
真の成長に向けた「育て方」「勝ち方」の変革元バレーボール女子日本代表・益子直美氏×PwC・佐々木亮輔
社会やビジネス環境が急激に変化する中、持続的な成長が可能な組織へと変革を遂げるには、何が必要なのでしょうか。元バレーボール女子日本代表で、現在は一般社団法人「監督が怒ってはいけない大会」の代表理事としてスポーツ界の意識改革に取り組む益子直美氏と、PwC JapanグループでCPCOとして企業文化の醸成をリードする佐々木亮輔が変革実現へのカギを語り合いました。(外部サイト)
東京大学 大学院工学系研究科精密工学専攻 教授
人工物工学研究センター センター長
淺間 一 氏
PwCコンサルティング合同会社 パートナー
三治 信一朗
産業用ロボットの販売台数世界一を誇る日本。しかし、工場から一歩外に出た時、目に映るのはどのような光景でしょうか。人とロボットの共存が求められる社会生活の場で、ロボット技術の利用は残念ながら工場内ほどには進んでいません。他方、日本では少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少、技能継承の脆弱化など、社会的課題が山積しており、その解決手段としてロボット技術には大きな期待が寄せられています。ロボットと共存する社会を実現するには、政府や地方自治体、先端技術を開発・保有する研究機関、事業化の知見を持つ企業が、緊密に連携しながら議論と検証を重ねることが必要です。今、求められる産官学の連携とは何か。日本のロボット研究を牽引する東京大学教授 淺間一氏と、産官学連携のコンサルティングに豊富な経験を持つPwCコンサルティング合同会社の三治信一朗が持論を交わし、考察しました。
三治:
今回の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大に伴う社会状況の変化を機に、オンラインミーティングをはじめとするICTの社会実装が急速に進みました。それに比べると、ハードウェアを伴うロボット技術は開発や検証により多くの時間が必要な上、さまざまな技術を統合しなければならないため情報集積にも難しさがあり、ICTほど一気に社会実装が進むことは期待できません。また、統合された技術が全体としてどう機能するかというメカニズムも、実はまだ十分解明されていない部分が少なからずあります。社会実装に向けた課題を解決するには、こうした技術面におけるアカデミアからのアプローチが不可欠ではないでしょうか。
淺間氏:
おっしゃるとおりです。データサイエンスを基盤とするICTやAIなどのテクノロジーは、ある意味でバーチャルな世界です。それに対してロボット技術は、実世界の物理現象を対象にしなければならない。それが最大の違いです。そこにはハードウェアがあり、メカニズムがあり、制御があり、センシングがあります。工場のような限定された環境でならば比較的容易にできることであっても、物理現象が複雑に絡む環境下では検証に膨大な時間がかかります。それに加えて、サービスロボットは人間とのインタラクションもありますから、安全面のハードルが圧倒的に高くなります。しかし、これからはそのハードルを越えて、人や社会と共存する形でロボット技術が普及していくはずです。だからこそ、学術的な基礎研究や研究開発を通じた地固めが一層重要になると思っています。
三治:
学問領域とユーザー・メーカーの考え方、そしてもう1つ大事なことは官との連携ですね。
淺間氏:
そうですね。ロボットの普及が社会的に意義のあることだと示し、評価や標準化、保険制度などの環境を整備し、出資や補助金、技術の調達を支援する施策などを進めるという点で、政府や自治体は大きな役割を果たします。特に、今回のパンデミック対応のように事業性を見通せない場合、企業は参入の是非を判断しにくいので、そこを後押しする政策が求められます。さらにそれは、一時的な単年度の補助金などにとどまるのではなく、継続的な政策支援として行われることが大切です。
三治:
継続性は、技術のユーザー側にとっても大切な要素ですね。私はICTもロボットも、繰り返し使うことで習熟度や生産性が上がると考えているのですが、特に物理的空間では、現場の状況に合わせて道具や機械を工夫して使いこなすという日本人の柔軟性を生かして、ユーザー同士でノウハウを共有していけるような環境を整えれば、反復利用による習熟がより進むのではないかと思います。
