近年、ステークホルダーへの説明責任を果たす上で、不正事案の識別とその対応(いわゆる危機対応)は非常に重要なテーマとなっています。危機対応を誤ると、企業の信頼レベルは著しく下落し、信頼回復までに要する時間が長期化する可能性があります(図表1)。
究極的には、不正を完全に抑止することができれば、危機対応そのものが不要となりますが、企業には数多くの人員が在籍しており、完全な撲滅は事実上不可能と言わざるを得ません。内部統制の整備および運用による防止策を講じることで一定の効果を得ることはできますが、それでも、内部統制の隙間から発生する不正事案や、経営者による内部統制の無効化などによる不正事案が発生してしまう可能性があります。
そうすると次に重要となるのは、いかに不正事案を早期に識別し、企業が自浄機能を発揮し、信頼回復に要するコストを下げるのか、ということになります。
そのために重要となるのが、内部通報制度の活用です。それは、不正事案の発覚の端緒として、内部通報が最たるものだからです(図表2)。
しかし、不正事案の発覚の端緒となる内部通報制度ですが、消費者庁による『平成 28年度民間事業者における内部通報制度の実態調査報告書(』以下、「平成28年度消費者庁調査」。)にて、実際の活用状況を見てみると、内部通報制度の現状と課題が見えてきます。
本稿では、現状の内部通報制度が抱える問題点を検討し、デジタル・トラストサービス・プラットフォーム(以下、本稿では便宜上「PLAT」といいます)の利活用がその解決にあたっていかに有用かを検討します。
なお、本稿において意見にあたる部分は筆者の私見であり、PwC Japanグループ、PwCあらた有限責任監査法人の正式見解ではないことをあらかじめお断りします。
平成28年度消費者庁調査より、従業員が300人を超える企業における内部通報制度の導入・運用状況の調査結果を抜粋・一部統合したところ、従業員が300人を超える企業のほとんどは、内部通報制度を導入済みであることが分かります(図表3)。
しかし、制度が導入されていたとしても、制度が機能していなければ意味がありません。実際の運用実績を見てみると、301人~1000人規模の会社で4割強の会社が、通報件数がゼロ件と回答しています。また、3000人超というたくさんの人が集まる企業においても、10件以下という回答が4割弱を占めています。人数規模に比して、通報案件が少ないことが分かります(図表4)。
通報内容も、ハラスメントに関する事案や、人間関係などの悩みに関するものがほとんどであり、ガバナンスやコンプライアンスに関するイシューに該当するような通報の件数は少ないと言えるでしょう(図表5)。
上記の運用状況に関する調査結果は、不正がほとんどない、ガバナンスやコンプライアンス遵守に優れた企業がたくさんある、ということを意味する可能性ももちろんありますが、内部通報制度が有効に機能していない、ということを意味する可能性もあります。
平成28年度消費者庁調査では、内部通報制度における課題や負担についても回答を集計しています。当該集計結果を筆者独自の観点で並び替えたところ(図表6)、ガバナンスやコンプライアンス遵守に優れた企業がたくさんある、とは言いがたい状況が見えてきます。
図表6の一つ目から三つ目の項目は、通報者の保護・匿名性の確保に関する課題です。また、その他の中には、通報したところでもみ消されてしまうのでは、という懸念も見受けられました。ここに課題がある状況下では、内部通報をしたいと思っているものの躊躇している人(以下、「潜在的内部通報者」。)は、監督官庁、メディア、あるいはSNSといった外部への告発に踏み切るリスクがあります。
四つ目から七つ目の項目は、制度の設計そのものに課題があると言えるでしょう。
PLATはクラウドを利用したSaaS(サービスとしてのソフトウェア)です。PLATを導入すれば、クラウドのインフラストラクチャレイヤにおけるセキュリティサービス(物理セキュリティ、ネットワークセキュリティ、仮想化セキュリティ、管理者権限管理、認定&認証評価)を利用することで、下記を実現でき、データをセキュアに管理することができます。
PLATを導入すれば、情報伝達の迅速化が実現するため、コミュニケーション面において、以下のような効果を期待できます。
