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ライフイズテック株式会社 取締役
讃井 康智 氏
PwCコンサルティング合同会社 パートナー
佐々木 亮輔
SDGsの道しるべ
パートナーシップで切り拓くサステナブルな未来
SDGs達成に向けた取り組みは、人類全体が進むべき道を探りながら歩んでいく長い旅路です。持続可能な成長を実現するためには、多くの企業や組織、個人が連携しながら変革を起こしていく必要があります。対談シリーズ「SDGsの道しるべ」では、PwC Japanのプロフェッショナルと各界の有識者やパイオニアが、SDGs17の目標それぞれの現状と課題を語り合い、ともに目指すサステナブルな未来への道のりを探っていきます。
PwCの「デジタル環境変化に関する意識調査 2021年版」が浮き彫りにした課題の1つは、日本の社会人の多くがデジタルスキルを学ぶ機会を見いだせずにおり、自分から進んで学習する姿勢にも欠けている現状でした。SDGsのゴール4を考える本対談の前編では、この危機的状況の遠因として、学齢期からの「学習効力感」の問題と、その後に及ぶマインドセットの問題が指摘されました。後編では、教育・学習機会の「格差」の分析を突破口に、学び続ける機会を私たちの社会がどう確保し提供するかについて、中高生向けのプログラミング教育に加え教員や企業への研修プログラムも提供しているライフイズテックの取締役・讃井康智氏と、PwC コンサルティング合同会社で組織変革や人材育成の支援に携わってきたパートナーの佐々木亮輔が議論しました。
佐々木:
ビジネスの現場では、オンライン化の急速な普及に伴い、それまでさまざまなところに潜んでいた「格差」の素因が、予期せぬかたちで顕在化する事象が生じているように思います。教育の分野ではいかがですか。
讃井氏:
教育分野では、これまでデジタル機材配備の格差が問題視されていましたが、「GIGAスクール構想」により1人1台の環境が整ったことで、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行以降は「活用の格差」が問題になっています。2020年3~4月の全国一斉休校時、同時双方向型のオンライン家庭学習を実施できた小中学校はわずか5%だったというデータを文部科学省が公表しています※1。同様に、パソコンやタブレットは97.6%の学校に配備されているものの※2、それを授業で活用しているのは31%にすぎないとの調査結果※3も報告されています。また、義務化されたプログラミング教育についても、その取り組み状況には地域による格差が見られます。こうした活用の格差は、配備の格差と比べて目に見えにくく、解消に向けてはまず可視化が必要です。問題が可視化されれば、文部科学省や経済産業省が格差是正に動き出すと期待しています。
佐々木:
企業ではリモートワークが進んだ結果、デジタルリテラシーに関する世代間格差が鮮明になりました。これも、ある意味で活用の格差といえるかもしれませんね。
讃井氏:
そうですね。そうした格差が生じる背景の1つとして、「可能性の認識差」というものが指摘されており、私たちは最近その問題を強く意識しています。子どもが生まれながらに持っている能力は、当然ながら住んでいる場所による差などありません。プログラミングを学ぶ力に関しても本来は皆同等です。ただし大都市ならば、駅にプログラミング学習の生徒募集ポスターが張ってあったり、「あの先輩がアプリを開発したらしい」といった話を学校で耳にしたりして、「自分にも何かできそう」「アプリをつくればこの問題を解決できるかも」という気持ちになるような情報に接しやすいことは事実です。一方で、そうした情報に接することがなければ、プログラミングを学んでアプリをつくることができるという発想に至らず、そのために必要なインターネット検索のキーワードも思いつかないでしょう。つまり、たとえインフラに差がなくとも、自分に潜在する可能性に対し、日常で見聞きする情報から触発される認識の差が、子どもたちの行動に影響を与えるのです。この「可能性の認識差」は、ビジネスの世界にも存在します。例えば資金も人的リソースも少ないスタートアップが、大企業にできないイノベーションをなぜ起こせるのか。それはスタートアップの人たちが異常なほど強く「可能性」を信じているからです。