淺間氏:
確かに、継続することでユーザーは技術をより深く理解し、現場での使いやすさに対する要求が生まれ、開発側はそれに応じてバージョンアップを図ることができます。その意味では、継続性こそが技術の高度化と普及を同時に促すためのポイントだと言えますね。
三治:
繰り返し利用を促進するには、素早くモックアップを作って実証試験を行い、精度を高めたり、さまざまな可能性を試したりしながら、スピーディーに知を集積していけるような場が必要だと感じています。
淺間氏:
そこでもやはり官の役割とその継続性が問われますね。現行の公的助成は、技術の購入費用に充てられて終わり。いわば、倉庫で眠らせたまま使わなくても構わないわけです。しかし重要なのは購入よりも利活用です。例えば1年間の利用レポートを提出して審査し、さらに1年間利用したら追加費用を出すといった施策もあり得ますね。
三治:
ロボットの繰り返しの利用という観点で言えば、以前、介護施設でのプロジェクトで、感心した事例がありました。その施設では、ロボット導入に伴い「ロボット担当課長」という役職を創設したところ、正式な役職として任命されたことで課長がリーダーシップを発揮しやすくなり、ロボットを利用することのメリットを全職員に啓発し、浸透させることができたのです。ロボットの利用状況を評価する役割と権限を明確に与えたことで、繰り返し使われる環境が生まれたわけです。その結果、メーカーに対しても有効なフィードバックを提供できた好例となりました。
淺間氏:
とてもよい取り組みですね。現場のやる気を刺激することはきわめて有用です。生産現場のカイゼンも、現場の人が提案し、それが採用されることで生産性が向上してやりがいが生まれます。現場のモチベーションが高まるしかけづくりは、とても重要ですね。
三治:
人間力が強すぎるというお話もありましたが、その人間力に依存するのではなく、それをうまく活用して責任と権限を委譲する仕組みができると、ロボットなどの技術の導入もドラスティックに進むかもしれませんね。
三治:
PwCコンサルティングは2020年7月に、未来のテクノロジーの創出と社会実装を産官学で連携して進めるTechnology Laboratoryというプラットフォームを立ち上げました。社会課題の解決に資する先端技術について、産官学が自由に意見交換を行い、手触り感のあるモックアップを作り、トライ&エラーを通して検証を重ねる場にしたいと考えています。コンサルティングファームが得意とする課題の整理・分析・高度化と、各プレイヤーへの役割分担の提示をわれわれが担い、研究開発・事業化・政策を連動させながらテクノロジーによる社会課題解決を推進することを目指しています。
淺間氏:
それは興味深い取り組みですね。私がセンター長を務める人工物工学研究センターのミッションにも通じるものがあります。今、私の最大の問題意識は、日本の産業競争力と学術的な競争力が低下していることです。産業競争力が落ちると大学に研究費が行きわたらなくなり、学術的な競争力が下がり、その結果、優秀な人材を企業に輩出できなくなるという負のスパイラルに陥ります。今こそ、産業界と大学・研究機関が協力して、競争力の低下に歯止めをかけなければなりません。人工物工学研究センターでは、ハードウェア、ソフトウェアからサービスまで含めた次世代のものづくりを産学連携で進めることと、そのために必要な人材を産業界との対話を通して育成していくことを取り組みの柱としています。
大学は産学の協調の実現、次世代ものづくりに向けたビジョンやシナリオづくり、人材育成といった点で貢献しようとしていますが、三治さんたちが取り組んでいるTechnology Laboratoryは個々のテクノロジーを社会に普及させるためのより具体的な議論ができる場ではないかと思いました。
三治:
