力をいただいて、この歳まで仕事を続けていられることは、本当に幸せで、感謝の気持ちでいっぱいです。
鈴木:
若宮さんの「何でもやってみよう、楽しもう!」という生き方が明るい求心力となって、多くの人を引き寄せているのでしょうね。世界情勢や自然災害、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)など、「この先何が起こるか分からない」という状況に多くの人が不安を感じていますが、若宮さんのように「何があるか分からないからこそ、楽しいのでしょう?」と発想することで、社会の新たな展望が開けるのではないかと思います。
若宮氏:
そうですね。COVID-19とつき合うことも、必ずしも悪いことばかりではありません。今回の感染拡大を通じて、私は、これからの経営者はビジネスと経済に詳しいだけでは十分とはいえないということに気づかされました。年末になると翌年の経済予測などが出されますが、2020年度の経済予測には、為替相場の予想はあっても、COVID-19の出現や感染拡大も、大型台風の襲来も記されていませんでした。やはり、ビジネスと経済以外のことも知らなければ世の中の動きは分かりません。
さらに言えば、「人間とは何か」が分からなければ、これからの世界は先を見通すことが困難です。一般教養をより広く、深く身に付けた「新たな教養主義」の時代が来るとでも言いましょうか。インターネットで情報を拾うだけではなくて、その情報を自分の中に取り込んで、考えを熟成させて、教養を土台に新しいビジネスを生み出す。そして新しい経済、産業、社会の仕組みを築き上げていくことが大切だと思います。
鈴木:
おっしゃるとおりですね。知識だけではなくて、深く、豊かな教養に裏打ちされたリーダーが求められていると思います。それこそ知識や知能という面では、デジタル技術の進化によって、AIが人間の仕事を奪う時代が来ると危惧する声もあります。私は、デジタルは本来、人間が幸せになるための道具だと思っています。若宮さんはどのようにお考えですか。
若宮氏:
デジタル技術をただ使えばよいということではなく、それを使うことによって人間が幸福にならなければいけません。技術とは本来、そのための手段です。AIが人の仕事を奪うというテーマにしても、同じような議論は私が生きてきたこの85年間に何度も繰り返されてきました。電話の自動交換機が登場したときは交換手の仕事がなくなると言われましたし、ワープロが開発されたときにはタイピストの失業が懸念されました。しかし、その後スマートフォンやPCの普及によってかつては存在しなかった多くの職業が生まれています。今後は5Gから新たな仕事が出てくるかもしれません。そうした新たな仕事を通じて、新しい価値を世の中に提供できると思います。
鈴木:
変化に順応し、自ら新しい価値を生み出していこうという考え方には大きく共感します。このとき、考えなくてはいけない要素は、テクノロジーが進化する速度ではないでしょうか。黒電話がなくなるまでには相応の時間を要しましたが、それに比べてスマートフォンが携帯電話に取って代わるまではわずか数年とものすごい速さでした。そのスピードから、新しいテクノロジーについていけないと感じている人もたくさんいます。
ただ、そのテクノロジーを生み出しているのは人間です。やみくもに怖がるのではなく、若宮さんのように、学ぶことの喜びを感じながらテクノロジーがもたらす変化にキャッチアップして、「変わったことでこんなに便利になった」と前向きに受け止められれば、生きていくためのパワーになりますね。
若宮氏:
そうですとも。これからの時代、変化のスピードはさらに速くなっていくことでしょう。昭和の時代は、大きな船を造るとか、新しいトンネルを掘るとか、20~30年もの時間をかけてやり遂げる重厚長大型のプロジェクトが花形でしたが、これからは軽佻浮薄とされるような、軽量で開発に手間がかからずとも多くの人の役に立つ、新しい方向へのチャレンジが良い結果を生んでくれるはずです。
鈴木:
テクノロジーの進化で、逆にやりやすくなったことも増えています。リモートワークの普及は、仕事の相手が日本にいようと海外にいようと、仕事の本質にはあまり影響しないことを多くの人に気づかせてくれました。物理的に「会う」ことが難しくなった代わりに、距離や国境という意識は薄らいだといってよいでしょう。今、目の前にあるデジタルツールの向こうには、「近くなった世界」が広がっています。だからこそ、より多くの人に積極的に世界へとチャレンジしてほしいですね。
若宮氏:
本当にそうですね。日本にとどまらず、外国とも競争だけではなく協調することが必要です。デジタル技術がもたらすツールを活用して世界中とつながることで、人類はもっと幸福になれるはずです。世界中の人たちとともに、共通の“家”である地球を壊さないように目配りをしながら、新しい産業や社会を生み出していってほしいと思います。
若宮さんが、何か新しいサービスやシステムを開発するときは幅広い年代に話を聞いてほしいとおっしゃっていたことがとても印象に残りました。開発する側は自分たちの視点に固執してしまいがちですが、さまざまな人に意見を聞いて、そのフィードバックを生かすことは、すぐにでも実践可能ですし、私も業務の中で生かしていきたいと思います。そして若宮さんのように「まず、楽しむこと」を心掛けながら、デジタルスキルの向上や、その先の幸せな社会の実現に取り組む姿勢が大切だと感じました。(鈴木)
1935年、東京都生まれ。東京教育大学附属高等学校(現筑波大学附属高等学校)卒業後、三菱銀行(現三菱UFJ銀行)に入行。定年を機にパソコンを購入して独学し、その楽しさに夢中になる。シニア世代にパソコンを教える傍ら、表計算ソフトと手芸を融合したアートを発案。81歳のときにスマートフォンアプリ「hinadan」を開発し、最高齢プログラマーとして注目を集める。政府の「人生100年時代構想会議」有識者議員。シニア向けサイト「メロウ倶楽部」副会長、NPO法人ブロードバンドスクール協会理事を務める。
国内および外資系の金融機関を中心に、監査・アドバイザリー業務を提供。2016年に新設されたフィンテック&イノベーション室では、室長として金融機関のテクノロジー活用に関する取り組みに関与するとともに、フィンテックサービスを提供するスタートアップ企業に対して規制対応や内部管理体制の構築などを支援する。PwC JapanグループにおけるDX社内推進リーダーも務め、従業員のデジタルスキル向上に向けた取り組みを牽引している。
※ 法人名、役職、本文の内容などは掲載当時のものです。