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近時、日本を含む世界各国において、ESG/サステナビリティに関する議論が活発化する中、各国政府や関係諸機関において、ESG/サステナビリティに関連する法規制やソフト・ローの制定又は制定の準備が急速に進められています。企業をはじめ様々なステークホルダーにおいてこのような法規制やソフト・ロー(さらにはソフト・ローに至らない議論の状況を含みます。)をタイムリーに把握し、理解しておくことは、サステナビリティ経営を実現するために必要不可欠であるといえます。当法人のESG/サステナビリティ関連法務ニュースレターでは、このようなサステナビリティ経営の実現に資するべく、ESG/サステナビリティに関連する最新の法務上のトピックスをタイムリーに取り上げ、その内容の要点を簡潔に説明して参ります。
今回は、EUの強制労働により生産された製品の流通と域外輸出を禁止する規則についてご紹介します。
EU欧州議会は、2024年4月23日、強制労働によって生産された製品のEU域内における流通及び輸出入を禁止することを可能にする規則*1(以下「本規則」といいます。)を採択しました。
欧州委員会は、当初の規則案を2022年9月14日に提案していました*2が、欧州議会及び欧州理事会による2024年1月22日の政治合意、3月5日の暫定合意を経て3月13日に最終案が合意されていました。本規則は、近日中に施行される見込みであり、施行後36か月以内に各加盟国は適用を開始することとなります。本稿では、本規則の概要を紹介します。
本規則の対象となる「強制労働によって製造された製品」(以下「強制労働製品」といいます。)とは、「強制労働がその抽出、収穫、生産又は製造(サプライチェーンのいずれかの段階における製品に関連する作業又は加工を含む)のいずれかの段階で全部又は一部使用された製品をいう。」ものとされています(2条(g))。ここに「強制労働」とは、国際労働機関(International Labour Organization、ILO)の1930年の強制労働条約(第29号)2条に定義される強制的又は義務的労働を指しますが、児童の強制労働を含むことも明確にされています(2条(a))。なお、対象となる「製品」は、「貨幣で評価することができ、かつ、商取引の対象となり得る製品であって、それが抽出、収穫、生産又は製造されている(サプライチェーンのいずれかの段階における製品に関連する作業又は加工を含む)か否かを問わないものをいい」(2条(f))とされます。製品に関して、原産地や産業セクターの限定はされておらず、広範な強制労働製品が規制対象とされています。
事業者は、強制労働製品をEU市場に上市し、若しくは利用可能とし、又はEU域外に輸出することが禁止されます(3条)。EUから域外国への輸出も禁止行為とされています。なお、EU域内のエンドユーザーを対象とするオンラインマーケットプレイスにおける販売などの遠隔販売も禁止行為に該当します(4条)。規則の最終化の過程で、既にEU法あるいは加盟国法によって規定されているものの他に、事業者に追加的なデューディリジェンス義務を課すものではないことが明記されました(1条3項)。
EU当局(加盟国当局又は欧州委員会)には、後述のとおり、強制労働の疑いがある製品に関し予備的調査及び調査を実施し、強制労働があると判断した場合、事業者に対して当該製品のEU市場からの回収及び廃棄を命ずる権限が付与されています。
欧州委員会は、国際機関、特にILO及び国際連合機関等からの、独立かつ検証可能な情報に基づくデータベースを構築するものとされています(8条2項)。このデータベースは、国家権力により課される強制労働が存在することを示す信頼でき、かつ検証可能な証拠が存在する特定の地理的区域における産業セクターを示す(同項)ものとされており、強制労働リスクの高い地域及び産業セクターに関する情報も提供されることが予定されています。また、欧州委員会は、本規則の発効後18ヶ月以内にガイドラインを公表するものとされています(11条)。
規則の最終化の過程において、EU加盟国内に強制労働の疑いがある場合は、加盟国当局が調査を行う一方、EU域外での強制労働の疑いに関しては、欧州委員会が調査を主導するものとされました(15条)。調査の実施に際しては、いわゆるリスクベースアプローチが採用されており、次のような基準が適用されるものとされています(14条2項)。
(a) 疑われる強制労働の規模と深刻さ(国家権力によって課される強制労働の懸念を含む)(scale and severity of the suspected forced labour, including whether forced labour imposed by state authorities could be a concern)
(b) EU市場に上市又は提供される製品の数量又は量(quantity or volume of products placed or made available on the Union market)
(c) 最終製品において強制労働によって製造されたと疑われる部分の割合(share of the part suspected to have been made with forced labour in the final product)
