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ライフイズテック株式会社 取締役
讃井 康智 氏
PwCコンサルティング合同会社 パートナー
佐々木 亮輔
SDGsの道しるべ
パートナーシップで切り拓くサステナブルな未来
SDGs達成に向けた取り組みは、人類全体が進むべき道を探りながら歩んでいく長い旅路です。持続可能な成長を実現するためには、多くの企業や組織、個人が連携しながら変革を起こしていく必要があります。対談シリーズ「SDGsの道しるべ」では、PwC Japanのプロフェッショナルと各界の有識者やパイオニアが、SDGs17の目標それぞれの現状と課題を語り合い、ともに目指すサステナブルな未来への道のりを探っていきます。
SDGsのゴール4「質の高い教育をみんなに」では、「包摂的かつ公正な質の高い教育を提供し、生涯学習の機会を促進する」ことを目指すとしています。一方で、PwCが実施した「デジタル環境変化に関する意識調査 2021年版」によると、日本の社会人の多くは先端テクノロジーへの順応に自信がなく、スキルを学ぶこと自体に及び腰になっている実態が明らかになりました。デジタル技術の進化が加速度を増す時代に、誰もがテクノロジーと共存しながら活躍し続けられるようにするには、個人が自ら積極的に学ぼうとする意識をどのように高め、学校・企業・社会はその機会をどう提供していくべきなのでしょうか。10年前から中高生向けのプログラミング教育を提供し、21世紀の新たな学びの形を模索してきたライフイズテックの取締役・讃井康智氏をゲストに迎え、PwC コンサルティング合同会社で組織変革や人材育成の支援に携わってきたパートナーの佐々木亮輔とともに、この課題の解を探りました。
佐々木:
DXの進展に伴う環境変化に対して日本の勤労者が感じている漠然とした不安は、他国と比較して著しく強いという実態が、PwCの調査で浮き彫りになりました。世界19カ国の約3万2,500名を対象に実施した「デジタル環境変化に関する意識調査 2021年版」において、先端テクノロジーに順応する強い自信があると答えた人の割合が、日本ではわずか5%。また、テクノロジーの変化に対応すべく絶えず新しいスキルを学んでいるかとの問いに対しても、肯定的な回答の率が日本は19カ国中の最下位でした。この調査結果について、教育に携わる讃井さんの視点からご意見を伺えますか。
図1:質問「職場に導入される新たなテクノロジーの活用に順応できる自信がどの程度ありますか?」に対して「とても自信がある」と回答した割合
讃井氏:
衝撃的な結果ですね。教育の観点から言えば、この危険な状況の背景にある要因の1つは「学習効力感」の不足ではないかと思います。日本の学校教育では「新たな課題を自分で発見する」「やりたいことを自ら見つける」という経験ができる機会がなかなかありません。学校のカリキュラムや受験において、新たな課題を自ら見つけて解決することが良い成績評価につながらないのです。課題を発見して解決するというのはポジティブなことだという原体験がないまま学校を卒業した人たちが、社会人になってからも学習効力感を欠いた状態にある、ということではないでしょうか。
佐々木:
なるほど。そこには仕事というものをどうとらえているかも関係しているかもしれません。この調査では「自動化によって自分の仕事がなくなることに対する不安」というのも聞いていますが、半数の回答者が不安であると答えています。本来なら、自動化によって定型的な業務はテクノロジーに任せられるようになり、自分たちは人間にしかできない知識労働に時間をさけるようになるというのがDXの意義です。主体的に学び、自分で課題を見つけて解決できるという学習効力感の欠如が、こうした不安にもつながっているように思います。学生時代に課題を発見し、解決するというポジティブな体験を得られなかった社会人が今からでも学習効力感を高めるには、何が必要だと思われますか。
讃井氏:
