第16回 企業経営・企業報告に対する投資家からの学び

  • 2024-07-18

はじめに

上場企業における2024年3月期決算の短信発表がほぼ終了しました。今後、投資家は、株主総会の招集通知や有価証券報告書、コーポレートガバナンスに関する報告書、統合報告書等で付加的に発信される情報に注目することでしょう。

とりわけ、2023年3月期有価証券報告書から新たに求められた記載項目(「第1企業の概況【従業員の状況】」における「女性管理職比率」「男性の育児休業取得率」「男女間賃金格差」や「第2事業の状況」に新設された【サステナビリティに関する考え方及び取組】)については、2年目の開示タイミングに入ります。各企業の開示姿勢や内容の進化・深化が話題となることでしょう。

2023年12月27日に金融庁が公表(2024年3月8日に更新)した「記述情報の開示の好事例集2023」(以下、好事例集)※1では、サステナビリティに関する考え方および取り組みの開示に焦点を当てた企業事例が紹介されました。事例紹介の前に、投資家・アナリスト・有識者が期待する主な開示のポイントが、詳細にまとめられています。

例えば、投資家・アナリスト・有識者が期待する開示を充実させるための取り組みについて、以下の点が指摘されています。

① 開示の体制や記載内容が十分でない場合には、少しずつ改善していくことが必要
② 有価証券報告書の利用者との対話を通じて、利用者の目線を持つことが有用
③ 開示の進展のためには、経営陣や取締役会、監査役会等からのコミットが必要
④ 有価証券報告書の作成においては、本社部門だけではなく、各部門のトップ層や、現場も関与することが重要
⑤ 時間的な余裕をもって有価証券報告書のドラフトを取締役会等に提示することが有用
⑥ 当年の有価証券報告書を株主総会前に開示することが重要

また、全般的な開示のポイントは以下のように整理できるでしょう。

① 比較可能性、透明性、独自性の3つの観点が重要
② 全体像を話す際には、戦略と指標および目標について、どのような考え方や取り組み方針を持っているかについて示すことが有用
③ 企業価値がどのように創出されるかを丁寧に説明することは有用
④ KPIを選定した理由や算定方法について説明することは有用
⑤ 指標および目標では、目標値と実績値に加え、現状の考察が記載されることは有用
⑥ 非財務情報と財務情報の連動性や開示のタイミングを整合させることは有用
⑦ 現在の状況だけでなく、時間軸を持った開示を行うことは有用
⑧ 第三者保証を見据えて限られた情報を開示するのではなく、必要な情報は積極的に開示することが有用
⑨ 開示の改善や施策の継続には、経営陣からの強いコミットメントおよび適切なリソース配分が必要

好事例集では、こうした全体感をベースに「気候変動関連等」、「人的資本、多様性」、「人権」など、幅広い角度から率直な意見がまとめられています。

本稿では、このように企業報告におけるサステナビリティ情報の開示が進化・深化する時代において、日頃、筆者が接する機会をいただいている投資家の方たちが、企業経営や企業報告に対してどのような意識を持っているかについて、PwCが実施した「グローバル投資家意識調査」を参照しながら紹介します。

なお本稿は、2024年3月13日現在の情報をもとに執筆しています。また文中における意見は、全て筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。

1 グローバル投資家意識調査の概要

PwCはグローバルに連携して投資家への意見ヒアリングを継続的に実施しています。「グローバル投資家意識調査」は、企業経営や企業報告のあり方に関する資本市場参加者の声や期待・懸念などを取りまとめたものです。その最新調査(2023年版)の日本語冊子版は、2024年1月に公表されました※2。本稿では、この資料をもとに調査内容を紹介していきます。

今回の調査の副題は「信頼、テクノロジー、変革:投資家の優先事項をナビゲートする」です。2022年版では企業のサステナビリティ情報への取り組みに対する投資家の見解に焦点を当てましたが、2023年版ではその側面に加えて、人工知能(AI)などの先端テクノロジーへの対応や企業情報の信頼性についてもより深掘りしました。

2023年の調査は、2023年9月に世界30の国や地域の345名の投資家およびアナリストを対象に行いました。2022年の調査対象者は227名でしたから、対象者は大幅に増えています。

回答者の多くは機関投資家で、具体的にはポートフォリオマネジャー19%、アナリスト18%、最高投資責任者17%、ガバナンスとスチュワードシップの専門家10%、などとなっています。

回答者の48%は、この業界で10年以上の経験を有しています。また、所属企業の運用資産残高は5億米ドルから1兆米ドル以上までとさまざまです。

所属機関の本拠地は、33%がアジア太平洋、30%が欧州、17%が北米・カリブ海諸国、11%が中東・アフリカ、9%が中南米であり、一定のバランスが取れています。

投資地域先を上位10地域まで見ると、所属企業の本拠地とは異なる比率となります。米国が37%と最も多く、ドイツ・英国の30%が続きます。日本は26%で第6位ですが、アジア・オセアニア地域ではトップです。

