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JETROアジア経済研究所
アジア経済研究所 新領域研究センター
主任調査研究員
山田 美和氏
PwC弁護士法人 代表
北村 導人
SDGsの道しるべ
パートナーシップで切り拓くサステナブルな未来
SDGs達成に向けた取り組みは、人類全体が進むべき道を探りながら歩んでいく長い旅路です。持続可能な成長を実現するためには、多くの企業や組織、個人が連携しながら変革を起こしていく必要があります。対談シリーズ「SDGsの道しるべ」では、PwC Japanのプロフェッショナルと各界の有識者やパイオニアが、SDGsの17の目標それぞれの現状と課題を語り合い、ともに目指すサステナブルな未来への道のりを探っていきます。
2011年に国連で採択された「『ビジネスと人権』に関する指導原則」(以下、「指導原則」)は、企業の責任として「人権デュー・ディリジェンス(DD)の実施」「グリーバンスメカニズム(救済の仕組み)の構築」を求めていますが、どこから着手すればよいか分からず「最初の一歩」を踏み出せないでいる企業も少なくありません。また、人権に関連して各国が定める法規制は、通商分野にも影響を与えています。それらの内容は他国の国内法と背反することもあり、日本企業は難しい舵取りを迫られています。
問われているのは、取り組む目的とステークホルダーに対する説明です。JETROアジア経済研究所の新領域研究センターの山田美和氏は、人権対応が単なる形式に陥らぬよう「指導原則」に立ち戻る大切さを強調します。あるべき社会の実現に向けて日本企業に求められる姿勢をめぐり、山田氏とPwC弁護士法人代表の北村導人が議論を深めました。
北村:
国家の人権保護や企業の人権尊重の責任を果たすための施策は、公平な競争条件(レベル・プレイング・フィールド)に影響することから、投資環境の整備や貿易規制などの通商分野と密接に関連しています。
現在、世界的なイデオロギーの分断、すなわち民主主義と専制主義の対立が先鋭化しています。強制労働防止などの人権にフォーカスした通商ルールも、このような対立を背景に、サプライチェーンの在り方に影響を及ぼし、日本企業も対応が求められています。典型例が2022年6月に米国で施行された「ウイグル強制労働防止法」(UFLPA)です。中国の新疆ウイグル自治区にて製造等された製品等の輸入を原則的に禁じるもので、企業は当該製品が強制労働によらずに製造等された旨を明確かつ説得力のある証拠により立証しない限り、当該製品等を米国に輸入することができません。日本企業はこのUFLPAに適応すべく対応を進めていますが、同自治区が関連するサプライチェーンにおいてトレーサビリティが確立していない現状では、推定反証のための立証が容易ではない状況です。
他方、中国では2021年6月に「中華人民共和国反外国制裁法」が制定されました。同法では、いかなる組織および個人も、外国国家が中国の公民、組織に対して講ずる差別的制限措置を実行し、または実行に協力してはならないなどとされており、外国の法規制などに従って中国に不利益をもたらした個人および組織などに対し「相応の対抗措置」が取られる可能性があります。日本企業はこのような両大国の国内法が相克する困難な状況に現実に直面しています。こうした現況をどのようにご覧になっていますか。
山田:
貿易規制については、自由で公正な貿易という観点から、昨年10月に強制労働に関するG7貿易大臣声明(附属文書A)が出された意味は大きいです。「強制労働により低コストでつくられた製品」と「人権に留意して適切なコストが上乗せされた製品」とでは、価格競争力の点で前者が圧倒的に有利です。レベル・プレイング・フィールドの確保という意味で、ある程度の貿易規制は理解できますし、企業の事業活動を人権尊重の観点で望ましい方向へと各国政府が誘導する1つの方法だと考えます。
米国はUFLPAの成立以前から新疆ウイグル自治区での強制労働を問題視し、そのことを対外的に発信してきました。米国政府の立場に立てば「ずっと前から警告してきた。当然、企業は準備してきたはずだ」ということでしょう。UFLPAは立証責任を企業に転嫁している点で確かに問題がありますし、国際政治の力学的な側面があることも否定できません。とはいえ、新疆ウイグル自治区の人権問題については国際連合人権高等弁務官事務所も指摘*1するなど、ビジネスとしてのみならず、人権の視点からもハイリスクであることは自明だったはずです。そうであれば、ハイリスクなところへの手当てを企業が急いで行うべきというのは「指導原則」のリスクベースの考え方とも合致します。