まずは、「何を言ってもよい」「自分の考えを持つことは、たとえそれが結果的に誤りになったとしても、素晴らしいことである」という心理的な安全性が担保された学習コミュニティを構築することです。そうした環境で成功体験を積み重ねることが、効力感の向上につながると考えています。ライフイズテックでは、「半径50㎝の課題解決」というキーワードを大切にしています。例えば、いきなり「社会問題を解決するプログラムをつくろう」「SDGsのゴールを達成するには?」という課題を提示しても、テーマが大きすぎて子どもたちは戸惑うだけです。そこで、“半径50㎝”程度の身近なテーマから始めるのです。
数年前に当社のプログラムに参加したあるお子さんは、「席替え」を公平に行うためのスマホアプリをつくりました。教室の席替えは小・中・高校生にとって、まさに半径50㎝の身近で切実な問題です。学級委員の彼は席替えの役割を任されていたのですが、同級生から何かと不平が出るため、公平かつ簡単に席替えができるアプリをつくってその身近な問題を解決したわけです。このアプリはダウンロード数が現在までに6万回を超え、全国の学校で利用されています。こうした身近な成功体験で学習効力感が高まると、いずれは地域の課題やSDGsといったより大きな課題にもチャレンジする意欲が湧いてきます。ステップ・バイ・ステップの成功体験の大切さは、企業で働く大人たちにとっても同じでしょう。
佐々木:
PwCでは、「スキル」「マインドセット」「リレーションシップ」「行動」の4つを柱とするデジタル人材フレームワークを設定し、企業の人材育成を支援しているのですが、今のお話はこの枠組みにも通じるものだと感じました。人は誰でも学習意欲を備えているはずですが、「一歩を踏み出すきっかけ」をつかみ損ねると、その意欲が出だしのところで萎縮してしまいます。マインドセットから行動へと移っていくために、「半径50㎝」から始めるというアプローチは非常に有効だと思います。
讃井氏:
マインドセットの重要性については私も同感です。ライフイズテックでは企業で働く社会人を対象にした研修にも携わっているのですが、社会人向けの場合はまさに今おっしゃったマインドセットを変えることを重視しています。企業では、例えば新入社員研修であれば、いきなり業務スキルを教え込むのではなく、まずは企業理念や仕事に対する意識といったことを理解してもらった方がいいと考えますよね。ところがDXの場合は、最初からRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)の手法論やSaaSツールの使い方、プログラミング言語などテクニカルスキルを身につけさせようとすることが多い。なぜDXが必要か、テクノロジーを活用することで何ができるのかといったマインドセットの部分を無視してスキルを詰め込もうとしても、決してうまくいきません。DXで最も大切なのは、組織全体としてまずマインドセットのベース部分をつくることです。そのためには企業風土の改革も必要になるでしょう。それさえきちんとできていれば、実際にDXに適応していく能力というのは大抵の人は持っているはずですから、そうしたポテンシャルは自ずと引き出されるはずです。
佐々木:
そのとおりですね。PwCでもDX推進に向けたマインドセットの再構築を支援するツールとして、「デジタルフィットネス」というアプリを開発し、社内外で効果をあげています。このアプリには使う人のレベルに応じてデジタル力を高める学習コンテンツが多数搭載されており、通勤途中などの隙間時間を使って手軽に学べるよう工夫されています。また、デジタル感度を測るアセスメント機能も実装されていて、学びの結果がスコア表示されるので、ゲームのように楽しみながら学びを無理なく習慣化できるのです。ここでは、単にスキルをインプットするのではなく、学びのプロセスを体験してもらうことを狙いとしています。
讃井氏:
そうした「ラーニングエクスペリエンス」(LX)は教育や人材育成を考える上で非常に重要ですね。楽しさを入り口にしたり、進捗を可視化することで効力感を高めたり、理論ではなく「つくる体験」から入ったりといった方法でLXを向上させることは、子どもの学習でも社会人の研修でも必要だと思います。
佐々木:
デジタル化が急速に進展する今、人に最も求められるスキルは何だと思われますか。
讃井氏:
