
2024年上半期最新情報 テクノロジー・メディア・情報通信における世界のM&A動向
生成AIやその他の新技術の進歩、金利に関する確実性の向上、記録的な投資資本などの要因により、2024年後半の米国選挙結果をめぐる不確実性などが懸念されるものの、状況が好転し始めれば、テクノロジー・メディア・情報通信セクターのM&Aは再び活発化するものと思われます。
ディールメーカーは2025年のTMTセクターにおけるM&Aの機会について、楽観的な見通しを持っています。TMTセクターはAIブームの中心にあるため、ディールへの道が開くとともに、TMT企業がエネルギーや不動産に投資するという設備投資の「スーパーサイクル」が始動しています。同時に、高インフレ、資本コストの上昇、地政学的緊張、規制上の課題など、過去2年間ディールを遅らせてきた逆風が、米国を中心に緩和され、ディールを生じさせやすい環境が整いつつあります。
2024年の世界のTMTセクターにおけるディール件数は2023年を27%下回りましたが、2024年初頭には、特にテクノロジーセクターで複数の大型ディールが公表され、ディール金額の回復が見られており、この勢いは今後も続くと予想されます。米国の新政権が規制緩和を進めることでTMTセクターにおけるメガディール(50億米ドル以上のディール)が活発化し、各国の中央銀行による利下げと相まって経営者をM&Aへと後押しするでしょう。このようなマクロ要因に加え、セクターを越えたAIの普及、新旧メディアの競合、通信業界における継続的な移行と組織のフラット化によって、2025年のM&A件数と金額は増加する可能性があります。
出典:PwC第28回世界CEO意識調査(2025年1月)
テクノロジーセクターは引き続きTMTセクターの大部分を占めており、これは2025年も続くと予想されます。2024年には、テクノロジーセクターのディール件数はTMTセクターの83%、ディール金額はTMTセクターの75%を占めました。2024年におけるテクノロジーセクターのディール件数は前年比29%減少したものの、ディール金額は33%増加し、ディールは大型化の傾向にあります。こうした増加は、2024年のテクノロジーセクターにおけるディール金額の65%を占めたソフトウェアセクターによって推進されました。
ソフトウェアセクターのディール件数は33%減少する一方、ディール金額は2023年の2,290億米ドルから2024年には3,160億米ドルへと38%増加しました。ディール件数が減少する一方で、金利の引き下げ、AIの影響、株式市場の回復を反映し、ソフトウェア企業は昨年と比較して高いバリュエーションで買収されています。
「AI関連設備投資の『スーパーサイクル』は、多くの資本源に新たな投資機会をもたらすでしょう。株式市場とバリュエーションが回復し、プライベート・エクイティによるエグジット案件が大幅に積み上がっていることと相まって、2025年のTMTセクターにおけるM&Aが促進されるでしょう」
Barry Jaber、PwC英国 グローバルテクノロジー&テレコミュニケーションディールズリーダー、Strategy&パートナーAIに対する世界的な関心の高まりは、設備投資の急増につながり、他の資本配分に影響を与える可能性があります。しかし、このシフトによって、バリューチェーンの下流においては戦略的買収を通じて市場シェアと価値を獲得する機会が増加しています。
AIは、特にテクノロジーが進んでいる国々で、企業やプライベート・キャピタルからの投資を集めています。とりわけ米国は、国内の大手テック企業だけでなく海外の投資家からも大きな投資を集めています。2025年1月、トランプ大統領はOpenAI、Oracle、SoftBankの3社による5,000億米ドル規模のジョイントベンチャーを発表しました。このジョイントベンチャーは、米国でAI開発を支えるデータセンターネットワークを構築することを目指しています。
企業は、現在の製品やサービスを強化し、成長に向けたポジションを確立するために、データ分析、オートメーション、言語処理、生成AIなど、より成長性の高い市場セグメントへの投資を選択しています。2024年のメガディールのいくつかは、この傾向を象徴するものです。例えば、Ciscoによる280億米ドルでのSplunk買収や、HPEによる140億米ドルでのJuniper Networks買収は、AIネットワーキング機能を強化したいという強い意向が一因となっています。同様に、Thomson ReutersのMateria買収について、Thomson Reuters最高製品責任者のDavid Wongは、「当社の顧客である各専門家に生成AIアシスタントを提供することで、業務を変革し、顧客体験全体を統一する」計画の一環であると説明しています。
