日本の社員が抱く希望と不安――デジタル時代の人材マネジメントには何が求められるのか?

グローバル従業員意識/職場環境調査「希望と不安」(日本の調査結果分析)

デジタル化が加速し、さらにコロナ禍におけるワークスタイルの変化が進む中、日本の社員たちは今何を求めているのでしょうか?

PwCでは、労働者が自身の仕事や職場環境をどのようにとらえているかを探る「グローバル従業員意識/職場環境調査『希望と不安』(Global Workforce Hopes and Fears Survey)」を実施しています。3回目となる2022年度の調査では、44の国・地域の52,196名を対象に、職場環境の変化・デジタル化が加速する中で、社員が「仕事」に対して何を求め、何を恐れているかについて調査を実施しました。

本稿では、日本の回答者に焦点を当て、諸外国との比較分析および日本国内の質問項目別の分析を通じて、日本企業における実態や課題、従業員を引きつけるためのポイントを考察します。

調査結果サマリー

調査によって日本企業の社員および職場環境に関する「7つの事実」が明らかになった。

  1. 自身の仕事に満足している社員はわずか28%であり、調査対象のOECD加盟国25カ国中24位。
  2. 社員は「金銭的報酬」「仕事の充実感」「自分らしさを発揮できる環境」「働きやすさ」を重視する一方、「仕事の内容」や「キャリア開発」の優先順位は低い
  3. リモート可能な社員の割合が31%であり、調査対象のOECD加盟国25カ国中で最下位。
  4. 「雇用主の透明性・情報開示を重視している社員の割合」は、調査対象のOECD加盟国25カ国中で最下位。
  5. Z世代は、転職意向が高く、4人に1人が12カ月以内の転職を検討。
  6. 専門性の高い人材は、「仕事への満足度」が高く、「仕事の内容」や「キャリア開発・学習の機会」を重視。
  7. スキル・労働力不足への企業の対応は、「賃上げ・スキルアップ」が中心であり、人材採用などの他施策への注力度は低い。

人材マネジメントで考えるべき5つのポイント

データから見えてくる日本独自の傾向を踏まえた、日本の各企業が人材マネジメントにおいて考えるべきポイントをまとめました。

  人材マネジメントにおいて考えるべきポイント 参考
1.組織の活性化
  • 不満を抱えた社員が滞留しやすい日本において、長く働き続ける社員の活力を保つための工夫
  • 仕事・キャリアへのオーナーシップを醸成し、個々人の志向性・状況に合わせた選択を可能にするための施策の検討・実施
グローバル組織文化調査2021
2.社員のアップスキリング
  • キャリア開発を重視していない社員のアップスキリングを進めるための、意識変容も含めた施策の検討・実施
  • 特に専門性の高い人材に対する「先進的なスキルを持った同僚」との関わりを含めたキャリア開発・学習機会の提供
デジタル環境変化に関する意識調査 2021年版
3.働きやすい職場環境・ワークスタイルの構築
  • 働きやすさを重視する日本の社員を引きつけるための、柔軟な働き方を可能にする環境の整備
  • 特にZ世代が重視している社員のウェルビーイングにも配慮したマネジメント
ワークスタイル調査2022
4.企業の透明性・情報開示の促進
  • 情報開示に関する経営層のリテラシー向上および方針の明確化
  • 外部に向けた情報開示と並行して、社員の理解・関心を高めるための施策の検討・実施
「ESG」と「報酬」に関するグローバル経営者・投資家の意識調査
5.多様性を受容する組織文化への変容
  • 画一的なマネジメントから、多様な価値観を前提としたマネジメントへの転換
  • 自分らしさを重視する社員(特にZ世代)を引きつけるための、個々人の人間性や働き方を認め合う組織文化への変容
I&D推進のアプローチ

なお、上記の各要素は相互に影響を及ぼし合いますし、企業によって、社員の状況や施策を実施した場合のビジネスへのインパクトも異なるため注意が必要です。各企業が施策を検討・実施する際には、自社の競争環境・カルチャー・人材等を考慮する必要があります。

各企業が取り組みを成功させるために抑えるべきポイントを「4つのアプローチ」としてまとめました。

人材マネジメントを成功に導く4つのアプローチ

1. データに基づく人的資本マネジメントの強化

日本が他のOECD加盟国と比べて各取り組みに遅れている理由の1つとして、各取り組みが自社の経営におよぼす影響度を客観的に把握できていないことが挙げられます。

そこでポイントとなるのが、昨今議論が加速している「人的資本経営」の実践です。人的資本経営においては、自社の経営・事業戦略を踏まえて施策を検討し、人的資本に関する取り組み(施策)が将来財務に与える影響をインパクトパスとして可視化します。

