
真の成長に向けた「育て方」「勝ち方」の変革元バレーボール女子日本代表・益子直美氏×PwC・佐々木亮輔
社会やビジネス環境が急激に変化する中、持続的な成長が可能な組織へと変革を遂げるには、何が必要なのでしょうか。元バレーボール女子日本代表で、現在は一般社団法人「監督が怒ってはいけない大会」の代表理事としてスポーツ界の意識改革に取り組む益子直美氏と、PwC JapanグループでCPCOとして企業文化の醸成をリードする佐々木亮輔が変革実現へのカギを語り合いました。(外部サイト)
東京大学 大学院工学系研究科精密工学専攻 教授
人工物工学研究センター センター長
淺間 一 氏
PwCコンサルティング合同会社 パートナー
三治 信一朗
複雑化・多様化した現代社会のさまざまな課題を解決するにあたっては、テクノロジーの活用が不可欠です。しかし、技術の可能性を最大限に引き出し、社会のパラダイムを転換するには、テクノロジー自体の高度化だけではなく、人々のマインドセットやモラル、社会制度、法規制など多様な側面から変革を促進し、技術に対する受容性の高い社会を目指す取り組みも同時に進めなければなりません。日本企業が真のイノベーションを生み出し、私たちの生活や社会を根底から変えるためには、何が必要なのか。東京大学大学院工学系研究科人工物工学研究センターのセンター長として次世代ものづくりの研究教育と社会実装を推進する淺間一氏と、PwCコンサルティング合同会社でテクノロジーを活用した社会課題解決に向けて産官学の連携を支援するTechnology Laboratory(テクノロジーラボラトリー)所長を務める三治信一朗が議論しました。
三治:
私たちの社会が急速に進化するテクノロジーをどのように受容し、対応していくかという観点で、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大は人々の価値観が劇的に転換するきっかけになったのではないかと感じています。象徴的な事例がテレワークの普及です。テレワークは働き方改革を推進する手段の1つとして、その有効性が以前から認識されていましたが、オンラインでの業務というスタイルへの心理的バリアは大きく、社会全体で見れば部分的な導入にとどまっていたのが実情でした。それがCOVID-19に伴う緊急かつ社会的な要請の中で、各種のテクノロジーを“待ったなし”で活用せざるを得なくなり、働き方が一変したわけです。
淺間氏:
おっしゃるとおり、劇的でしたね。アカデミックの世界でも授業や学会の会議などが軒並みオンライン開催になりました。先日私がキーノートスピーチを務めた国際会議もオンラインで開催されたのですが、その体験を通じてオンラインテクノロジーが革命をもたらし得ることを実感したところです。
三治:
どういったところを革命的だと感じられましたか。
淺間氏:
通常の国際会議で1時間のキーノートを行う場合、スピーチが約50分、残りの10分程度で2~3問の質疑応答というのがこれまでの流れでした。ところが今回は、20分間のスピーチ動画をストリーミングで流した後、質疑応答が約1時間も続いたのです。参加者からの質問がメッセージでどんどん送られてきました。さらに質問に対するvoteボタンが用意されていて、聞きたい人が多い質問から回答できるようになっています。次々と質問が挙がるのでなかなか終わらず、「残りはSlackでやりましょう」となりました。講演者は大変でしたが、参加者にはとても好評でした。
後で聞いた話では、今回のキーノートを1万2,000人が視聴したそうです。通常の国際会議では、大会場であっても参加者は2,000~3,000人ですから、桁が違います。これはダイバーシティ&インクルージョンを加速するという点でも非常に革新的だと感じました。インターネットさえつながれば、地球の反対側にいても学会や講演会、国際会議に参加できるのですから。
三治:
オンラインだと情報の集積度合いとスピードが桁違いですね。今回のCOVID-19による影響の1つとして、ICTのみならず、先生のご専門であるロボット技術への期待も高まったと思うのですが、いかがでしょうか。
淺間氏:
ご指摘のとおりで、ロボット技術もさまざまな場面で活用が検討されました。1つ目は感染予防や接触、「3密」を避ける対人リスクへの対応。2つ目は患者さんの救命措置や治療、重篤度の判定、トリアージ、見守り、搬送、受付、体温測定、検査など、医療機関における物理的な接触への対応。3つ目はウイルスに汚染された環境下での医療物資の搬送、廃棄物の処理、除染、汚染状況のモニタリングやマッピングといった対物リスクへの対応です。他にも、資材の調達のような力学的な支援に加え、データの収集・蓄積・分析や心理的サポートの提供など、いろいろな場面でロボット技術へのニーズが高まりました。
三治:
そうした中でもう1つ、私には思うところがありました。東日本大震災の時と、現在の状況が似ているように感じています。東日本大震災では原子力発電所の事故現場にロボットが投入されましたが、利用されたのは海外製品ばかり。日本の技術はほとんど投入されませんでした。その理由として挙げられたのが、現場での実践経験や利用実績が不足しているということです。