佐々木:
結局ここでも、前編で議論したようにマインドセットが大切という話になりますね。インフラ格差ではなく「可能性の認識差」、すなわち「何を解決したいか」「そのためにどんなツールが必要か」を考えられるマインドセットの差なのだとすると、取り組むべき課題自体は経済格差も地域格差も関係なく存在するはずですから、マインドセットのスイッチさえ入れば自分から課題を探し可能性を広げることができるはずです。
讃井氏:
私もそう思います。そしてもう1つ大事なことは、近くにいる人の影響です。「これが楽しいよ」とか「君の発想はここがすごいからもっと調べてみようか」と助言してくれる大人が近くにいるかどうかで、子どもたちに可能性の認識差が生じます。無限の可能性のファシリテーターとなる先生や親、企業ならいわゆるサーバントリーダーシップと呼ばれるような支援型のリーダーが、可能性を引き出す大きな要因になるのです。
佐々木:
近くにいる人の存在が重要だとすると、先生や親、上司のマインドセットをどう変えるかも大切ですね。御社では教員向けの教育プログラムも提供されていると伺っていますが、そこではどのようなことに主眼を置いているのですか。
讃井氏:
最大のポイントは、「役割の変化」に気付いてもらうことです。プログラミングの授業をするためには、必ずしも先生自身がプログラミング言語に精通しなくてもよいのです。先生に求められているのは、カリキュラムをデザインし、教材を適切に選択し、授業中は生徒に寄り添い、遅れている児童をフォローしたり、自らどんどん先に進んでいける児童に寄り添って新しい課題を設定したりする役割です。個人個人の進度や関心に合わせて課題を設定し、新たな学びを引き出していくやり方は「フォワードラーニング」(前向きな学び)と呼ばれますが、これは企業にも必要なものだと思います。答えのないクリエイティブな活動においては、課題を解決した先にさらに次の課題が見えてくるはずです。そうした課題設定を際限なくファシリテートし、探究を促進することが、学校では先生、企業ではリーダーの重要な役目になるのではないでしょうか。
佐々木:
確かに、世界でイノベーションを起こしている企業は、まさにそうした飽くなき探究の姿勢が企業文化として根付いていると言えますね。
讃井氏:
技術や価値観が進化し続ける社会においては、そのように探究し続け、学び続ける力こそが最も重要なコンピテンシーとなるでしょう。このことは、OECD(経済協力開発機構)が次世代に求められるコンピテンシーを再定義した「Education 2030プロジェクト」でも示されています。OECDは、新たな学習枠組みの鍵を握るのは「ラーニングエージェンシー」だと定義していますが、これは「自分で課題を設定し、主体的に学び続ける力」ということなんですね。それを踏まえて企業組織に目を向けると、リーダー層である上の世代の人たちの多くはこうした学習観へとアップデートできていません。そうなると、若い世代はそういった企業を選ばなくなってきますから、上の世代ほど強い危機感を持って、学び続ける力を意識しなければならないと思います。
佐々木:
そうですね。ただ、そうした形での学びやイノベーションというのはどちらかというとフラット型の組織を前提としていて、ピラミッド型の組織では難しい点もあるように感じます。ピラミッド型組織は否定されがちではありますが、業種によってはそうした組織形態の方が適している場合もある。そこで二者択一になるのではなく、個人がそれぞれのやり方を柔軟に選べるのが理想的ではないかと思います。例えば、ベンチャーでリスクを取ってイノベーションに取り組みつつ、副業で安定した収入を確保できる仕事も続けるとか、キャリアの途中で学び直しの期間を取り、その後はアウトプットに注力するとか。「学び続ける」にもいろいろなかたちがあるし、今はインターネットやソーシャルメディアのおかげで学びのリソースにアクセスする方法もたくさんあるので、その自由度を担保することも企業にとっては重要かもしれません。
課題設定を際限なくファシリテートし、探究を促進することが、学校では先生、企業ではリーダーの重要な役目になるのではないでしょうか。
佐々木:
最後に「質の高い教育をみんなに」というSDGsの目標達成に向けて、教育界・産業界を含む社会全体がどう取り組んでいくべきか、お考えをお聞かせください。
讃井氏:
日本にも経済格差はありますし、不登校の問題に見られるような学校に対するモチベーションの格差というものもあり、そうしたことによる学びの機会格差の解消には引き続き官民で取り組んでいく必要があります。その上で次に目を向けるべきは、「教育の質」です。可能性の認識差としてお話ししたように、学びのためのインフラが平等だからといって公平性が担保されるわけではありません。課題を見つけて解決していくということがこれからの学びの本質だと考えると、子どもを取り巻く環境や子どもが属するコミュニティの質が、学びの質に直結することになります。「教育の質」の高さとその公平性を、実効性を持って確保するには、コミュニティとつながり、その中で自ら課題を見つけ、心理的に安心して探究ができる「学びの環境」を整えることを考えていかなければいけないと思います。
佐々木:
「学びの環境」ということでいうと、課題を見つけて学びにつなげるという機会は社会人にも身の回りに必ずあるはずです。それを生かせるかどうかは、前編でお話ししたデジタル人材フレームワークのうち、「マインドセット」と「リレーションシップ」をどう広げるかの問題です。COVID-19によっていろいろなことがバーチャルで可能になり、リレーションシップは以前よりも広げやすくなった面があります。この先のニューノーマルの時代にも後戻りすることのないよう、企業は働き方改革だけでなく「学び方改革」にも取り組む必要に迫られるでしょう。学びがなければ働き方も変わらないからです。職場の同僚や家族とのやりとりといった狭い範囲の関係性に閉じることなく、会社や産業の垣根を越えた連携を広げ、お互いに感化し合いながらそこで学び続けること──SDGsが目指す「生涯学習の機会促進」も、そこから始まるのではないでしょうか。
テクノロジーが進化するにつれ、逆に人間らしさの重要性が問い直されています。人間にしかできないことの1つは、まさに今回の対談で学びの基礎として挙げられた、課題を発見し、アイデアを出すことです。加えて、そうしたアイデアを人類の叡智として蓄積し、それを振り返りながらこれからどこへ向かうべきなのかを考え、リーダーシップを発揮して前進していくというのも、人間ならではの営みです。人間がそうした力を生かしてリードし、テクノロジーがそれを支える──それこそが、人とテクノロジーのあるべき関係性ではないでしょうか。
そう考えると、前編の冒頭で紹介した「日本人は変化を受け入れられず、学び続けることにネガティブだ」という調査結果の原因は、人間がやるべきことの理解が浸透していないからだと言えるかもしれません。課題を見つけて解決方法を探すというプロセスを通じて常に学び続けることの大切さをあらためて感じるとともに、そうした本来の学びを子どものころから経験してきた世代が社会に出てくるようになれば、人とテクノロジーの関係もポジティブなものに変わっていくのではないかという希望を持つことができました。(佐々木)
1983年、福岡市生まれ。久留米大学附設中高卒。東京大学教育学部卒業後、コンサルティング企業を経て独立。東京大学大学院教育学研究科に進学し、学習科学の第一人者である故・三宅なほみ氏に師事。各地の教育委員会・小学校・保育園などで創造的で協調的な21世紀型の学びを実現するサポートを行う。ライフイズテックの立ち上げ時に同社に参画し、自治体・学校・企業向け事業担当役員を務める。今年度より、経済産業省 産業構造審議会「教育イノベーション小委員会」の委員に就任。
20年以上にわたり日系グローバル企業の本社と海外拠点において日本人および外国人経営幹部を巻き込む変革コンサルティングに従事。本社機能の再編、地域統括会社の機能強化、バックオフィス機能の組織再編と業務改革、海外営業組織の再編と能力強化、M&A(DD/PMI)、海外経営幹部の選抜と育成、チェンジマネジメント、組織文化改革など国内外のさまざまな変革プロジェクトの経験を持つ。シンガポールとニューヨークでの駐在など海外経験が豊富で、日本だけでなく、アジアや欧米のベストプラクティスに精通している。タレントマネジメントやチェンジマネジメントに関する講演や寄稿も多数。
※ 法人名、役職、本文の内容などは掲載当時のものです。