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近時、日本を含む世界各国において、ESG/サステナビリティに関する議論が活発化する中、各国政府や関係諸機関において、ESG/サステナビリティに関連する法規制やソフト・ローの制定または制定の準備が急速に進められています。企業をはじめ様々なステークホルダーにおいてこのような法規制やソフト・ロー(さらにはソフト・ローに至らない議論の状況を含みます。)をタイムリーに把握し、理解しておくことは、サステナビリティ経営を実現するために必要不可欠であるといえます。当法人のESG/サステナビリティ関連法務ニュースレターでは、このようなサステナビリティ経営の実現に資するべく、ESG/サステナビリティに関連する最新の法務上のトピックスをタイムリーに取り上げ、その内容の要点を簡潔に説明して参ります。
今回は、EUのコーポレート・サステナビリティ・デューディリジェンス指令(CSDDD)案の動向(2023年6月1日付け欧州議会修正案を踏まえて)をご紹介します。
EUは、欧州グリーンディールに則った気候に対して中立的(climate-neutral)なグリーン経済(green economy)への移行、及び人権や環境に関連する事項を含む国連のSDGs(Sustainable Development Goals)の達成を含む、持続可能な経済・社会の構築を実現するためには、あらゆる業種の企業の行動が重要であるとしています。すなわち、企業は、人権及び環境の観点からの持続可能性(sustainability)を担保するための責任ある行動が求められており、そのガバナンス、マネジメントシステム及び意思決定においてもかかる持続可能性の観点を組み込むことが重要であるとされています。
2022年2月に、欧州委員会(European Commission)が公表した、コーポレート・サステナビリティ・デューディリジェンス指令(Corporate Sustainability Due Diligence Directive(CSDDD))(以下「本指令」といいます。)の案(以下「本指令案」といいます。)1は、かかる観点から、グローバル・バリューチェーンを通じて、人権及び環境双方の観点から、持続可能で責任のある企業行動を促進することを目的として提案されました。具体的に、本指令案は、企業活動による児童労働や労働者の搾取などの人権への負の影響、及び、環境汚染、生物多様性の損失をはじめとした環境への影響を特定し、必要に応じて防止、撲滅、緩和するプロセスの構築と実施等を求めています。このような人権及び環境双方の観点からの施策は、EU各国それぞれで法制化又はその検討が進められているところ、各国の法整備の状況やその内容は必ずしも同一ではないため、本指令案の成立が、法的安定性と公正な競争条件(level playing field)を確保することにも資するものと考えられています。
一般に、(法案提出権のある)欧州委員会が公表した指令案は、EU理事会(Council of European Union)と欧州議会(European Parliament)で審議されます。EUの通常立法手続では、いわゆる三読会制が採られており、まず欧州委員会が提出した指令案につき、欧州議会で審議がなされ、「第一読会」で欧州議会のPosition(承認、修正、否決)が採択されます。それを受けて、EU理事会は欧州議会のPositionを承認するか否かの審議をし、承認又は否決を決定します。ここでEU理事会が承認した場合、指令案が成立します。他方、否決した場合は、EU理事会は、理事会のPositionを欧州議会に伝え、欧州議会は「第二読会」を開催し、EU理事会の立場を承認するか否かを決定します。欧州議会が承認する場合は指令案が成立しますが、否決した場合は、「第三読会」として、調停委員会により共同案を作成し、欧州議会及びEU理事会の双方が承認した場合は、指令案が成立します。このプロセスが原則的な手続きの流れとなりますが、実務的には、第一読会の後、EU理事会が修正案等を有する場合には、トリローグ(Trilogue)とよばれる非公式の三者対話(欧州議会、EU理事会、欧州委員会による対話)が行われ、早期の妥結を目指す努力がなされる傾向にあります。
本指令案については、2022年2月に欧州委員会から、EU理事会と欧州議会に提出された後、以下のようなプロセスが進められています。
今後、トリローグ(三者対話)が進められ、本年中又は来年前半に向けて指令の成立を目指すことが見込まれています。本指令が成立し、発効した後、各国では国内法の制定又は改正を行うことが求められているため、2026年頃には、本指令が各国の国内法を通じて適用される可能性があります。
議会修正案では、EU企業について、本指令案及び理事会方針よりも適用対象企業を拡大しています。すなわち、従業員数要件及び全世界の年間売上高要件のいずれのthresholdも本指令案よりも引き下げており、また、本指令案や理事会方針と異なり、高リスクセクターの売上基準を採用せず、別途、一定の従業員数及び全世界の年間売上高の要件を充足するグループ最上位の親会社を対象とするものとして、新たなコンセプトを導入しています。