中国企業DeepSeekは、これまで多くの人が考えていたよりも大幅に少ない投資で、高機能な大規模言語モデル(LLM)を開発できることを示しました。このことは、AIインフラへの中期的な設備投資に影響を与える可能性がありますが、AIの需要が伸び続ける中、今後数カ月間の投資が減少する可能性は低いでしょう。また、LLMにはさらなるイノベーションの余地が大きくあり、研究者が新たな領域に挑み続ける中で、新しいモデルアーキテクチャは依然として大量のリソースを必要とする可能性があります。
大手ハイテク企業による大規模な設備投資は、バリューチェーンに波及効果をもたらし、特にデータセンターとそれを支えるエネルギーソリューションやインフラ周辺に活発なM&Aの機会を生み出しています。
AI分野で最も魅力的なアセットの中には、プライベート・エクイティ(PE)投資をすでに確保しているものもあります。例えば、AIによるITインフラへの需要増加に適しているとされるハイパースケール・データセンター・キャンパスの世界的プロバイダーVantage Data Centersに対して、DigitalBridgeとSilver Lakeが92億米ドルのエクイティ投資を行ったことが挙げられます。
Gartnerによると、ビッグデータ分析、IoT、生成AIの普及により、データセンターの容量は5年間の年平均成長率(CAGR)28.3%で拡大する見込みです。特に注目すべき例として、2024年12月に完了したBlackstoneによる160億米ドル規模のAirTrunk買収が挙げられます。このディールによりBlackstoneは、世界的なデータセンターの新設を促進すると予測されている2兆米ドルの設備投資から、利益を得ることを見込んでいます。
このようなデータセンターの構築は、エネルギー消費が大きいため、エネルギーと資源の管理の両面で大きな課題をもたらします。このため、クリーンでカーボンフリーのエネルギーを高いエネルギー密度で提供する原子力など、革新的なエネルギーソリューションへの関心が高まっています。GoogleによるKairos Powerとの小型モジュール式原子炉のディールや、AmazonによるTalenの原子力データセンターキャンパスの6億5,000万米ドルでの買収など、最近の取引は、持続可能なエネルギーソリューションのデータセンター運営への統合に戦略的重点が置かれていることを裏付けており、2025年を通じてディールの原動力になると予想されます。AIによるトランスフォーメーションの可能性に対する市場の信頼を背景に、財務基盤の強い企業が本来ならばM&Aに使われるはずだった資本をAI関連の設備投資に振り向け続けるため、TMTセクターにおける一部のM&Aが鈍化する可能性があります。とはいえ、一般的に企業のM&Aを後押しする規制緩和など、他の要因がM&Aへの影響を緩和するものと見られます。
2024年、Amazon、Meta、Googleなどの大手テクノロジー企業は、前述のようにAIへの注力により、設備投資を大幅に拡大しました。例えば、Microsoftは2024年第3四半期の決算発表で、設備投資額が前年同期比79%増の140億米ドルに達したと発表しています。同様に、Metaも2024年第3四半期の決算発表で、設備投資が前年同期比36%増となったと発表しています。こうした多額の投資にもかかわらず、サプライチェーンの制約がAIデータセンターの容量拡張を制限しているため、2025年も大規模な設備投資が続くと予想されます。
こうした投資の増加は、伝統的に利益率の高いビジネスに対する長期的な影響について重大な疑問を提起しています。ソフトウェア企業は現在、急成長するAI需要に対応するために多額の設備投資が必要とされる状況に直面しています。この傾向が定着するにつれて、高収益で資本集約度の低いソフトウェア企業の従来のビジネスモデルは変化する可能性があります。
米国のトランプ新政権下で、TMTセクターのM&Aにおける規制環境が大きく変化し始めるでしょう。トランプ氏は規制環境を一新しうる政策を掲げており、米連邦通信委員会(FCC)と米連邦取引委員会(FTC)の新委員長の任命により、新たな政策が導入され、前政権の既存政策の一部が覆されることが見込まれます。例えば、FCCはテクノロジー分野の規制を緩和し、FTCは反トラスト法執行に関してより緩やかな姿勢をとる可能性があります。また、関税やその他の貿易規制が課される可能性もあります。これらは米国の政策措置ですが、いずれも世界経済に影響を与えうるものです。M&Aは規制緩和によって促進される可能性が高いですが、米国内外の規制状況は複雑なため、M&A動向への影響は地域やセクターによって異なるでしょう。
