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近時、日本を含む世界各国において、ESG/サステナビリティに関する議論が活発化する中、各国政府や関係諸機関において、ESG/サステナビリティに関連する法規制やソフト・ローの制定又は制定の準備が急速に進められています。企業をはじめ様々なステークホルダーにおいてこのような法規制やソフト・ロー(さらにはソフト・ローに至らない議論の状況を含みます。)をタイムリーに把握し、理解しておくことは、サステナビリティ経営を実現するために必要不可欠であるといえます。当法人のESG/サステナビリティ関連法務ニュースレターでは、このようなサステナビリティ経営の実現に資するべく、ESG/サステナビリティに関連する最新の法務上のトピックスをタイムリーに取り上げ、その内容の要点を簡潔に説明して参ります。
今回は、以下のトピックについてご紹介します。
EU理事会と欧州議会は、2023年12月14日、EUのコーポレート・サステナビリティ・デューディリジェンス指令(Corporate Sustainability Due Diligence Directive(CSDDD))(以下「本指令」といいます。)の案(以下「原指令案」といいます。)について、暫定的な政治合意(以下「暫定合意」といいます。)に達したことをプレスリリースでそれぞれ公表しました。
2022年2月に、欧州委員会(European Commission)が原指令案を公表して以来、2年近くにわたって、EU理事会と欧州議会による審議が行われてきましたが、暫定合意により、本指令の成立に向けて前進したといえます。
報道等によれば、2024年3月15日、EU理事会が本指令の最終採択に至ったものの、適用対象企業の範囲が縮小されるなどの修正が行われています。近時の審議状況に鑑みると、本指令の内容については、今後、欧州議会における審議において、さらに一定の修正が行われる可能性があります1。
本ニュースレターでは、本指令に係るこれまでの審議の状況を振り返るとともに、近時の審議状況を踏まえた本指令の内容を説明します。
2022年2月23日、欧州委員会は、人権及び環境双方の観点から、持続可能で責任のある企業行動を促進することを目的として、原指令案を公表するとともに、欧州議会(European Parliament)及び欧州理事会(Council of European Union)に提出しました2。
2022年12月1日、EU理事会は、交渉上の立場を示す理事会方針(以下「理事会方針」といいます。)を採択し、2023年6月1日、欧州議会が原指令案に対する修正案を採択・公表しました(以下「議会修正案」といいます。)3。その後、欧州議会、EU理事会及び欧州委員会による非公式の三者対話(Trilogue)が開始され、審議が継続していました。
2023年12月14日、EU理事会と欧州議会は、本指令について、暫定合意に達したと発表しました。EU理事会4と欧州議会5は、それぞれプレスリリースにより暫定合意について公表していますが、最終的な内容については本指令の正式な採択を待って確認する必要があります。
2024年3月15日、EU理事会が本指令を正式に採択しました(EU理事会において正式に採択された指令案を、以下「理事会指令案」といいます。)6。
今後、本指令は欧州議会による正式な採択を経て施行される予定であり、本指令の施行後2年以内に、EU加盟国がそれぞれ国内法を制定することにより、本指令が適用されることとなります。
EU域内企業、すなわち、EU加盟国の法令に基づき設立された企業については、以下のいずれかに該当する企業が本指令の適用対象とされています。
(i)従業員数が平均して1,000名を超え、かつ、直近事業年度における全世界の年間純売上高が4億5,000万ユーロを超える企業
(ii)連結で上記の基準に該当するグループの最終親会社に該当する企業
(iii)EU域内でフランチャイズ又はライセンス契約を締結している企業又はグループの最終親会社であって、直近事業年度におけるロイヤリティが2,250万ユーロを超え、かつ、当該企業又はグループの直近事業年度における全世界の年間純売上高が8,000万ユーロを超える企業
上記の基準は、暫定合意よりも閾値が引き上げられており、結果として、本指令の適用対象となる企業の数は減少することとなります。また、暫定合意において言及されていた「高リスクセクター」8に係る基準も削除されました。
EU域外企業、すなわち、EU加盟国以外の法令に基づき設立された企業については、以下のいずれかに該当する企業が本指令の適用対象とされています。
(i)EU域内において、直近事業年度の前の事業年度における年間純売上高が4億5,000万ユーロを超える企業
(ii)連結で上記の基準に該当するグループの最終親会社に該当する企業