調査を主導するEU当局は、本格的な調査に先立ち、リスクベースアプローチに基づき、疑義をかけられている事業者及び、関連する場合には、製品供給者に対して、欧州委員会のガイドライン、国連・ILO・OECD等の人権デューディリジェンスに関するガイドライン等に基づき、その事業とサプライチェーンにおける強制労働の特定、防止、緩和、阻止、修復のために行われた関連する行動に関する情報を提供することを求めることとされています(17条1項)。また、調査を主導するEU当局には、欧州対外行動局、第三国の欧州連合代表部に加え、関連する情報等を提供している者を含むステークホルダーに情報提供を求めることも認められています。
EU当局が、初期的な調査の結果、3条が定める強制労働製品のEU市場への上市若しくは利用可能とすること又はEU域外への輸出の禁止に対する違反に関する懸念が実証されたと判断した場合、関連する製品及び事業者について調査を開始します。この場合、当該調査を開始する旨の決定日から3営業日以内に、事業者に対し次の事項について通知するものとされます(18条1項)。
EU当局は、調査の過程で収集されたすべての情報及び証拠を評価し、かつ、これに基づいて18条1項に基づく調査を開始した日から合理的な期間内に、調査対象となる製品が強制労働製品であり3条に違反しているか否かを決定するものとされます。この決定は、調査開始日から9月以内になされるように努めなければならないものとされています(20条1項)。なお、調査対象となった事業者が正当化され得る理由なく情報の提供を拒んだ場合、国家権力による強制労働のリスクが特定された場合を含む調査妨害が認められる場合等には、17条及び18条に基づく情報の収集ができない場合にも3条違反との決定を行うことが認められています。
調査対象となった製品が3条違反である場合には、EU当局は、遅滞なく、次の処分を行うものとされます(20条4項)。
(a) 当該製品をEU市場に上市し又は提供すること及び輸出することの禁止(a prohibition to place or make the products concerned available on the Union market and to export them;)
(b) 調査対象の事業者が当該製品をEU市場から撤去させること、又は当該製品若しくは当該製品を参照しているオンライン・インターフェースからコンテンツを削除することを求める命令(an order for the economic operators that have been subject to the investigation to withdraw from the Union market the products concerned that have already been placed or made available on the market or to remove content from an online interface referring to the products or listings of the products concerned)
(c) 調査対象の事業者に対し、25条の規定による廃棄を命じ、又は当該製品において3条の規定に違反していると認められる部分を他の製品に代替することができるときは、違反している部分の廃棄を命ずること(an order for the economic operators that have been subject to the investigation to dispose of the products concerned in accordance with Article 25 or, if the parts of the product, which are found to be in violation of Article 3, are replaceable, an order to dispose of the respective parts of products.)
なお、(a)に定める禁止及び(c)に定める命令は、当該製品のうち3条に違反していると認められる部分を特定しなければならないものとされます。当該製品の上市又は輸出を行うためには、違反している部分を代替することが必要となります。また、決定内容には、事業者が命令に従うための合理的な期間(原則として30営業日以上)が含まれますが、期限を設定する場合には、EU当局は、事業者が中小企業であるか否か、製品における違反部分の割合及び代替可能であるか否かを含め、事業者の規模及び経済的資源を考慮するものとされています(22条1項(b))。そして、合理的な期間内に、事業者がEU当局による20条4項の決定を遵守しなかった場合には、EU当局は、次の措置をとることにより決定内容を執行するものとされます(23条1項)。
(a) EU市場に当該製品を上市し又は提供し及びこれを輸出することの禁止(that it is prohibited to place or make available the products concerned on the Union market and to export them)
(b) 既に上市され又は提供された当該製品をEU及び加盟国内の法令に従いEU当局がEU市場から撤去すること(that the products concerned already placed or made available on the market are withdrawn from the Union market by relevant authorities, in accordance with Union and national laws)