今回、オンラインミーティングをはじめとするリモートテクノロジーが各方面に導入されましたが、それらの多くは海外製品でした。これもやはり、日本の製品は実績が足りないからです。本来ならば、日本企業は東日本大震災の教訓を生かして平時から先進技術を現場で活用し、その蓄積をもって万一の事態に備えておくべきでしたが、10年経っても状況は変わりませんでした。この点について、淺間先生のご見解を聞かせていただけますか。
淺間氏:
日本製品の導入が進まないのは、技術を供給する側と利用する側の双方に問題があるからだと考えます。高い技術があるにもかかわらず日本が他国に後れを取ってしまう理由の1つは、“人間力が強すぎる”ことにあるのではないでしょうか。人間力の強さは日本の強みなのですが、半面、技術の利活用を抑制する要因としても働く、諸刃の剣なのです。
三治:
“人間力が強い”とはつまり、技術が十全に機能しない場合に、人が介入して「頑張り」や「責任感」「不眠不休」といった人的努力でカバーしてしまうということですね。結果的に、優れた技術やツールがあっても、それに対する信頼性が高まらない、と。
淺間氏:
そうです。本来はもっと積極的に試行しながら技術を活用し、フィードバックを重ねて熟成させるべきなのです。もう1つは、安全性や信頼性の点で技術に対する要求水準がきわめて高いことです。日本の消費者には、技術が完全に安全で使い勝手のよいものでなければ使いたくないという傾向があります。メーカーにとってはその高い要求水準が製品化のハードルとなって、開発スピードが上がらないという一面があります。実際にはどんな技術にもリスクはあるわけで、それを理解した上で、リスクを上回る利便性があるかどうかを評価して受け入れなければならないはずです。
ただし、こうした完璧を求める傾向は社会が成熟したことの帰結ですから、日本に限らず他国もいずれ同じように技術に対して慎重になっていく可能性はあるでしょう。世界全体がそのレベルまでいけば技術の使われ方も変わり、日本だけが取り残されることはなくなるかもしれませんが、各企業が自己利益を追求する競争社会ではそうはならないというのが現実です。
高い技術があるにもかかわらず日本が他国に後れを取ってしまう理由の1つは、“人間力が強すぎる”ことにあるのではないでしょうか。
三治:
今のお話をうかがうと、「リーダーシップ」についてあらためて考える必要があると思います。やはり強いリーダーシップでイノベーティブな方向へ舵を切らなければ、こうした状況は改善できないのでしょうか。
淺間氏:
私はむしろ、全てのことをトップが意思決定するのではなく、組織の個々のメンバーがそれぞれにリーダーシップを持って動くことが、リスクの分散という点では有効だと考えます。トップの一声で組織が動くというのは一見迅速で効率がよいように思えますが、その半面、トップが決断を誤れば大きな損失につながります。多様化するリスクに対応するには、個々にリーダーシップを発揮して、責任や負担を分散して支え合う構造を作っていくことが重要でしょう。
三治:
なるほど、強固で垂直的なリーダーシップよりも、水平的に広がったイニシアティブということですね。さらに言えば、日本ではこれまでメーカーにリスクが集中していたところがありますが、これからは技術を利用する側ももっとイニシアティブを発揮し、メーカーとともに技術実装を推進する姿勢が必要になってきそうですね。
淺間氏:
おっしゃるとおりです。ユーザー側の責任やリテラシーは、今後ますます重要になります。新しいテクノロジーを使いこなすためのリテラシーだけではなく、軍事や人命などに関わる技術の使い方の是非を問う倫理観も含めて要求されるのです。
三治:
そう考えると、テクノロジーの信頼性を高めるには、社会全体のリテラシーを底上げしなければなりませんね。そのためには、ユーザー、メーカー、周辺の産業界、それぞれのポジションからリテラシーの高い人たちが結集する仕組みが求められているのだと思います。そうしたハイレベルな場で議論と検討を重ね、ベンチマークとなるような最先端の基準を作っていかなければ、先ほどおっしゃったような自己利益の追求を超えた、信頼に基づく技術実装は実現できないのではないでしょうか。
1989年工学博士取得。理化学研究所化学工学研究室研究員補、同研究所研究員、副主任研究員を経て、分散適応ロボティクス研究ユニットリーダー。2002年より東京大学人工物工学研究センター(旧)教授、2009年より東京大学大学院工学系研究科精密工学専攻教授を務め、2019年に同大学の次世代ものづくり研究教育拠点として新たに開設された工学系研究科人工物工学研究センターのセンター長に就任。東日本大震災発災後は福島第一原子力発電所の事故対策統合本部リモートコントロール化チームに参加し、事故対応におけるロボット技術導入の検討にあたった。
日系シンクタンク、コンサルティングファームを経て現職。ロボットをはじめとしたものづくり分野と再生医療を中心としたコンサルティングに実績を持ち、現在は技術の社会実装に向けた構想策定やコンソーシアムの立ち上げ支援、技術戦略策定、技術ロードマップ策定支援などに従事。産官学それぞれの特徴を生かしたコンサルティングを得意とする。2020年7月、PwCコンサルティング合同会社が開設した「Technology Laboratory(テクノロジーラボラトリー)」の所長に就任。
※ 法人名、役職、本文の内容などは掲載当時のものです。