2023年6月16日に公表された、政府の「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画 2023改訂版」※1 では、「組織再編の更なる加速に向けた検討」が謳われており、大企業が有する経営資源(人材、技術等)の潜在能力の発揮や大企業発のスタートアップ創出の観点から、スピンオフおよびカーブアウトの促進を重要視しています。今後、企業の組織再編が活性化することが見込まれます。
組織再編を行った会社が、さらなる企業価値の向上のためにIPOを目指す場合において、組織再編行為等の実施が申請会社の上場申請の妨げとなることなく、かつ、申請会社の実態に近い財政状態および経営成績に基づいた審査を実施できるようにするとともに、投資判断上重要な事項の開示が十分に行われるようにするため、取引所の上場審査においては、企業が上場直前に組織再編を実施した場合の形式要件等の取り扱いを定めています。
本稿では、上場申請会社が組織再編行為等を実施する際の取り扱いや、スピンオフIPO時の留意点について解説します。
なお、本文中の意見に係る部分は、全て筆者個人の私見であり、PwC Japan有限責任監査法人および所属部門の正式見解でないことをあらかじめお断りします。
上場申請会社において、上場直前に合併、株式交換、株式移転、株式交付、子会社化や非子会社化、会社分割、事業の譲受けや譲渡などのコーポレートアクション(以下、組織再編行為等)が行われることがあります。
基準事業年度の末日から起算して2年前の日以降に組織再編行為等を行った会社が、スタンダード市場、プライム市場に上場申請をする場合、提出書類や形式要件の審査に関して、通常とは異なる取り扱いを行う項目を東京証券取引所は定めています。
基準事業年度の末日から起算して2年前の日より後に組織再編行為等を行っている場合、上場申請会社の実態により近い財政状態および経営成績に基づいた審査を実施できるようにするために、組織再編対象会社等の規模・属性に応じた財務情報および監査意見等を上場申請時に提出する必要があります(図表1)。
なお、上場申請会社とその子会社または申請会社の子会社間で組織再編行為等を実施している場合(例えば、上場申請会社と子会社が合併を行っている場合等)は図表1に挙げている書類の提出は不要です。
組織再編主体会社等または組織再編に重要な影響を与える会社等いずれにおいても、規模の大小は、組織再編行為等が行われた日の属する連結会計年度の直前連結会計年度に係る連結財務諸表の総資産額、純資産の額、売上高および利益の額等を比較して決定します。
なお、組織再編に重要な影響を与える会社等の判断にあたっては、原則として、直前における総資産額、純資産の額、売上高および利益の額等のうち、1項目でも規模の過半となる会社が該当します。
上場申請会社が直前々期の期首以降に実施した組織再編行為等(非子会社化、会社分割による他の会社への事業の承継または事業の譲渡を除く)において、組織再編主体会社等が存在する場合には、申請会社の実態により近い財政状態および経営成績に基づいた審査を実施できるようにするため、形式要件の審査の取り扱いを定めています(図表2)。
例えば、通常の場合、事業継続年数は、上場申請会社の株式会社としての事業継続期間を確認していますが、組織再編行為等が行われた場合は、組織再編主体会社等における主要な事業の活動期間を加算して事業継続年数を算出します。
また、売上・利益の額は、組織再編主体会社等の財務項目を審査対象とします。
スピンオフとは、企業が、子会社または自社内の特定の事業部門を切り出し、独立した会社の株式を元の企業の株主に交付する手法であり、子会社を切り出す株式分配か、自社内の特定の事業部門を切り出す分割型分割の手法を用いて実施されます(図表3)。
スピンオフの直後に当該スピンオフによって独立した会社が上場すること(以下、スピンオフIPO)も可能であるため、取引所では、スピンオフIPOを行おうとする場合における新規上場申請に係る提出書類、上場審査等に関して、具体的な取り扱いを定めています。
スピンオフIPOにおいて、スピンオフが実施されていない場合や、スピンオフ実施の株主総会の決議前であっても、スピンオフによって独立する予定の会社の新規上場申請を行い、上場審査を進めることは可能です。
スピンオフした後の、独立予定の会社が株主総会決議前に上場審査を行う場合は、決議前にその時点で確認できる事項について審査を行い、決議後から上場承認日までの間に、その後の変化(業績の進捗や体制の変更等)を中心に追加的な審査を行うことが想定されます。