第一に、解くべき課題とテクノロジーを結びつけて考える力だと思います。例えば、全社員がAIプログラムを書ける必要はありませんが、「職場の身近な課題をITでどう解決するか」「会社のビジネスプランとITをどう結びつけるか」といった問いへの答えを見つけ出す思考力は全員にとって必須です。第二に、協調的かつ建設的なコミュニケーションの能力です。単なる批判にとどまるのではなく、見解の相違を認めた上でより良い意見を出し合う建設的なコミュニケーションこそが、組織にイノベーションをもたらす「デジタルイノベーター」の育成につながっていくのではないでしょうか。
佐々木:
人と人が関わり合い、互いを刺激し、学び合うことでクリエイティビティやイノベーションが生まれる。それが、テクノロジーと両輪をなすべきヒューマンスキルですよね。ダイバーシティ(多様性)もインクルージョン(包摂)も、このヒューマンスキルなくして成立しません。
讃井氏:
本当にそうですね。文明とは結局、人と人の対話から始まってアップデートされていくもの。学習科学では、「そう思うのは、なぜ?」「もっとこうした方がよいのに、なぜそうしないの?」と対話しながら学習者の考えがアップデートされていく手法を「建設的相互作用」と呼びます。インターネットを介して多様な人たちと、物理的な距離を超えた対話ができる現代は、建設的相互作用の恩恵を享受しやすい時代です。最近のニュースで、夜行性と考えられていたカブトムシが実は昼間にも活動することを発見した小学生が、ネットを通じて大学教授とつながり共同研究を始めたという話がありました。そんなジャンプアップのチャンスが、今は誰にでもあるのです。20年前と比べたら、今はテクノロジーがあるからこそ、それをヒューマンスキルと掛け合わせることでこれまでにないイノベーションや成長が可能になっているはずですよね。
佐々木:
問題は、テクノロジーが運んでくる対話のチャンスを逃すことのないよう、「自分は何をしたいのか」「自分とはどういう人間なのか」をしっかりと把握できているかどうかではないでしょうか。今の中高年世代は、個を捨てて周りの色に染まる横並び主義が強い傾向があります。定年退職後にアイデンティティを見失う人というのも、仕事以外に自分自身の中核がないことに原因があるように思います。己と向き合い、どう生きたいのかを自問して得られる「志」が、今あらためて求められているのかもしれません。
讃井氏:
全く同感です。ある調査によると、思春期の時点で「興味や好奇心を大切にしたい」という価値意識(内発的動機)を強く抱いた若者は、高齢期の人生満足感が高いそうです※。このような「差」の原因を、学習科学では個人よりもむしろ周辺環境に由来するものと考えます。環境によって、価値意識が変わり、自分の可能性の感じ方や人生満足度まで変わるわけです。それは学校に限らず、企業でも同様です。個性や多様性を尊重する価値観を持つ今の若い世代は、ここなら自分の力を存分に発揮できる、自分が関心を持つテーマに打ち込めると思えるような組織を選ぶようになっていくでしょう。現代の経営者は、そんな彼らの可能性をどう開花させられるかを考えて、企業の風土や文化をアップデートしていく必要があると思います。
人と人が関わり合い、互いを刺激し、学び合うことでクリエイティビティやイノベーションが生まれる。それが、テクノロジーと両輪をなすべきヒューマンスキルです。
1983年、福岡市生まれ。久留米大学附設中高卒。東京大学教育学部卒業後、コンサルティング企業を経て独立。東京大学大学院教育学研究科に進学し、学習科学の第一人者である故・三宅なほみ氏に師事。各地の教育委員会・小学校・保育園などで創造的で協調的な21世紀型の学びを実現するサポートを行う。ライフイズテックの立ち上げ時に同社に参画し、自治体・学校・企業向け事業担当役員を務める。今年度より、経済産業省 産業構造審議会「教育イノベーション小委員会」の委員に就任。
20年以上にわたり日系グローバル企業の本社と海外拠点において日本人および外国人経営幹部を巻き込む変革コンサルティングに従事。本社機能の再編、地域統括会社の機能強化、バックオフィス機能の組織再編と業務改革、海外営業組織の再編と能力強化、M&A(DD/PMI)、海外経営幹部の選抜と育成、チェンジマネジメント、組織文化改革など国内外のさまざまな変革プロジェクトの経験を持つ。シンガポールとニューヨークでの駐在など海外経験が豊富で、日本だけでなく、アジアや欧米のベストプラクティスに精通している。タレントマネジメントやチェンジマネジメントに関する講演や寄稿も多数。
※ 法人名、役職、本文の内容などは掲載当時のものです。