日本企業としては、UFLPAに対応するにしても、ただ米国側の言いなりになっていると中国政府に見られるのは不本意なはずです。中国政府に対して毅然と説明できるよう、まずは自社の人権方針をしっかりと確立し、その方針に沿ってUFLPAに対応したまで、と説明できるようにすることがあるべき姿だと考えます。
北村:
日本企業にとっては難しい対応が求められますが、人権に関する取り組みが、通商ルールの枠組みにおけるコンプライアンス対応のみに収れんするようなことにならないように留意する必要があると考えます。山田さんがおっしゃるとおり、企業は、「指導原則」に立ち戻って、「指導原則」に基づく自社の人権尊重の方針に従った対応を高度化し、自社の「ビジネスと人権」に関する対応の延長線上で、UFLPA等についての対応をも図っていくということが重要ですね。
北村:
人権尊重の取り組みとして、多くの日本企業がその実行に試行錯誤しているのが「人権DD」です。人権DDは、自社グループのみならず、サプライチェーンやバリューチェーン全体を対象として行うことが求められます。もっとも、サプライチェーン上にはさまざまな規模の企業があり、また直接の契約関係のない2次以降のサプライヤーなども含まれます。そのため、人権対応を一律に統制しようとすることは必ずしも容易ではありません。
私たちがご支援している企業からは、「優先的に取り組むべき人権課題をどのように見極めるのか」「自社や取引先、サプライヤーも含めてどこまでを対象範囲とし、どのようにアプローチすればよいのか」「収集した情報をどのように分析・評価すればよいか」といった質問を多くいただきます。これらの点について、山田さんのご経験に照らして、日本企業が取り組む際の留意点を教えていただけますでしょうか。
山田:
人権DDへのアプローチに「唯一の正解」といえる道筋はありません。当然のことながら、事業内容、製品・サービス、バリューチェーン・サプライチェーンは各社それぞれ異なります。したがって人権DDも、最適なやり方がそれぞれにあるのだと考えます。ただし共通して指摘できるのは、何から始めるにしても、「○○の理由で、まずは××から始めます」と説明できることが重要という点です。
私が日本企業のみなさまに何よりもお願いしたいのは、自社内から、そして経営トップから人権DDを始めてほしいということです。バリューチェーンやサプライチェーンに連なるステークホルダーに関して、人権リスクを特定し、分析・評価して適切な対応をしたとしても、社内でハラスメントのような人権侵害が横行・放置されていたのでは、努力が台無しになってしまいます。まずは経営トップが自社の従業員1人ひとりの人権に向き合い、人権尊重のメッセージを発信すること。これが最も大切です。
といっても、難しく考える必要はありません。例えば経営者ならば自社の社員をどう理解するか、自社にとってもっとも身近なステークホルダーである従業員の人権を顧みることから始めればよいのです。経営トップがコミットすることで社内の人権意識が高まり、社内で人権尊重の取り組みが進めば、その輪は社外のステークホルダーにも自然と広がっていくはずです。
本来、日本企業はサプライヤーなど取引先との信頼構築が得意なはずです。一般論ではありますが、やはり日ごろからの信頼関係の積み重ねや、取り組む環境の醸成が欠かせません。その意味で、人権DDをアウトソーシングするという発想は的外れではないかと思います。
北村:
日本企業はつい「唯一の正解」を求めがちですが、山田さんがおっしゃるとおりです。人権DDを進めるにあたり、大前提として「指導原則」に基づくアプローチによるべきものの、さらに具体的なアプローチについては、個々の企業のセクター、製品サービス、関連する地域、さらには各企業の取組状況等により異なります。企業が優先的に取り組むべき重要な人権課題の特定、人権DDの対象を選定するスコーピングの方法、収集した情報の評価・分析の方法のいずれについても、「指導原則」に基づきこのように対応したと、ステークホルダーに対して合理的に説明可能であることが重要です。
企業において「全て」の人権尊重の取り組みを最初から実行していくことは困難であり、現実的ではありません。企業は、人権尊重の取り組みのための人材、組織等が必要であり、その体制整備がなければ意味のある取り組みができません。そのため、着手から1年や2年など短期間で対応を考えるのではなく、数年間のロードマップを策定し、初年度は自社および自社グループから人権DDを開始し、それを取引先、さらには、その範囲を拡大していくなどして、段階的な対応を採ることをお勧めしています。
