成長戦略としてのIPO

  • 2024-07-18

はじめに

資本主義社会における企業は、企業理念を持ち、理念を実現し、理念を具体化するために経営戦略を策定・実行し、利益を獲得しながら存続・成長していくことが求められています。つまり、企業の成長には、「人、モノ、カネ、情報」という経営資源を活用しながら社会が必要とする物品やサービスをどのように提供していくか、その具体的な施策を立案し、実行していくための経営戦略が重要になります。

昨今の日本の株式市場を見渡すと、日経平均株価は2024年3月に史上初めて4万円台に乗せるなど、堅調に推移しています。また、世界の証券市場を代表する米国証券市場の株式指数も、緩やかな上昇カーブを描きながら推移しています。このような状況の中、IPOという手段によって株式市場へアクセスすることがどのように企業成長と結びついているのか、また、IPO後の成長戦略としてどのように株式市場を活用できるのか紹介します。

なお、本稿における意見の部分は筆者の私見であり、PwCJapan有限責任監査法人および所属部門の正式見解ではないことをあらかじめお断りいたします。

1 成長戦略におけるIPOの活用

一般に、企業の成長サイクルには、幼年期、成長期、成熟期、衰退期の4つのフェーズがありますが、IPOを目指す企業の多くは「成長期」のフェーズにあるものと思われます。成長期にある企業は、事業の収益化のモデルが定着し、事業拡大や新規事業の展開を検討し始める時期でもあり、既存事業の業務の効率化や標準化が必要となる時期でもあります。

そのような時期において、「人、モノ、カネ、情報」という経営資源を、いかに効率的に集めることができるかが、成長期の企業の成長戦略の実現に向けた鍵となります。以下では、IPOが企業の成長に貢献するメリット、またIPO以降に上場企業として存在するためにクリアしなければいけない課題について説明します。

(1)企業成長のための資金の獲得

IPOを行うことによる一番大きなメリットは、企業成長のための資金の獲得手段を多様化できることです。非上場会社が事業を行うための資金の獲得手段としては、銀行からの借入などの間接金融、ベンチャーキャピタルからの出資など、手段が限られています。また、調達金額も事業に必要な額を十分に集められないケースもあります。そのような場合にはIPOを行うことで、機関投資家や個人投資家など、さまざまな投資家から資金調達を行うことができるため、企業成長のための戦略に応じた資金集めが可能になります。

一方で、幅広い投資家へアクセスできるようになることで、社会的責任は増加します。投資家への説明責任が発生するため、財務数値を含んだ企業情報を適時に報告する義務が生じます。また、報告するための情報が適切に作成されていることを担保するための会社内の管理体制(ガバナンス、社内組織、財務報告体制等)を構築する必要もあります。

多様な投資家が株主となるため、株主の要望に応えられるような短期的視点、中長期的な視点のいずれの観点も備えた経営戦略の立案・実行、および株主とのコミュニケーションが重要となってきます。

(2)企業成長のためのモノの獲得

IPOにより資金が獲得できると、企業成長のために必要な商品、設備などを購入し、経営の効率化や事業拡大、また新規事業の展開など、さまざまなものを活用して企業活動を行うことができるようになります。IPOの実行によって社会的信用が向上すると、これまで取引ができなかった取引先からもモノ・サービスの調達が可能となり、他の事業会社と連携して新規事業を立ち上げ、新しいモノを生み出すことができる機会が増加します。

一方で、株主から調達した資金をもとにモノの購入や投資を行うことになるため、ROA(総資産利益率)、ROE(自己資本利益率)などの経営指標を用いて、資産を効率的に活用して経営を実施できているかといった説明責任が生じることになります。

(3)企業成長のための人材の獲得

資金やモノを調達したあとは、それを有効に活用する人材が必要になります。IPOによって知名度および社会的信用が向上すると、就職希望者が増え、企業成長のために必要な人材を採用しやすくなります。また、社内人材に限らず、新規外注先などの外部リソースや、異分野からの人材を獲得できる機会も増加します。

(4)企業成長のための情報の獲得

企業成長のためには、ビジネスリスクを低減するための情報に加え、ビジネス機会を獲得するための情報を逃さず、いかに早く取得できるかが課題となります。

IPOに向けた管理体制整備の一環として、ビジネスリスクを低減するための体制構築を進め、IPOにより知名度や社会的信用が上がると、金融機関や事業会社と連携する機会が増えます。さらに、ビジネス機会を獲得するための情報にアクセスできる機会も増加することが期待されます。

2 成長戦略におけるIPO後の取り組み

IPOによってさまざまな経営資源を獲得できるようになると、企業成長のための経営戦略の選択肢が増え、それぞれの戦略を成功裡に実現できるようになります。一方で、長期的な視点から見ると、IPOはあくまで企業の成長サイクルにおける通過点に過ぎず、上場後も成長戦略を更新し、実行していく必要があります。

上場企業になると社会的信用が向上しますが、同時に社会的責任も増加します。社会と経営を取り巻く環境が迅速に変化し続ける昨今において、社会が求める要求事項に対して、適切に対応しながら成長を加速させていかなければなりません。例えば、昨今では気候変動が社会的な課題になっており、企業の具体的な対策が社会的な要求として突きつけられています。上場会社として気候変動問題にどのように向き合いながら経営を行っていくのか、またその対応を開示する方法を含め、変化が求められています。

一方で、上場企業となり社会的責任を果たし信用力が向上すると、さらなるビジネスの機会も増加します。M&A、海外戦略の立ち上げなど、長期的な視点で企業成長を行うための選択肢も広がり、より一層成長にドライブをかけることができます。

そして、IPOが企業成長のゴールとなってしまわないよう、IPO以後も社会的責任を果たしつつ、事業の発展を損なわないようバランスを取りながら成長を続けることが重要になります。


執筆者

PwC Japan有限責任監査法人
京都第一アシュアランス部
パートナー 森部 賢

PwC Japan有限責任監査法人
財務報告アドバイザリー部
ディレクター 加藤 義久