また、EU企業以外の企業については、議会修正案は、本指令案及び理事会方針と異なり、全世界の年間売上高要件を設けたものの、EU域内の年間売上高要件のthresholdについては本指令案の基準を引き下げています。また、高リスクセクターの売上基準を採用せず、他方で、グループ最上位の親会社をも対象とするという点は、EU企業と同様です。
なお、理事会方針では、一定の金融サービスを提供する企業への適用に関して、各EU加盟国にてその適用の要否を決定することができるとしています。他方、本指令案及び議会修正案では、かかる金融サービスを提供する企業についても要件を充足する限り適用されるものとしています。
適用対象企業に関する要件の相違については、以下をご参照下さい。
Article | 本指令案 | 理事会方針 | 議会修正案 | |
EU企業4 | 2(1)(a) | 従業員数500人超、かつ全世界の年間純売上高1.5億ユーロ超を有する企業 | 従業員数500人超、かつ全世界の年間純売上高1.5億ユーロ超を有する企業(2期連続充足する場合) | 従業員数250人超、かつ全世界の年間純売上高4000万ユーロ超を有する企業 |
2(1)(b) | 従業員数250人超、かつ全世界の年間純売上高4000万ユーロ超、高リスクセクターの売上50%以上を有する企業 | 従業員数250人超、かつ全世界の年間純売上高4000万ユーロ超、高リスクセクターの売上2000万ユーロ以上を有する企業 | 従業員数500人以上5、かつ全世界の年間純売上高1.5億ユーロ超を有するグループの最上位の親会社6 | |
EU企業以外の企業 | 2(2)(a) | EU域内の年間純売上高1.5億ユーロ超 | EU域内の年間純売上高1.5億ユーロ超(2期連続充足する場合) | 全世界の年間純売上高1.5億ユーロ超で、かつEU域内の年間純売上高4000万ユーロ以上の企業7,8 |
2(2)(b) | EU域内の年間純売上高4000万ユーロ超1.5億ユーロ以下、高リスクセクターの売上50%以上を有する企業 | EU域内の年間純売上高4000万ユーロ超1.5億ユーロ以下、高リスクセクターの売上2000万ユーロ以上を有する企業 | 従業員数500人以上9、かつ全世界の年間純売上高1.5億ユーロ超を有し、EU域内の年間純売上高4000万ユーロ以上10を有するグループの最上位の親会社11 |
なお、EU各加盟国は、指令発効後2年以内に指令を遵守するための規則等を制定・公布しなければならないとされていますが、以下のとおり段階的に適用されるものとされています(Article 30)。なお、議会修正案では、Article 2の適用対象範囲をさらに細分化して、適用時期を定めています。
グループ | 本指令案 | 議会修正案 | |||
EU企業 | 1 | 従業員数500人超、かつ全世界の年間純売上高1.5 億ユーロ超を有する企業 | 本指令発効後2年後 | 従業員数1000人超、かつ全世界の年間純売上高1.5億ユーロ超を有する企業、又は当該要件を充足するグループの最上位の親会社 | 本指令発効後3年後 |
2 | 従業員数250人超、かつ全世界の年間純売上高4000万ユーロ超、高リスクセクターの売上50%以上を有する企業 | 本指令発効後4年後 | 従業員数500人超12、かつ全世界の年間純売上高1.5億ユーロ超を有する企業、又は当該要件を充足するグループの最上位の親会社 | 本指令発効後4年後 | |
従業員数250人超、かつ全世界の年間純売上高4000万ユーロ超を有する企業 | |||||
EU企業以外の企業 | 1 | EU域内の年間純売上高1.5億ユーロ超 | 本指令発効後2年後 | EU域内の年間純売上高1.5億ユーロ超の企業又は(従業員数500人以上及び)当該売上要件を充足するグループの最上位の親会社 | 本指令発効後3年後 |
2 | EU域内の年間純売上高4000万ユーロ超、高リスクセクターの売上50%以上を有する企業 | 本指令発効後4年後 | 全世界の年間純売上高1.5億ユーロ超で、かつEU域内の年間純売上高4000万ユーロ超13の企業又は(従業員数500人以上及び)当該売上要件を充足するグループの最上位の親会社 | 本指令発効後4年後 |
本指令案では、人権・環境デュー・ディリジェンスの対象範囲に関して、自社及び子会社の事業活動、並びにバリューチェーンのうちestablished business relationship(確立したビジネス関係)の事業活動から生じる負の影響について特定し、その防止・軽減及び是正を図ることを求めていました。