人権尊重の取り組みはバリューチェーン全体で対応していく必要がありますが、そのためには、山田さんがおっしゃるとおり、まずは身近な人権尊重の取り組みをしっかりと行う必要があり、その具体的な内容をもって取引先や委託先などに範を示すということも必要ではないかと思います。なお、日本政府発出の「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」*2が、日本企業の実務に大きな示唆を与えるものとなることを期待しています。
また、私たちが日本企業の人権尊重の取り組みを支援する場合も、当事者はあくまでその企業です。例えば重要な人権課題の特定方法、人権DDのスコーピングや実施方法、評価・分析方法などを助言するとしても、企業の関係部署の方々との間で、それらについてどのように考えるのかについて何度も対話を重ね、企業自身がステークホルダーに対してなぜそのアプローチを採用したかという理由を明確に説明できるようにすることを心がけています。当事者である企業が他人任せで、企業としての考えがあいまいだったり、違和感を抱えたままだったりすると、ステークホルダーへの説明の説得力は失われます。
北村:
多くの日本企業は、人権方針を策定し、人権DDに着手しているところですが、人権尊重の取り組みは、それのみでは不十分です。人権DDはスコープを定めてその範囲で調査を進めるため、少なくともそのスコープから外れた範囲の人権課題については見過ごしてしまう可能性があります。こうした方々を取りこぼさないという意味でも、自社グループの従業員のみならず、バリューチェーンを含むさまざまなステークホルダーに対して門戸を開き、彼らが企業に関連する人権関連問題について声を上げ、是正を求めることができる、いわゆるグリーバンスメカニズム(苦情処理メカニズム)を構築することは必要不可欠です。
しかしながら、日本企業の多くは、グリーバンスメカニズムの構築については十分な検討ができていない企業が多いようです。
山田:
グリーバンスメカニズムの構築に当たっては、NPOなどのステークホルダーに対しても、常に門戸を開いておくことが大切です。彼らは、人権擁護の活動などを通し、立場の弱い人々の諸状況をよく理解しているからです。にもかかわらず、少なからぬ企業がNPO側からのアプローチに対してドアを固く閉ざし、拒絶しがちな実態があります。外部のステークホルダーは、自社の事業活動が負の影響を与えていることを知らせてくれる貴重な存在です。むしろ、扉をノックされる前に企業の側から門戸を開き、積極的に対話していただきたいのです。
北村:
おっしゃるとおりです。ただ、実際には、自社のみでグリーバンスメカニズムを構築するのは、経営リソースやコストの面だけでなく、専門的な対応が求められるという点でも難しい側面があります。グリーバンスメカニズムを構築するには、企業が既に有する内部通報制度、クレーム処理制度、サプライヤー通報窓口などを、発展的な形で、指導原則により求められる要素を充足するメカニズムの構築につなげられるか、あるいは別途改めてメカニズムを構築するのか、別途構築する場合には、業界横断的な共同苦情処理メカニズムを活用するかなど、さまざまな検討要素があります。
いずれにしてもグリーバンスメカニズムを有効に機能させるためには、ステークホルダーから提起された苦情等を国際的に認められた人権に照らして適切な処理や措置を採ることが求められるため、会社の法務的な機能や部署横断的な人権対応チームのさらなる強化が必要となります。また、そのような体制構築のためには、人権に関する外部専門家がその知見を十分に活かし、ステークホルダーの人権保護のためにどのような仕組みや対応を採るべきかを適切に助言していくことも重要でしょう。
山田:
その通りです。そして、人権尊重の取り組みが「画竜点睛を欠く」にならないようにするべきだということも強調しておきたい点です。実際に人権に負の影響を及ぼす事例が明らかになったとき、具体的な救済が実行されなければ意味がありません。企業として負の影響を是正し、人権を侵害された人々にどのように補償するのか、実際のアクションの質と内容が問われます。形だけの取り組みに陥らないよう、常に「指導原則」の理念に立ち戻っていただきたい。弁護士の方々の役割にも大いに期待しています。
北村:
企業はグリーバンスメカニズムでステークホルダーに対して救済のための門戸を開放するとともに、企業から能動的にステークホルダーとコミュニケーションを取るステークホルダーエンゲージメントを実践していくことが、人権尊重のための取り組みにおいて極めて重要です。とりわけ負の影響を受ける高リスクの脆弱層の中には、声をあげられない人もいると思います。そのような方々に対して積極的にアプローチし、意見表明の機会を確保し、実際に対話を行うことで、ややもすると企業にとって都合のよい人権課題の認識や対応にとどまってしまうところを、客観的な視点で人権課題を認識し、それを解決するための建設的な対話につなげていくこともできるでしょう。