(iii)EU域内でフランチャイズ又はライセンス契約を締結している企業又はグループの最終親会社であって、直近事業年度の前の事業年度におけるロイヤリティが2,250万ユーロを超え、かつ、当該企業又はグループの、直近事業年度の前の事業年度における全世界の年間純売上高が8,000万ユーロを超える企業
金融セクターについて、理事会方針では、一定の金融サービスを提供する企業への適用に関して、各EU加盟国にてその適用の要否を決定することができるとしていたのに対し、原指令案及び議会修正案では、かかる金融サービスを提供する企業についても要件を充足する限り適用されるものとされており、議論が行われてきました。
この点について、暫定合意では、一定の金融サービスは、一時的に本指令の適用対象から除外されることとなりました。すなわち、金融機関については、自社及びバリューチェーン(Chain of activities)の上流(調達等)は本指令の適用対象となるものの、バリューチェーンの下流については本指令の適用対象とはされないことが予定されています9。もっとも、この点については、将来的に見直しが行われる可能性が留保されています。理事会指令案においても、この点についての変更はないものと思われます。
本指令の適用時期については、上記(1)の適用対象企業の類型ごとに定められています。具体的には、以下のとおりです。
① EU域内企業 |
||
(i)従業員数が平均して1,000名を超え、かつ、直近事業年度における全世界の年間純売上高が4億5,000万ユーロを超える企業 (ii)連結で上記の基準に該当するグループの最終親会社に該当する企業 |
従業員数が平均して5,000名を超え、かつ、直近事業年度における全世界の年間純売上高が15億ユーロを超える企業 |
本指令発効後3年後 |
従業員数が平均して3,000名を超え、かつ、直近事業年度における全世界の年間純売上高が9億ユーロを超える企業 |
本指令発効後4年後 |
|
上記以外の企業 |
本指令発効後5年後 |
|
② EU域外企業 |
||
(i)EU域内において、直近事業年度の前の事業年度における年間純売上高が4億5,000万ユーロを超える企業 (ii)連結で上記の基準に該当するグループの最終親会社に該当する企業 |
EU域内において、直近事業年度の前の事業年度における年間純売上高が15億ユーロを超える企業 |
本指令発効後3年後 |
EU域内において、直近事業年度の前の事業年度における年間純売上高が9億ユーロを超える企業 |
本指令発効後4年後 |
|
上記以外の企業 |
本指令発効後5年後 |
暫定合意では、適用対象企業に、自社及び自社のバリューチェーン(Chain of activities)の上流及び下流のビジネスパートナーが人権や環境に与える負の影響を特定し、評価し、防止し、軽減し、是正する義務を課すことが合意されています。具体的な負の影響としては、児童労働、強制労働、汚染、森林破壊、過度な水の消費又は生態系に対するダメージが挙げられています。
これらの義務を履行するため、適用対象企業には、必要な投資を行い、ビジネスパートナーから契約上の保証を取り付け、事業計画を改善するとともに、中小規模のビジネスパートナーに対するサポートを提供することが求められるとされています。また、デューディリジェンスの過程には、影響を受けるステークホルダーとの対話及び協議を含む実効的なエンゲージメントを行う義務も含まれています。
ビジネスパートナーによる環境及び人権に関する負の影響を特定した適用対象企業が、当該影響を防止又は是正できない場合、当該企業が、当該ビジネスパートナーとの新たな取引関係に入らず、又は、既存の取引関係を継続することを差し控えることは、最後の手段(last resort)とされています。
すなわち、適用対象企業は、上記の取引関係の一時停止又は終了に先立って、当該一時停止又は終了の結果としての負の影響が、防止又は是正できない負の影響よりも明らかに深刻であると合理的に予測され得るか評価しなければならないとされています。取引関係の終了等による負の影響の方が深刻である場合、適用対象企業は取引関係を停止又は終了させてはならず、管轄当局に対する報告を求められることとなります。
また、理事会指令案は、EU加盟国に対し、適用対象企業が効果的にステークホルダーとのエンゲージメントを行うため適切な方策をとることを確実にするよう求めています。
最終的な内容については本指令の欧州議会による正式な採択を待って確認する必要がありますが、適用対象となり得る企業又はかかる企業やビジネスパートナーから一定の取組みを求められる可能性のある企業は、原指令案及び理事会指令案に示されている義務の内容を踏まえて、準備を進めていく必要があります。
なお、原指令案で示されていた義務の概要は、以下のとおりです10。
(i)デューディリジェンスを企業の方針の中に取り込むこと
