タイにおける地域統括拠点の制度および動向

  • 2024-07-18

はじめに

タイは東南アジアの小国で、人口が6,600万人ほど、面積は日本の約1.4倍の国であり、古くから日本と交流があり、微笑みの国あるいは親日国としてよく知られています。また観光業が盛んであり、日本はもちろん世界中の国々から観光客が訪れている国になります。他方で高い食料自給率を誇る食料輸出国でもあり、温暖な気候をもとに稲作や果樹栽培のみならず、さまざまな農作物が栽培されています。

日系企業も数多く進出しており、製造業や卸売・小売業、サービス業などの幅広い業種が進出をしています。特に自動車業界はタイ経済を支える大きな柱となり、近年は中国自動車メーカーの進出および電気自動車(EV)の普及による影響があるものの、依然として日系自動車メーカーが7割程度の販売シェアを占めています。そして近年は単なる製造・販売・研究の拠点としてではなく、東南アジアを統括する地域統括拠点として、タイに拠点を置く日系企業も増加してきています。

本稿では、これまでの日本とタイとの経済関係を踏まえ、タイにおける外資規制制度および投資奨励制度に触れたのち、シンガポールのコスト高などを理由に最近タイ等への移管がみられる地域統括拠点に関する制度およびその動向について解説します。

なお、文中の意見に係る記載は筆者の私見であり、PricewaterhouseCoopers ABAS Ltd.、PwC Japan有限責任監査法人および所属部門の正式見解ではないことをお断りします。

1 タイと日本との経済関係

タイは1950年代までは稲作を中心とした農業国でしたが、1950年代末から工業化政策が始まり、積極的な外資導入による輸入代替工業化を推進してきました。こうした外資企業の誘致により、日系の自動車企業が1960年代から相次いで進出してきたため、タイと日系企業との関係は60年以上に及ぶ長い歴史があります。日系企業はバンコク日本人商工会議所の会員企業だけでも1,600社ほど(2024年3月現在)存在し、タイ全土では約6,000社と言われています※1。直近の日系企業からの投資金額を見ると、2022年に499億6千万バーツの投資が行われており※2、現在においても引き続き投資が行われていること、また日系企業からの投資額が他国に比べても高い水準であることがわかります(図表1)

図表1 外国資本によるタイへの投資件数と投資額(認可ベース) ※金額単位:100万バーツ

そしてタイは東南アジアの中央に位置することから、物流面においてもASEANのハブとしてその優位性を発揮しています。また外務省によると、タイにおける在留邦人は約72,000人(2023年10月現在)と世界第5 位(東南アジアでは第1 位)に位置するほど多く※3、日本食レストランや日系のスーパーも充実しており、駐在員にとっても住みやすい国として知られています。

2 外資規制制度および投資奨励制度

タイには外国人事業法(Foreign Business Act:FBA)という法律が存在し、「外国人」がタイで行ってはならない規制事業を規定しています。タイ国外に存在する会社からタイに存在する会社へ50%以上の出資比率がある場合には、そのタイに存在する会社はFBAにおける「外国人」に該当します。もし「外国人」が規制事業を行う場合は、外国人事業ライセンスの取得等が求められます。そのため多くの日系企業はこのFBAの規制対象下にあります。FBAにおける規制事業は、タイの伝統産業の保護(例:稲作、仏像製造)や国家の安全保障・伝統芸術の保護(例:武器の製造、タイシルク生産)、タイ企業の競争力保護(例:小売・卸売業、サービス業)の観点から範囲が決められています。サービス業のように多数の業種が規制されている事業もあり、既存の会社であっても新規事業を行う際には、規制事業に該当しないか注意が必要です。もし規制事業を「外国人」が行いたいのであれば、商務省(Ministry of Commerce)に対して外国人事業ライセンスを申請する必要があります。

なお、製造業は当該規制事業には含まれておらず、参入の制限はありません。また土地法に基づき、土地所有に関しても「外国人」には制限を設けており、原則、取得は不可となっています。以上のように、日本から50%以上の出資比率がある日系企業の場合には、こうした外資規制の中でビジネスを行う必要があります。

一方で、タイにはタイ投資委員会(Board of Investment:BOI)が投資奨励を行う制度があり、日系企業の多くもこのBOIの制度を有効活用して税務・非税務恩典を享受しながら投資・ビジネスを行っています。投資奨励は会社単位ではなく事業単位で与えられ、投資奨励を受けた事業に対して税務恩典(法人所得税の免除、機械・原材料の輸入関税の免除等)や非税務恩典(土地の所有権、ビザ・就労許可証取得の円滑化等)が受けられます。ただし、どこまでの恩典が受けられるかは対象事業の業種等により異なるため、申請時に確認が必要です。