もっとも、企業からは「人権侵害を受けやすい脆弱な立場にある人々にどうやってアクセスすればよいのか」「どことコンタクトをとるべきか」という声が聞こえてきます。これらの点について日本企業はどのように対応すべきでしょうか。
山田:
おっしゃるとおり、ステークホルダーとのエンゲージメントが人権尊重のための取り組みにおいては極めて重要な機能を担います。どこにアクセスすればよいか分からない場合は、国際労働機関(ILO)の駐日事務所に相談するのも一策でしょう。ILOなら海外にもネットワークがあります。1社で対応するのが難しければ、在外の商工会議所と協力するなど複数社で連携するのも有効です。ただその場合も、日系企業だけの内向きのコミュニティになっては意味がありません。やはり、幅広い意見にオープンであるよう、常に意識しておくことが大切です。
北村:
企業の中には、特にNGO等のステークホルダーとの対話について、対立構造でとらえる企業も少なからずあるかもしれません。例えば、自社にとって痛いところを突かれるのではないかと身構えてしまうようです。その意識を変えていく必要があるのでしょうね。
山田:
痛いところを突いてくれる存在は大切です。門戸が開かれたグリーバンスメカニズムの構築、そしてステークホルダーエンゲージメントは、アーリーウォーニング(早期警戒)という意味でも重要です。企業が顧客を大切にするのと同じように、事業活動に関わる人々の声を聞くこと。それこそがリスクヘッジになるわけです。
北村:
人権方針の下、人権DDを遂行する他、グリーバンスメカニズムの構築、継続的なステークホルダー・エンゲージメントなど、さまざまなステークホルダーからの声に真摯に耳を傾け、国際人権基準に則って救済措置を考え、具体的に対処する。そこまで実践して初めて、企業は人権尊重の責任を果たしたといえます。企業は、これらの人権尊重のための取り組みについて、対応方針やロードマップ、そして実際に遂行していく過程における課題等を、サプライチェーンやバリューチェーン、そしてステークホルダーに対し開示・説明し、共有しながら、建設的な対話を行い、これら関係者との間で包摂的、または相互理解のある取り組みを進めていくことが肝要ですね。
アジアの移民労働問題や人権課題に通暁され、企業における「ビジネスと人権」への取り組みをリードされるJETROの山田さんとの対話を通し、山田さんの具体的でかつ深みのある発言をお聞きしながら、日本企業が、現地労働者などを含むバリューチェーン上のステークホルダーとの対話を行い、さらには、実際に現地の工場や委託先の労働環境の状況や人権課題を、日本企業自身の目で確認することの重要性を強く感じました。山田さんがこれまで真摯に活動に取り組まれてきたように、私たちもアドバイザーとして、より一層強い気持ちで、かつ誠実に、日本企業における人権尊重の取り組みを積極的に支援していくことを改めて認識し、決意したところです。
1 UN Human Rights Office issues assessment of human rights concerns in Xinjiang, China
https://www.ohchr.org/en/press-releases/2022/08/un-human-rights-office-issues-assessment-human-rights-concerns-xinjiang
2 日本政府は「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を策定しました
https://www.meti.go.jp/press/2022/09/20220913003/20220913003.html
法律事務所での実務を経て、1998年にJETROアジア経済研究所に入所。開発援助としての法整備支援、アジア諸国の非司法型紛争解決制度、人の移動に関する法制度、ミャンマーの民主化過程など、制度と実態の相互関係を研究。2008〜2010年に在外研究としてタイのメコン地域における難民問題、人身取引問題、移民労働問題を調査。2014年より「ビジネスと人権」に関する政策提言研究プロジェクトを主宰。
弁護士、公認会計士。慶応義塾大学卒、米ニューヨーク大学ロースクールLL.M.。大手監査法人や大手法律事務所などを経て、2016年にPwC弁護士法人入所。2020年より代表。幅広い法分野を専門とするが、近時は、ESG/サステナビリティ関連法務、特に「ビジネスと人権」に関する企業の取り組み支援に注力している。
※ 法人名、役職、本文の内容などは掲載当時のものです。
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