(ii)実際の又は潜在的な負の影響を特定すること
(iii)潜在的な負の影響を防止又は軽減すること、及び実際の負の影響を是正すること
(iv)苦情に関する制度を策定し、これを維持すること
(v)モニタリング
(vi)デューディリジェンスの状況について公表すること
本指令に違反した場合には、加盟国当局により、企業名の公表や金銭的な制裁の対象となります。金銭的な制裁としては、違反した企業の全世界の年間純売上高の5%を上限とする制裁金が課される可能性があるほか、制裁金を支払わない企業には、差止措置11が取られることがあります。
原指令案では、金銭的な制裁について、企業の売上高をベースにすべきとされていましたが、理事会方針及び議会修正案を経て、上記のとおり、具体的な算定基準が設けられています。
原指令案では、適用対象企業が、潜在的な負の影響の防止・軽減及び実際の負の影響の是正に関する義務に違反した場合などに、民事上の損害賠償責任を負うものとされています。
暫定合意では、負の影響を受ける者(労働組合や市民社会組織を含みます。)が訴訟を提起できる期間は5年間と定められました。この点については、議会修正案において、損害賠償提起に係る期間が10年とされていましたが、その後の審議を経て変更されています。
理事会指令案では、適用対象企業が、故意又は過失によって本指令に定められた義務に違反した場合に、民事上の損害賠償責任を負うものとされています。但し、バリューチェーン12におけるビジネスパートナーによってのみ生じた損害については、適用対象企業は損害賠償責任を負わないものとされました。
適用対象企業が本指令に定められた義務に違反した場合における当該企業の取締役の責任については、原指令案の提出後、理事会方針及び議会修正案において議論が重ねられてきましたが、暫定合意に係る公表資料においては、具体的な言及がされていませんでした。
理事会指令案では、取締役の責任に関する規定が除外されています。もっとも、EU加盟国はそれぞれ、本指令に関する国内法において取締役の責任を規定する裁量を有していますので、各国の国内法の制定状況を引き続き注視していく必要があります。
既に本指令の施行を見据えて、現状の把握や今後の取組み方針の策定、社内体制の整備を進めている日本企業が多く見られるようになっています。グローバルに事業を行う日本企業としては、自社がEU域外企業として本指令の適用対象企業になる場合はもちろんのこと、直接の適用対象企業にならない場合であっても、ビジネスパートナーである欧州企業のバリューチェーンの一部を構成するものとして、デューディリジェンスの実施やグリーバンスメカニズムの構築など、人権及び環境のリスクへの対応を求められることが考えられ、これらが契約上の義務として要求されることも想定されます。
本指令で定められる人権及び環境のリスクは広範ですが、グローバルに事業を行う日本企業は、自社が適用対象であるかどうかを適切に判断し、自社の事業内容やバリューチェーンの状況も踏まえて、対応方針の策定や社内体制の整備など、弁護士を含む専門家のアドバイスを受けながら、適時に対応していくことが必要となります。
また、今後は、欧州議会による本指令の正式な採択がなされるまで、審議の状況をより一層注視していく必要があります。
1 本ニュースレター執筆時点現在(2024年3月22日)の状況を前提としています。
2 原指令案の概要については、当法人の2022年4月のニュースレター(https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/news/legal-news/legal-20220425-1.html)をご参照ください。
3 理事会方針及び議会修正案については、当法人の2023年8月のニュースレター(https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/news/legal-news/legal-20230829.html)をご参照ください。
6 https://data.consilium.europa.eu/doc/document/ST-6145-2024-INIT/en/pdf
7 詳細については、脚注6をご参照ください。
8 繊維・衣料・履物の製造及び卸売、農業、林業及び漁業、食品の製造及び原材料農産物の取引、鉱物資源の採掘及び卸売と関連製品の製造、建設業をいうものとされていました。
10 詳細については、脚注2をご参照ください。
11 暫定合意では、差止措置の具体的な内容について公表されていませんが、議会修正案が提示していた、製品の自由な流通や輸出の停止の可能性が考えられます。
12 理事会指令案では、chain of activitiesとして新たに定義されています。
※記事の詳細については、以下よりPDFをダウンロードしてご覧ください。