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医師/神経科学者
紺野 大地 氏
PwCコンサルティング合同会社 パートナー
三治 信一朗
未来を創るDX
~デジタルが加速させる社会のトランスフォーメーション
人間が持つさまざまな機能や能力の強化と向上を目指す「人間拡張」(Human Augmentation)の技術が注目を集めています。現役の医師であるとともに脳・AI分野における気鋭の若手研究者として活躍する紺野大地氏と、PwCコンサルティング合同会社で「Technology Laboratory」(テクノロジーラボラトリー)の所長を務める三治信一朗による、人間拡張をテーマにした対談連載の後編。AI技術の進化・利用に伴う倫理的な課題への対応や、AI時代の人間の在り方、テクノロジーとの向き合い方について議論を深めました。
三治:
脳の機能拡張には、脳情報の「読み取り」と「書き込み」の2種類の方向性があると前編で教えていただきました。
脳情報を読み取る技術は、昔からあるポリグラフ検査、いわゆる「うそ発見器」もそれに該当するかと思います。その人が本当のことを語っているのか、どのような志向・偏向があるのか。それが一定の確実さのもとに判断できるわけです。
ただし、そうした「脳情報の読み取り」には精度の問題があり、実用化に向けては誤差などを見込んだ分析が必要になります。一方、「脳情報の書き込み」では、「脳に書き込む」と聞いた瞬間に抵抗を感じる人もいます。
自主ルールや倫理規範の策定などを含め、現時点でどんな課題があるのでしょうか。
紺野:
「脳情報の書き込み」は、現状ではアカデミアの基礎研究がメインであり、ほぼ全てが動物実験や臨床研究です。当然、倫理委員会を通したり、被験者の同意が必要になったりするわけですが、将来的に社会に普及させるとなると、倫理的なハードルは決して低くはないでしょう。
考え得るマーケットは、例えば「気分を高揚させる」などの効用に対する需要ですが、それに中毒的に依存してしまうという問題も想定され、利用の判断を個人に100%委ねるのは難しいと思います。
三治:
テクノロジーと人間との間で、どのような合意を築いていくのかが課題になりそうですね。
紺野:
そういうことです。しかし、脳の機能拡張やニューロテック・ブレインテックに関し、倫理面での合意を形成するのは簡単なことではありません。
新たなテクノロジーと倫理の関係を考えるとき、私は「お酒」をしばしば思い浮かべます。自然発酵の作用を上手に使ってできるお酒の魅力に、有史以来、人類は当たり前のように親しんできました。
しかしもし仮に、お酒が最近初めて発明されたものだったとしたら、どうだったでしょうか。おそらく、犯罪や事故を誘発する“危険な薬物”として飲用が禁止されていたのではないでしょうか。
ですが現実には「こういうときは飲んでよい」「飲んだらこれをしてはいけない」というルールを設けた上で、多くの社会でお酒を飲むことが許容されているわけです。
脳の機能拡張やニューロテック・ブレインテックについても、完全にフリーで利用可能とするのではなく、例えばうつ病患者への利用から始めて、次は罹病と健常の境界域の人、その次は条件付きで健康な人といった具合に、きちんとルールを定めた上で少しずつ利用の輪を広げていくのが望ましいと思います。
三治:
まさに、社会としての受容性をどう浸透させていくかということですね。利用の輪を一気に広げると、社会にとっての危険性が高まります。そうすると「歯止めをかけよう」「禁止してしまおう」という話にもなります。
かつての遺伝子治療がそうでした。「神の領域に迫る」と警戒され、当初は否定する声も多かった。しかし、遺伝子自体の解析が徐々に進んだことで「ここまで分かってきたのだから、こういう目的での利用の可能性を探ってもよいだろう」と研究が進みました。
現在では遺伝子治療の最大のメリットである「病気の予防」という原点に立ち戻り、人間拡張の技術の1分野になっています。しっかり解析して、「分かる」ということ。さらに、それを社会に「伝える」こと。
一歩一歩を丁寧に進めることで、社会的なコンセンサスが得られます。そしてもちろん、閾値を超えれば一気に普及するということも考えられるでしょう。
三治:
紺野先生は脳とAIの融合を研究なさっています。AIによって人間の在り方はどのように変化すると思われますか。
紺野:
AI技術の進歩に伴い、人間にしかできないことはどんどん減りつつあります。AIが囲碁のトップ棋士に勝利したのはもう数年前になります。その後、小説や絵画、音楽といったアートの世界でも、AIは目覚ましい成果を上げています。
人間ゆえの美徳と考えられている「思いやり」や「優しさ」「心の温かさ」でさえ、それが本当に人だけが持つものなのか、もはや私は懐疑的です。今ではもう、「人間だけが得意なこと」を探すほうが難しい。