投資地域先と所属企業の本拠地が異なるケースとしては、①日本の機関投資家が自国の資本市場のみならず世界中の資本市場に投資を行う場合と、②世界中の機関投資家が日本の資本市場に投資を行う場合があります。投資を行う機関投資家、および、投資を受ける資本市場への上場企業は、グローバルな投資家の考え方を意識する必要があると言えるでしょう。

(1)回答者の全般的な傾向

ここからは調査の内容について見ていきます。まずは、投資家の懸念です。

企業が今後12カ月において、各種の脅威に「大いにさらされる」または「極めて強くさらされる」と回答した割合を見ると(図表1)、「インフレ」が46%、「マクロ経済のボラティリティ」が39%と上位を占めています。ただ、2022年はこれらの脅威に対して60%を超える割合があったことから、少し落ち着きを見せてきていると評価できます。

図表1 投資家が短期的な脅威と捉えている事項(上位7項目)

続いて、地政学的紛争34%、サイバーリスク32%となります。2022年はそれぞれ37%、36%ですから、変化という意味ではほぼ同水準です。

これに対して、気候変動32%(2022年22%)と社会的不平等21%(同11%)は懸念が増大しました。投資家の注目点は、経済環境からサステナビリティへと移行しつつあります。

一方で、今後3年間に企業が新しい価値を創出する上で最も大きな影響を与える可能性がある要因についての調査では、回答者の59%が技術の変化を挙げました。以下、政府の規制(48%)、消費者の嗜好の変化(48 %)、競合他社の行動(46%)、サプライチェーンの不安定性(46 %)、気候変動(44%)、人口動態の変化(36%)となっています。

企業を取り巻く環境をどのように企業価値創出に結び付けていくかという観点から、経営戦略上の軸が抽出される結果となりました。

続いて、回答者が企業を評価する際に重要と考える項目を最大5項目まで挙げた結果を見てみましょう。

ここでは、回答者の39%がコーポレートガバナンスを挙げ、管理能力(35%)が続きました。マネジメント体制等に対する注目度合いが高いことが理解できます。その上で、イノベーション(35%)、新しいテクノロジー(33%)、サイバーセキュリティとデータプライバシー(32%)、人的資本管理(32%)などの具体的な側面が挙げられました。

投資家から「企業が自社のビジネスにとって重要(マテリアル)なこと全てに優先順位をつけ、その上で行動を起こすことを期待している」というコメントが聞かれたように、さまざまな重要項目の中でのマテリアリティの重みづけがポイントとなるようです。

(2)テクノロジーとサステナビリティ

ここからは、投資家が注目する具体的な項目として、テクノロジーの進化とサステナビリティの分野を詳しく見ていきます。

テクノロジーの進化としてはAIの導入加速が挙げられます。投資家の61%が、AIの導入を加速することが「とても重要」または「極めて重要」であると回答しました。投資責任者の声として、「AIは事業戦略において既存のものを破壊する一方で、新たな機会を創出する可能性がある」と期待を寄せています。

一方で、投資家はこれらの新しいテクノロジーの展開に伴うリスクをさまざまな観点から認識しています。例えば、企業がAIを採用する際に感じるリスクの各項目について、「ある程度」、「大きな」、「非常に大きな」リスクがあると考える回答者の割合を見ると、データセキュリティとプライバシーへの脅威(86%)、不十分なガバナンスのプロセスと統制(84%)、虚偽または不正確な情報(83%)、偏見と差別(72%)などが挙げられました。

サステナビリティについては、投資家が投資判断を行う際に、企業のサステナビリティに関する取り組みを判断材料の1つにしていることが明確に理解できます。もっとも、図表2に示した3つの意見に対して、2021年と2023年の対比では、「同意する」と回答した比率が少し低下し、「どちらでもない」と回答した比率が上昇した点は注目に値します。サステナビリティやESG問題に対して、投資家はバランスを重視した投資判断を行う傾向がうかがえます。

図表2 サステナビリティやESGに関する3つの意見に対する投資家の考え方

もう1つの変化は、投資家が知りたいと感じるレポートの多様化です。2022年の調査との対比では、アウトサイドインレポート(サステナビリティが財務上のパフォーマンスにどのような影響を与えるかを示すレポート)とインサイドアウトレポート(企業が環境や社会に与える影響を示すレポート)の双方を、より重視する傾向が確認できました。

具体的には、インサイドアウトレポートの報告要求の比率が60%から75%に、後者の影響の金銭的価値の開示を求める比率が66%から75%に増加しました。

続いて、企業のサステナビリティ活動に対する投資家の行動を見ていきましょう。投資家のポートフォリオに含まれる企業が「企業の業績と将来の見通しに関連するサステナビリティの問題に対処する」、「環境や社会に有益な影響を与えるために企業行動を変える」といった行動をとった場合、前者では69%、後者では67%の回答者が投資または推奨のレベルを上げると回答しました。企業のサステナビリティに関する姿勢を、投資家が投資行動に反映させることがうかがえます。

一方で投資家は、企業がESG問題への対応に十分な措置を講じていることを実証していない場合、さまざまな行動を取る、あるいは行動を起こす予定があると回答しています(図表3)