それによって、人的資本が中長期的な企業価値や将来財務につながるストーリーを示すとともに、それを踏まえた各テーマの目標や具体的な取り組みを開示することが必要となるのです。

また、情報開示やKPI達成に向けた取り組みを効率的かつ確実に進めるためには、自社のデータ収集やデータをもとにリアルタイムでPDCAサイクルを回すことが必要となります。

つまり、人的資本経営を強化するためには、データに基づく人材マネジメントへの変革が必須要件となるのです。結果として、各取り組みの影響度を客観的に把握でき、実践につなげることが可能になります。

2. 事業戦略に必要となる人材ポートフォリオの策定

日本が他のOECD加盟国と比べて各取り組みが遅れているもう1つの要因として、画一的な人材管理の枠組みが挙げられます。

従来、日本企業の人員計画は人材「量」の担保を重視し、全人材を一律で管理し、総花的な人事施策を行う傾向がありましたが、人材が多様化するとともに事業環境が急速に変化する中で、そのやり方は機能しなくなっています。

今後は、将来求められる人材ポートフォリオを策定した上で、人材の「質」と「量」の双方を担保する戦略的かつ精緻な人員計画が求められることが予想されます。それにより、ビジネスへの影響度を見据えながら、ターゲットを絞って効果的な施策を打つことが可能になります。

3. 事業戦略と人事戦略を結びつけるための人事機能の変革

データに基づく人的資本マネジメントや人材ポートフォリオ策定が重要であることを述べてきましたが、それらを機能させるためには、人事機能の変革が必要不可欠です。

人事機能の変革には、下図のとおりさまざまな観点が含まれますが、中でもHRBP(HR Business Partner)導入などをはじめとする新しい役割・人事機能の開発は重要です。人材ポートフォリオなどを活用しながら機動的な人材マネジメントを行っていくためには、各事業部に権限を委譲していく必要があるからです。

先に述べたように、日本企業は人事部が中央集権的に採用・育成・配置・処遇の権限を有し、一律の人材管理・総花的な人事施策を行う傾向がありました。しかしながら、このやり方は、事業環境・事業戦略に合わせた機動的な人材マネジメントや、多様化する人材への対応には適しません。

今後は、事業側のニーズと多様な人材の状況の双方をデータで可視化しながら、柔軟かつスピーディに施策を立案・推進していくことが求められます。

4. 多様な人材に対応するためのEX向上施策の実施

本調査結果からも明らかなように、社員の価値観・ニーズは多様化しており、これまでの経験や勘に基づく人材マネジメントは機能しなくなりつつあります。

多様な人材のエンゲージメント向上および人材の獲得・維持につながる施策を打ち出すためには、各社員の目線に立って彼らの体験=エンプロイーエクスペリエンス(EX)を理解することが必要になります。

まずは従業員の志向性に焦点を当てたサーベイ等によって、自社の人材の状況をデータによって可視化し、多様な社員の期待やペインポイントを理解した上で、彼らの体験を向上させるために、各領域の施策を総合的に検討・実施していくことが重要です。さらには、人材の状況を定期的に可視化しながら、PDCAを回す仕組み・体制を構築していくことが理想的でしょう。

EXで捉えるべき視点

本稿が、自社の現状や環境の変化をより深く考察し、人材マネジメント改革の方向性を見定めることの一助となれば幸いです。

調査概要

  • 調査時期:2022年3月
  • 対象国・地域:44の国と地域(アルジェリア、オーストラリア、ベルギー、ブラジル、カナダ、チリ、中国、コロンビア、チェコ、デンマーク、フランス、ドイツ、香港、ハンガリー、インド、インドネシア、アイルランド、イタリア、日本、ケニア、サウジアラビア、クウェート、ルクセンブルク、マレーシア、メキシコ、モロッコ、オランダ、ニュージーランド、ナイジェリア、ポーランド、カタール、ルーマニア、シンガポール、南アフリカ、韓国、スペイン、スウェーデン、スイス、台湾、タイ、トルコ、アラブ首長国連邦、英国、米国)
  • グローバルの回答者:52,196名
  • 日本の回答者:2,608名

※四捨五入の関係で、回答者の属性および調査結果の総計が100%にならない場合があります。

主要メンバー

三城 雄児

ディレクター, PwCコンサルティング合同会社

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竹之内 亮

マネージャー, PwCコンサルティング合同会社

Email

久家 範之

シニアアソシエイト, PwCコンサルティング合同会社

Email

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