しかし逆に「現状のAIが苦手なこと」を考えてみると、「好奇心」や「楽しむこと」はそれに該当しそうです。AIが得意なことはAIに任せて、「人間がやるべきこと、やりたいこと」を、人は追求するようになると思います。
三治:
人間は、「楽しむ」「自分の嗜好に合致する」「そのために他者とコラボレーションする」方向へと、どんどんシフトしていくわけですね。
紺野:
ですから、好奇心の赴くままに、個人的な楽しみで生計を立てる人が増えるかもしれません。一方でAIはさらに進化し、いずれ経済的には世界全体のGDPの9割以上をAIが生み出すという時代になると思います。
「ただやりたいからやっている」みたいなことだけが人間の手に残る。極端な言い方をすれば、AI時代の人間の大半は、中世の貴族のような存在になっていくかもしれません。
これはネガティブな意味ではありません。「やりたくないこと」をやる人が減るならば、それは人類が進化する段階の1つととらえることもできるのではないでしょうか。
三治:
フロンティア領域を開拓する人は思うままに楽しんで開拓にいそしみ、そうではない人は「生きることを生きる」ことになる。AIでGDPの大半を稼ぎ出す国も出てくるかもしれない。確かに、それは“悪い世界”ではない気がします。
三治:
19世紀から20世紀初頭に活躍したSF作家のジュール・ヴェルヌは「人間が想像できることは、必ず実現できる」という名言を残しています。裏を返せば「危惧される不安は現実化してしまう」。
つまりテクノロジーの行き着く先にディストピアが出現することがあり得るのかもしれません。そんな懸念を紺野先生はどのように考えられますか。
紺野:
おっしゃる通り、例えば「脳情報の書き込み」については依存性が懸念されます。しかし、うつ病のようなメンタルの不調に苦しんでいる人が少しでも楽になるのであれば、それは多くの人々のウェルビーイングの向上につながる。
要は、テクノロジーの使い方を誤らないようにすることだと思います。
三治:
PwCコンサルティングの監修・著作で2020年に出版した『「望ましい未来」をつくる技術戦略』(日経BP)が提示した世界観は、まさに紺野先生が今おっしゃったような思想に通じています。
社会が将来ディストピアにならないように、テクノロジーを使った「望ましい未来=あるべき世界」を事前に描き、その上で社会を実現するイネーブラー(支援者)としてのテクノロジーの発展シナリオを示し、読者の事業に役立つヒントを提示するというコンセプトでまとめた一冊です。
テクノロジードリブンだと、そのテクノロジーを“とにかく使う”という方向で未来を描きがちで、それはコントロール不能になる危険性をはらみます。あるべき未来に向けてストーリーテリングしていくことが大切なのだと思います。
紺野:
「ストーリーテリング」の責務は、研究者と開発者のどちらが負うべきものでしょうか。
三治:
開発者だと思います。もっと言えば、実際にテクノロジーを使う側、ビジネスサイドの役割です。開発者は、ともするとテクノロジーが進化を遂げる方向に突き進んでしまうからです。
紺野:
本日の対談を通じて、アカデミアとインダストリーの結びつきをもっと良くしたいとの思いを新たにしました。そのためにも、アカデミアサイドの一員として今まで以上に積極的に情報を発信していきます。
三治:
私たちビジネスサイドもアカデミアとの連携に向けて、積極的に動いていきたいと思います。本日はありがとうございました。
あるべき未来に向けてストーリーテリングしていくことが大切なのだと思います。
人間拡張の今後に大きな可能性を感じた対談でした。ただし、「知」の拠点としてのアカデミアのすそ野が広がらなければ、日本の産業界の弱体化につながります。アカデミアとインダストリーの結びつきを強めること。
PwCが掲げる「社会における信頼を構築し、重要な課題を解決する」というPurpose(存在意義)は、その一助ともなるはずです。アカデミア人材の受け入れも含めて、私たちとしても引き続きアカデミアとの共創に力を入れていこうと思います。
1991年生まれ。東京大学医学部卒。医師、神経科学者。脳や人工知能(AI)の研究を通じ、「脳の限界はどこにあり、テクノロジーによりその限界をどこまで拡張できるのか」を探究。書籍やSNSを通じ、積極的な情報発信にも努めている。
日系シンクタンク、コンサルティングファームを経て現職。産官学それぞれの特長を生かしたコンサルティングに強みを持つ。社会実装に向けた構想策定、コンソーシアム立ち上げ支援、技術戦略策定、技術ロードマップ策定支援コンサルティングに従事。
政策立案支援から、研究機関の技術力評価、企業の新規事業の実行支援などまで、幅広く視座の高いコンサルティングを提供する。
※ 法人名、役職、本文の内容などは掲載当時のものです。