これに対し、理事会方針及び議会修正案では、本指令案が用いていたestablished business relationship(確立したビジネス関係)を用いずに、それに限ることなく、バリューチェーン全体を人権・環境デュー・ディリジェンスの対象としています。その上で、いわゆるリスクベース・アプローチを採ることを明記しています。すなわち、理事会方針や議会修正案では、人権への負の影響に関する深刻度や発生可能性に応じて、優先順位を付けて、デュー・ディリジェンス・ポリシーの実行や是正・救済プロセスの実行等を行うことが明記されています。
なお、本指令案、理事会方針及び議会修正案のいずれも、上流のサプライチェーンのみをデュー・ディリジェンスの対象とするドイツのサプライチェーン・デューディリジェンス法とは異なり、事業の上流のみならず、下流も含む、バリューチェーンという概念を前提にデュー・ディリジェンスの対象が定められています。但し、理事会方針では、「value chain」の用語を用いずに、「chain of activities」という概念(バリューチェーンのうち、下流において、消費者による製品の使用・消費等や輸出規制に係る製品の輸送・使用・消費・廃棄等を除くもの)を用いており、議会修正案では、「value chain」(個人消費者による製品の廃棄管理は除かれています)及び「business relationship」というより広い概念を用いて、適用対象範囲の規律を定めています。
本指令案 | 理事会方針 | 議会修正案 | |
DDの対象範囲 |
|
|
|
リスクベース・アプローチ | 明記なし | 深刻度や発生可能性に基づくリスクベース・アプローチ | 深刻度や発生可能性に基づくリスクベース・アプローチ(3.1(qe)、4.1、8b) |
本指令案では、親会社によるデュー・ディリジェンスの実行については、特段言及されていませんでした。これに対し、理事会方針及び議会修正案では、親会社によるグループレベルでのデュー・ディリジェンスの実行が一定の条件の下で許容されることが明記されています。
議会修正案では、親会社は、次の各号の全てを充足する場合には、適用対象となる子会社のデュー・ディリジェンスの義務の履行に資する行為を行うことができるものとされています。
本指令案 | 理事会方針 | 議会修正案 | |
グループによるDD | 言及なし | 親会社によるグループDD許容 | 親会社によるグループDD許容(4.a) |
義務違反時の制裁について、本指令案では各EU加盟国にその定めを委ねていましたが、議会修正案では、最低限の制裁のラインとして、全世界の売上高の5%以上の金銭制裁や、適用対象企業の責任及び違反内容の公表等の具体的な制裁内容を定めています。
また、適用対象企業の民事責任について、理事会方針では故意又は過失がある場合のみ企業は責任を負うものとし、さらにビジネスパートナーのみによって損害が生じた場合は責任の対象外とされていますが、議会修正案では、そのような限定はなく、直接又は間接のビジネスパートナーの事業活動による義務違反から生じた負の影響から損害が発生した場合は民事の損害賠償責任を負うものとして、責任の範囲が拡大されています。また、議会修正案では、損害賠償請求に係る時効期間を10年として設定する一方、訴訟提起のみならず、差止命令や証拠開示命令を行うことができることを求めています。
本指令案 | 理事会方針 | 議会修正案 | |
制裁 | 制裁の種類は各EU加盟国が定める。金銭制裁の場合は、売上高をベースとする | 金銭制裁を含む制裁のルールは各加盟国が定める。金銭制裁の場合は、全世界の売上高をベースとする | EU加盟国の制裁は各国で定めるが、少なくとも以下の制裁を定めなければならない。
|
民事責任 | 企業が、本指令7条(潜在的な負の影響の防止)又は同8条(実際の負の影響の停止)で定める義務に違反し、それにより、適切なデュー・ディリジェンスの実施により特定、予防、軽減又は会費できたであろう負の影響が発生して損害が生じた場合、民事の損害賠償責任を負う。 但し、取引先との契約の締結等の一定の対応を取っていた場合は、一定の範囲で義務を負わない。 |
企業の故意又は過失により負の影響の予防及び是正の義務に違反した結果、損害が生じた場合。民事の損害賠償責任を負う。 ただし、ビジネスパートナーのみにより損害が生じた場合は対象外とされる。 |
|
取締役の義務について、本指令案は、デュー・ディリジェンスの整備・監督、人権や環境への負の影響の特定及び措置を考慮した戦略の策定、取締役会への報告などに関する義務が定めていました。これに対して、理事会方針では、これらの取締役の義務を削除しています。議会修正案では、デュー・ディリジェンスの実施及び監督の義務については削除されているなど、本指令案と比較して、取締役の義務・責任の範囲を狭めています。他方、気候に関する移行計画等策定の義務を監督する責任を負うことを明記しています。
本指令案 | 理事会方針 | 議会修正案 | |
取締役の義務 |
|
取締役の義務を削除 |
|