PLATではオンライン上でのチャットによる調査やエビデンスの添付も容易です。また、関係部署に回答を依頼する場合も、担当者の回答に対する上席者の承認機能を追加することで、責任関係を明確化した信頼性の高い回答を得ることができます。
PLATでは、組織構造に合わせて仕様を変更することが容易であり、個社ごとに管理しやすいようにフォームを設計することができます。
そのため、企業内のリスク・コンプライアンスに関するコミュニケーションを、通常のコミュニケーションラインとガバナンスラインに分けることができます。そして、前者にサーベイ機能を、後者に内部通報機能を持たせることで、内部通報機能の有用性を向上させることができます(図表7)。
さらに、通常のサーベイと同一のツールを利用することで、ユーザーエクスペリエンスを高め、利用しやすい環境を用意することができ、内部通報制度の利用を促進できることも期待できます。
PLATでは、セキュアな環境下で、匿名性を確保したコミュニケーションが可能です。そのため、図表6(P23)で掲げられている一つ目から三つ目にかけての課題(通報者保護、内部通報が困難な風土、個人情報の保護)については、PLATを利用することで解消することが期待できます。
PLATは、設計の自由度が高いことから、管理・運用面における改善が期待できます(図表8)。
通報チャネルを一つに統合し、そこから複数の窓口へと展開させることで、例えば直接不正に関係ない事案と、不正事案とを振り分けることができます。また、揉み消しなどへの不安がある潜在的内部通報者は、直接社外の弁護士へとコンタクトを取ることができ、不安を解消することも可能です。
AIを利用した翻訳サービスを組み合わせることも可能であり、多言語に対応した表示が可能となり、海外にも展開するグループ企業においても、本社での一元管理が可能となります。
メールなどの管理を誤り、情報を漏洩してしまった場合、内部通報者が潜在的内部告発者になってしまうリスクがあります。対応状況などの管理シートを手元で作成するのも管理工数がかかり負担が大きく、また、人の手を介することによる管理ミスのリスクもあります。この点、PLATを利用すれば、ステータス管理はダッシュボード機能でカバーでき、さらにアラート機能などでのリマインドも可能であり、工数負担を減少させつつリスクも低減できます。また、チャット機能の活用によるタイムリーコミュニケーションが可能であり、利用者の満足度も高まることが期待されます。
一方で、以下に掲げる課題は、PLATの導入そのものが解決になるものではありません。そのため、解決のための工夫が必要といえます。
PLATでは、図表7(P24)に記載のように、内部通報機能だけでなく、サーベイ機能などの機能を持たせることも可能です。定期的に実施する各種サーベイについて、PLATを用いることにより、PLATそのものへのアクセス経験を増加させ、ユーザーに、「見覚えがある」という印象を植え付けていくことは、一つの解決案になり得るのではないでしょうか。実際にPLATにアクセスさせるという経験を通じることで、制度そのものへの認知度を高め、また、内部通報制度への初回アクセスの心理的ハードルの高さを取り除く効果を期待することができます。
テクノロジーツールの活用は、一見するとハードルが高く思われがちですが、昨今ではツールも多様化され大きく進化しており、さらに、導入コストもかつてに比べれば低減されつつあります。
安定して運用できるようになれば、従業員のリスク管理やコンプライアンス活動の工数削減に大きく寄与し、生産性の向上や働き方改革の推進への一助となることが期待されます。
種々の改善活動の結果、従業員による認知度が高まり、内部通報制度が頻繁に活用されるようになれば、不正事案等にかかる信頼回復コストも大幅に下げることが期待できます。
PLATのようなデジタルツールを活用した企業のガバナンス・リスク・コンプライアンス態勢のトランスフォーメーションの検討をおすすめします。
不正事案の識別への対応は、非常に重要なテーマです。第三者機関による24時間365日対応可能なオンライン内部通報窓口を設けることで、従業員と経営層とのリスク認識や見解の違いを相互に理解できる場を提供します。匿名性の維持により通報者とのコミュニケーションを円滑にすることで、誰がどのように責任と権限をもってリスクに対処するかの検討をも可能にします。