(c) 25条の規定により、事業者の費用負担において、当該事業者に残存する当該製品を廃棄すること(that the products concerned remaining with the economic operator are disposed of in accordance with Article 25, at the expense of the economic operator)
(d) 関係する第三者に要請することにより、(オンライン・インターフェースにおける)当該製品及び当該製品を参照するリストへのアクセスを制限すること(that access to the products and to listings referring to the products concerned is restricted by requesting the relevant third party to implement such measures)
EU当局は、強制労働製品の撤去及び処分を命じる決定を加盟国の各当局に連絡し、当該製品の撤去を実施します(24条)
本規則は、強制労働による製品を禁止する点において、米国の関税法307条及びウイグル強制労働防止法*3と類似しています。本規則は、原産地、産業セクター等を制限しておらず、強制労働による製品の全般的な輸入禁止を規定する米国関税法に近いものとも考えられます。なお、米国法制においては、ウイグル強制労働防止法の適用により、新疆ウイグル自治区において生産された製品については強制労働によるものとの推定が働き、かかる製品の米国への輸入を試みる輸入者側に強制労働に寄らずに生産されたことの証明責任が課されることとなります。このような証明責任の転換は、本規則は明示的には定めていないものと考えられますが、今後、ハイリスクな原産地等についてデータベースで公表される予定であり、その結果として、米国と同じように、地理的に特定されたハイリスクな原産地からのEU加盟国への製品の輸入等を行う事業者側に当該製品が強制労働に寄らずに生産されたことの証明責任が課されることも考えられます。この点については、今後策定されるデータベースをめぐる議論や欧州委員会が公表するガイドラインに注視する必要があります。また、米国の規制においては、米国への輸入のみが禁止される一方、本規則ではEU加盟国から域外への輸出も禁止されることとされる点、市場からの事後的な製品の撤去については、米国の規制には定めがない一方、本規則では事業者、加盟国の義務とされている点、などにおいても差異が見られます。
EUにおいては、コーポレート・サステナビリティ・デューディリジェンス指令(以下、「CSDDD」といいます。)が4月24日に欧州議会により採択され、5月24日には欧州理事会により最終承認されています。CSDDDは、強制労働を含む労働問題をはじめとする広範な人権問題に加え、環境問題もその対象として、企業にデューディリジェンスの義務を課すものですが、前述のとおり本規則自体は対象となる事業者にデューディリジェンスの義務を課すものではありません。一方、CSDDDの適用対象がEU域内企業及びEU域外企業のいずれの場合も、年間純売上高及び従業員数(EU域内企業の場合)の閾値を満たす企業に限定されるのに対して、本規則の適用を受ける事業体についてはこのような制限はなく、中小企業か否か、産業セクター又は所在地等を問わずに適用されるものとされています。これに対して、デューディリジェンスの対象ないし対象製品については、CSDDD及び本規則のいずれにおいても、原産地等の地理的な限定又は産業セクターを問わずに規制の対象となり得ることとなります。なお、規制に対する違反の効果については、CSDDDでは課徴金等の処分がなされ得る一方、関連する製品等の排除は含まれませんが、本規則への違反の効果は、強制労働製品のEU市場からの排除の点に主眼が置かれています。
EU域内企業又はEU加盟国のエンドユーザーとの取引を行う日本企業は、本規則とCSDDDの双方を念頭に置いた対応を検討する必要があります。この点、独自にデューディリジェンス義務を課さない本規則もデューディリジェンスが企業により実施されることを想定しており、CSDDDのほか国連、OECD等の国際的な基準に基づくものが念頭に置かれています。CSDDDの直接的な適用も受ける日本企業の場合にはCSDDDの基準に基づくデューディリジェンスを、又はCSDDDの適用を受けない企業の場合には国連ビジネスと人権に関する指導原則等の国際的な基準に基づくデューディリジェンスを通じて、強制労働リスクの特定、評価、軽減及び防止を図ることが本規則への対応としても有効なものとなります。
*1 本規則の当初案については、「欧州委員会による強制労働により生産された製品の取扱禁止に関する規則案」(2022年10月)もご参照ください。
*2 CSDDDについては、「EUのコーポレート・サステナビリティ・デューディリジェンス指令(CSDDD)案の動向(近時の審議状況を踏まえて)」(2024年3月)もご参照ください。
*3 米国ウイグル強制労働防止法については、「米国ウイグル強制労働防止法の成立等」(2022年2月)、「米国ウイグル強制労働防止法の施行と実務上の対応」(2022年8月)もご参照ください。