気候変動への対応義務について、本指令案では、グループ1企業(前記III.1参照)のみの義務を定めていましたが、理事会方針及び議会修正案では、このような対象の限定はなく、企業のビジネスモデルや戦略について、持続可能な経済への移行やパリ協定に基づく1.5度の地球温暖化の制限に適応したものとするための計画を採択する義務を負うものとしています。さらに、議会修正案では、1000人超の従業員を企業においては、会社の移行計画(年次総会で承認されたもの)と取締役の報酬の一部とを関連させなければならないものとしています。
コーポレート・サステナビリティ・デュー・ディリジェンス指令(CSDDD)は、日本企業にも大きな影響を及ぼすことが想定されます。同指令は、EU企業のみならず、EU域外企業も適用対象とするものであり、日本企業も一定の要件を充足した場合には直接適用されることが考えられます。また、適用対象企業に該当しない場合でも、同指令は、適用対象企業にバリューチェーンにおけるデュー・ディリジェンスを求めているため、EU企業をはじめとする同指令の適用対象企業のバリューチェーン上にある日本企業もデュー・ディリジェンスの対象となることが考えられます。それ故、同指令の立法の動向及びその内容には日本企業としても注視すべきです。他方で、かかるCSDDDの動向如何にかかわらず、日本企業としては、国連のビジネスと人権に関する指導原則をはじめとする国際規範に加えて、日本政府が策定した、「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(令和4年9月)などに基づき、人権方針の策定、人権デュー・ディリジェンス、グリーバンス・メカニズムの構築及びステークホルダー・エンゲージメントを実施するための体制構築及びこれらのリスクベース・アプローチに基づく実施を着実に進めておくことが肝要です。
1 Proposal for a DIRECTIVE OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL on Corporate Sustainability Due Diligence and amending Directive (EU) 1019/1937を参照。
また、本指令案の概要については、当法人の2022年4月のニュースレターをご参照ください。
2 EU理事会のウェブサイト参照。
3 欧州議会のウェブサイト参照。
4「EU企業」は、EU加盟国の法令に基づき設立された企業をいいます。
5 議会修正案原文では、「had 500 employees」とされているため、「以上」としています。
6 議会修正案Article 2.1(b) “the company … is the ultimate parent company of a group that had 500 employees and a net worldwide turnover of more than 150 million in the last financial year for which annual financial statements have been prepared.”
7 なお、EU域内の純売上高には、対象会社及び/又はその子会社がEU域内で第三者との間で、ロイヤルティを対価とする「垂直的合意(vertical agreement)」(生産・流通など異なる段階において事業活動を行う2以上の事業者間の合意又は協調行為)を締結している場合、当該第三者による売上高を含むものとされています(Article 2.2(a))。
8 議会修正案原文では、「at least 40 million」とされているため、「以上」としています。
9 前記5参照。
10 前記8参照。
11 前記7参照。
12 議会修正案の適用時期を定めるArticle 30では、「more than 500 employees」としているため、「500人超」としていますが、Article2.2(b)と整合性をとるためには、いずれかに統一されるべきであると考えられます。
13 議会修正案の適用時期を定めるArticle 30では、「more than EUR40 million」としているため、「4000万ユーロ超」としていますが、Article2.2と整合性をとるためには、いずれかに統一されるべきであると考えられます。
14 「確立した」ビジネス関係(established business relationship)とは、直接又間接であるかを問わず、結びつきの強さや存続期間の観点から、継続し又は継続することが見込まれるビジネス関係(バリューチェーンにおける、無視できる又は付随的なものに過ぎないものは除かれる)をいうものとされています。
15 ビジネス関係(business relationship)とは、概要、企業が契約を締結し、若しくは金融サービスを提供するものや、又は企業の製品又はサービスに関連して事業活動を行う、バリューチェーン上の取引先、下請け先その他の事業者との直接又は間接的な関係、をいうものとされています(議会修正案3.1(e))。
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