図表3 ESG諸問題への対応が十分でない企業へのさまざまなアクション

その背景としては、ESGやサステナビリティ投資に対する投資家の行動は、環境規制、投資収益率の低下の防止、クライアントからの要求など、さまざまな側面が考えられます。

図表4では、各種の要因が、ESGやサステナビリティ投資に対する投資家の関心を「中程度」「大きく」「極めて大きく」高めると考えた回答者の割合を示しています。

図表4 ESGやサステナビリティ投資に対する投資家行動の要因

(3)信頼

続いて、企業報告の側面を見てみましょう。企業報告のニーズについて、「重要」または「非常に重要」と回答した割合が高いものとして以下が挙げられます。テクノロジー、サステナビリティの両面で強いニーズを感じることができます。

  • 新規のテクノロジーの利用と導入について知りたい(77%)
  • 企業が設定したサステナビリティへの取り組みを満たすためのコストを知りたい(76%)
  • サステナビリティ関連のリスクと機会が企業の財務諸表に与える影響を知りたい(75%)
  • 企業が設定したサステナビリティに関わるコミットメントを満たすためのロードマップを知りたい(74%)
  • 短期的な危機の管理と長期的なビジネス変革の間の潜在的なトレードオフについて理解したい(74%)

ここにおいて、実に94%の投資家が、サステナビリティの活動に関する企業報告書には裏付けのないサステナビリティに関する主張(グリーンウォッシング)が何らかの形で含まれていると考えているようです。

その意識が、規制当局や基準設定者に対して、企業報告の明確さと一貫性の確保を働きかける背景と考えられます。また、投資家は、企業が報告するサステナビリティ情報の正確性について保証が付与されることについて、肯定的に評価していると考えられます。

企業のサステナビリティ報告の正確性を評価する上で、「中程度」「大きな」「極めて大きな」自信を与えてくれると考える回答者の割合を見ると、「第三者による認証または検証報告」について85%という比率となりました。

保証の水準については、「独立した合理的な保証の意見(すなわち、財務諸表監査で得られる保証の水準)」が85%、「独立した限定的な保証の結論(財務諸表監査で得られるものよりも低い水準の保証)」が77%となりました。投資家は、「限定的な保証の結論」よりも「合理的な保証の意見」を求める傾向が強いと考えることが可能でしょう。また、2022年の調査では前者が75%、後者が54%でしたから、その比率は大きく上昇しています。

次に、保証業務実施者が保証を行った業務を信用する上で、保証業務者に求める資質等を見てみましょう。図表5では、保証業務実施者が行った業務を信用する上で、各項目が「重要」または「非常に重要」であると考える回答者の割合を示しています。さまざまな側面において、70%を超える高い比率が確認されました。

図表5 保証業務実施者に求める資質等

さらに、投資家は、企業が開示した情報に対する信頼を確保するために、以下のことについて、いずれも90%の回答者が「中程度」「大きな」「極めて大きな」信頼につながると回答しています。これらは保証の信頼確保に対して重要な側面と言えるでしょう。

  • 保証が可能な場合において、会社の経営陣が自ら行ったと報告したことが実際に実行されたことを保証
  • 報告が一般に認められる報告フレームワークに完全に準拠していることを保証(例:ISSB基準、ESRS基準、GRI基準)
  • 可能な場合において、報告された内容の一部分ではなく、報告書全体(記述情報、指標、KPI等を含む全ての非財務報告の開示)を保証

サステナビリティ報告に対する保証の議論は、グローバルに展開されているところです。今後の制度の変革や投資家の考え方などに引き続き注目していきたいと思います。

2 おわりに

以上、今回の調査の中から、筆者が注目したポイントをいくつか紹介しました。ご協力頂きました皆さまに改めて厚く御礼申し上げます。

日本においては、2023年12月13日に「資産運用立国実現プラン」が提示されたことを受けて、資産運用業やアセットオーナーシップの改革が展開されています※3。また、2024年2月26日に、株式市場に上場する企業においては、プライム市場における英文開示の拡充に向けた上場制度の整備が位置付けられました※4

このように、機関投資家および上場企業の双方において、グローバルな資本市場への対応がなお一層求められる時代となってくる中、PwCでは今後も資本市場の皆さまの声を拝聴すべく「グローバル投資家意識調査」を継続していく予定です。


※1 金融庁「記述情報の開示の好事例集2023」
https://www.fsa.go.jp/news/r5/singi/20231227.html(2023年12月27日)
https://www.fsa.go.jp/news/r5/singi/20240308.html(2024年3月8日更新版)

※2 PwC「グローバル投資家意識調査2023」
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/2023/assets/pdf/global-investor-survey.pdf

※3 金融庁「資産運用立国について」
https://www.fsa.go.jp/policy/pjlamc/20231214.html

※4 東京証券取引所「プライム市場における英文開示の拡充に向けた上場制度の整備について」2024年2月26日
https://www.jpx.co.jp/rules-participants/public-comment/detail/d1/skc8fn0000002jw1-att/skc8fn0000002jya.pdf


執筆者

PwC Japan有限責任監査法人
基礎研究所 主任研究員
野村 嘉浩