「世界のエンタテイメント・メディアのM&Aは、潜在的な需要と予想される規制緩和のおかげで、2025年に変革を迎える準備が整っています」
Bart Spiegel、PwC米国パートナー、グローバルエンタテイメント&メディアディールズリーダー金利の緩和
高金利の長期化により資本コストが大幅に上昇しM&Aにも悪影響が及んでいた市場が、ようやく落ち着きを取り戻しつつあります。米国連邦準備制度理事会(FRB)は、欧州中央銀行やイングランド銀行と同様に、2025年も緩やかな利下げを続けると予想されています。低コストの資本へのアクセスが増加するにつれて、PEがTMTセクターにおけるディールに占める割合が高まり、2023年から2024年にかけて事業会社によるディールが増えていた傾向を逆転させると予想されます。2024年後半に発表されたTMTセクターにおけるメガディールには、前述のBlackstoneによる160億米ドルのAirTrunk買収、BlackstoneとPermiraによる130億米ドルのAdevinta買収提案、BlackstoneとVistaによる84億米ドルのSmartsheet買収提案など、PE投資復活の兆しを示しています。
TMTセクターは、今後見込まれる金利引き下げによって他のセクターよりも割合として多くの利益を得ることができる立場にあります。TMTセクターの企業のバリュエーションは、パンデミック期に高成長と低金利への期待から急騰しました。現在、ナスダックがTMTセクターのMega Capの企業の業績に大きく後押しされて史上最高値を更新していることからも分かるように、米国株式市場の堅調さは、このセクターの回復を示しています。さらに、パンデミック時に高いバリュエーションでPEに買収されたアセットも、金利が低下するにつれて、より魅力的なバリュエーションでのイグジットが実現する可能性があります。
2024年の世界のTMTセクターにおけるディール件数は2023年の水準を27%下回りましたが、2024年初頭にはすべてのセクターでディール金額の回復が見られ始め、いくつかのメガディールが発表されました。TMTセクターにおける2024年のメガディールは26件で、2023年に発表された11件の2倍以上となりました。2024年のTMTセクターのディール件数とディール金額のそれぞれ83%と75%をテクノロジーセクターが占めています。
地域別では、アジア太平洋、欧州・中東・アフリカはいずれも2024年中にディール件数が減少したものの、それぞれTMTセクターのグローバル全体における約3分の1のシェアを占めました。2023年から2024年にかけてTMTセクターのディール金額は米州では46%増加、アジア太平洋では44%増加しましたが、欧州・中東・アフリカでは4%減少しました。
規制のハードルや高金利がディールの足かせとなっていた市場の変化、記録的なドライパウダーやPEのバックログ、AIに牽引される大きなイノベーションが、TMTセクターにおける2025年のM&A活動を後押しするでしょう。
※本コンテンツは、PwC米国が2025年1月に公開した「Global M&A trends in technology, media and telecommunications: 2025 outlook」を翻訳したものです。翻訳には正確を期しておりますが、英語版と解釈の相違がある場合は、英語版に依拠してください。
生成AIやその他の新技術の進歩、金利に関する確実性の向上、記録的な投資資本などの要因により、2024年後半の米国選挙結果をめぐる不確実性などが懸念されるものの、状況が好転し始めれば、テクノロジー・メディア・情報通信セクターのM&Aは再び活発化するものと思われます。
生成AIやその他の新技術の進展、金利の不確実性の後退、プライベー ト・エクイティ(PE)による記録的な投資資本の水準、ディールへの繰越需要などによって、テクノロジー・メディア・情報通信(TMT)セクターの2024年のM&A取引は増加が見込まれます。
2023年後半以降も、デジタル化とトランスフォーメーションがTMTセクターのM&Aを牽引するでしょう。
現在の経済環境を踏まえ、資本規律や戦略的かつオポチュニスティック(機会主義的)なM&Aは、今後数カ月間にわたりテクノロジー・メディア・情報通信(TMT)業界全体の共通テーマとなるでしょう。