分割型分割実施前の時点では、スピンオフによって独立する会社(新規上場を行う会社)はまだ設立されていないため、スピンオフ元の企業が上場会社であれば、当該上場会社がスピンオフによって独立する会社に代わって新規上場申請を行うことが可能です。その場合、当該上場会社が上場審査対応を行うこととなります。
なお、分割型分割の株主総会決議前に新規上場申請を行う場合には、新規上場申請ができないため、予備申請によって上場審査を進めることとなります。
また、取引所の上場承認が行われていれば、スピンオフ実施日に、スピンオフで独立する会社が新規上場することも可能です。
株式分配を実施する場合、上場申請時においては、通常の新規上場時と同様に、スピンオフによって独立する会社の直近2事業年度分の財務諸表等および監査報告書を取引所に提出する必要があります。
分割型分割を実施する場合には、スピンオフの対象となる事業が組織再編主体会社等になるものと考えられ、基準事業年度の末日から起算して2年前の日より後からスピンオフを行うまでの期間における財務計算に関する書類を「部門財務情報の作成基準」に従って作成し、監査意見等を添付する必要があります。加えて、新規上場までに分割型分割が実施される場合は、実施後の期間における財務諸表等を作成し、監査を受ける必要があります。
「部門財務情報の作成基準」に従って作成した財務計算に関する書類に対する監査報告書は、一般に公正妥当と認められる監査の基準に準拠した監査に基づくもの以外に、取引所が適当と認める場合には、日本公認会計士協会が定める「東京証券取引所の有価証券上場規程に定める部門財務情報に対するレビュー業務に関する実務指針」、およびその他の合理的と認められる基準に準拠した手続きに基づくものとなります。
分割型分割によるスピンオフの実施前に上場審査を行う場合、上場審査の時点では上場申請会社としての取締役会や監査役会等の開催実績、内部管理部門の運用実績が十分でないことが考えられますが、それだけをもってコーポレートガバナンスおよび内部管理体制の有効性を否定されることはありません。
そのような場合には、実質的に新設となる独立する会社を想定した準備の状況が十分か、スピンオフ元の企業等の体制が独立する会社に十分に引き継がれているのかを確認することで、実質的に運用が行われているとみなして有効性を確認すると考えられます。
なお、スピンオフ元の企業の体制から大きな改変があった場合であっても、その軽重によっては問題ない場合もあると考えられます。いずれにせよ、会社法上の機関設計の変更がある場合を含めて、最終的には個別の状況に照らし、判断がなされることが想定されます。
IPOの時期を柔軟に選択できるよう、取引所上場審査では、組織再編行為等が実施された場合において、本稿で述べてきたような通常とは異なる取り扱いが定められています。
事業の選択と集中や、多角化経営は企業価値向上のための手段でもありますが、上場直前の組織再編は、上場申請期の事業計画に影響を与えるほか、組織再編対象会社等の経営管理の整備状況によっては、上場スケジュールに影響を来す場合もあります。
上場直前に組織再編等を行うことを検討している場合は、あらかじめ余裕を持って証券会社、監査法人、取引所と相談することが望まれます。
東京証券取引所「新規上場ガイドブック 2023」(Ⅶ 企業組織再編に係る取扱い)
https://www.jpx.co.jp/equities/listing-on-tse/new/guide-new/index.html
経済産業省「『スピンオフ』の活用に関する手引」2023年8月
https://www.meti.go.jp/policy/economy/keiei_innovation/keizaihousei/saihenzeisei.html
※1 内閣官房「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画 2023改訂版」2023年6月16日
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/pdf/ap2023.pdf
PwC Japan有限責任監査法人
財務報告アドバイザリー部
マネージャー 前野 美和
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