ありがとうございます。今はどんな課題にフォーカスしていくかに知恵を絞っているところですが、そこで重要になるのは人間の幸福という観点ではないかと考えています。モノやサービスのあり方を結論に置いて、そこから演繹的に考えてしまうと、つい人間の幸せという視点が疎かになりがちです。ともすると、人が介在せぬまま24時間365日稼働し続けるシステムのようなテクノロジー世界を想像しかねません。私たちは逆に、そこに人が集積する状況を作りたいのです。そんな発想でアジェンダを設定し、具体的な活動に落とし込んでいこうとしています。
淺間氏:
素晴らしいですね。ものづくりの分野ではデータを用いてデジタルとリアルに相似の環境を作るデジタルツインの必要性がよく言われますが、私たちはそれに加えて人間との関わり合いを3層目に置く「デジタルトリプレット」が重要だと考えています。企業の方たちと話していると、まず技術を開発し、それを社会が受容するという技術ありきの考え方ではなく、そもそも社会に受け入れられるものづくりとは何なのかといった発想が求められていると実感します。これまで人間力に支えられてきた日本の製造業を維持するには、現場で働く人たちがどうやりがいを持って幸せに働き続けられるかを考慮しなければならない。製造業に限らず、介護や医療などでも同様ですし、働き方改革で求められているのもまさにこうしたことです。
Technology Laboratoryには技術を作る、使う、つなげることで社会に普及させるだけにとどまらず、それを作る人、使う人がハッピーになる方法や、それを実現する政策まで見据えた広いスコープで活動されることを期待したいですね。
三治:
そう言っていただけると心強く思います。今日のお話をうかがって、産官学が目線を合わせてコンセンサスを作っていくことが重要だとあらためて感じました。かつては阿吽の呼吸でできていたことが、不確実性の高い現代社会では難しくなってきています。Technology Laboratoryでは、もう1段高いレベルで阿吽の呼吸ができるような、強力な産官学連携を進めていきたいと思っています。本日は貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。
モノやサービスのあり方を結論に置いて、そこから演繹的に考えてしまうと、つい人間の幸せという視点が疎かになりがちです。重要になるのは人間の幸福という観点ではないかと考えています。
私たちはTechnology Laboratoryのアプローチとして、“夢の実現”を掲げています。AIやVR、ドローンなど、今やいくつかのテクノロジーは、かつての夢を追い越してしまったようにも思えます。しかし、社会には解決すべき課題が尽きることはありません。人々の夢をも超えて進むテクノロジーの力をさらに高め、ますます複雑化する課題の解決に取り組んでいくには、1つの組織では限界があり、産官学のさまざまなプレイヤーの力を結集していくことが不可欠です。Technology Laboratoryはそうした連携を通じて、人と技術が共存し、新たな夢を作り出していく未来を実現する場にしたいと考えています。(三治)
1989年工学博士取得。理化学研究所化学工学研究室研究員補、同研究所研究員、副主任研究員を経て、分散適応ロボティクス研究ユニットリーダー。2002年より東京大学人工物工学研究センター(旧)教授、2009年より東京大学大学院工学系研究科精密工学専攻教授を務め、2019年に同大学の次世代ものづくり研究教育拠点として新たに開設された工学系研究科人工物工学研究センターのセンター長に就任。東日本大震災発災後は福島第一原子力発電所の事故対策統合本部リモートコントロール化チームに参加し、事故対応におけるロボット技術導入の検討にあたった。
日系シンクタンク、コンサルティングファームを経て現職。ロボットをはじめとしたものづくり分野と再生医療を中心としたコンサルティングに実績を持ち、現在は技術の社会実装に向けた構想策定やコンソーシアムの立ち上げ支援、技術戦略策定、技術ロードマップ策定支援などに従事。産官学それぞれの特徴を生かしたコンサルティングを得意とする。2020年7月、PwCコンサルティング合同会社が開設した「Technology Laboratory(テクノロジーラボラトリー)」の所長に就任。
※ 法人名、役職、本文の内容などは掲載当時のものです。