3 タイの地域統括拠点制度

(1)International Business Center(IBC)の概要

タイにおける現状の地域統括拠点の制度として、国際ビジネスセンター(International Business Center:IBC)※4があります。IBCは2018年末に導入された制度であり、その前には地域事業本部(Regional Operating Headquarters:ROH)、国際統括本部(International Headquarters:IHQ)および国際貿易センター(International Trading Centre:ITC)といった制度が存在していました。IBCはBOIが奨励している制度であることから、こちらも会社ではなく事業に対する投資奨励になります。実際にIBCを利用した会社設立においては、会社設立は商務省へ、IBCの認証はBOIへ、加えて税務上の恩典を受けるために歳入局(The Revenue Department)へそれぞれ申請を行うことになります。

IBCとして認証された企業のサービス範囲は幅広く、次の12の事業活動を行えるようになります。

① 一般管理、事業計画立案、ビジネスコーディネーション
② 原材料および部品の調達
③ 製品の研究開発
④ 技術支援
⑤ マーケティングおよび販売促進
⑥ 人事管理およびトレーニング
⑦ 財務に関するアドバイス
⑧ 経済と投資の分析および研究
⑨ 与信管理・コントロール
⑩ 財務センターの財務管理サービス
⑪ 国際貿易事業
⑫ 歳入局が規定したその他の支援サービス

IBCの認証を受けるための条件および税務・非税務恩典は以下の通りです(図表2、図表3)。BOIと歳入局のそれぞれで、要求している条件および与えている恩典が異なります。なお、歳入局の法人税恩典は⑪国際貿易事業から得られた所得には適用されません。

図表2:IBC認証の条件およびBOIによる恩典

項目 説明
条件
  • 登記済みおよび払込済み資本金が1,000万バーツ以上であること
  • IBC事業に従事する正社員が10名以上であること。ただし、財務センター事業のみの申請であれば、5名以上の正社員で足りる
  • 固定資産への新規投資が100万バーツ以上であること
  • 12の事業活動を有すること
    注:⑪(国際貿易センター)事業単独の申請は認められず、他の①~⑩の事業と併せて申請する必要がある
  • 負債と資本の比率が3対1を超えてはならない
税務恩典
  • 関税
    機械の輸入関税免除(ただし、研究開発およびトレーニングのための機械に限る)
非税務恩典
  • 商務省からの外国人事業ライセンスの付与
  • IBC事業に従事する知識および技術を有する外国人に対するビザおよび就労許可証の付与、および家族に対するビザの付与
  • 土地所有の許可
  • 外国通貨での海外送金の許可

※12の事業活動:① 一般管理、事業計画立案、ビジネスコーディネーション、② 原材料および部品の調達、③ 製品の研究開発、④ 技術支援、⑤ マーケティングおよび販売促進、⑥ 人事管理およびトレーニング、⑦ 財務に関するアドバイス、⑧ 経済と投資の分析および研究、⑨ 与信管理・コントロール、⑩ 財務センターの財務管理サービス、⑪ 国際貿易事業、⑫ 歳入局が規定したその他の支援サービス
出所:BOI資料をもとにPwC作成

図表3:IBC認証の条件および歳入局による恩典

項目 説明
条件
  • 登記済みおよび払込済み資本金が1,000万バーツ以上であること
  • IBC事業に従事する正社員が10名以上であること。ただし、財務センター事業のみの申請であれば、5名以上の正社員で足りる
  • 最低1か国の外国の関連会社に対して、12の事業活動を有すること
    注:関連会社とは、25%以上の直接または間接保有関係のある会社とされる。
    また、⑪(国際貿易センター)事業単独の申請は認められず、他の①~⑩の事業と併せて申請する必要がある
  • IBC事業に掛かる年間の支出額が6,000万バーツ以上であること
税務恩典
  • 法人税恩典
    IBC事業からの所得に対する法人税率を基本税率20%から以下の税率に15年間減税
    • IBC事業からの支出額が6,000万バーツ以上の場合:法人税率8%
    • IBC事業からの支出額が3億バーツ以上の場合:法人税率5%
    • IBC事業からの支出額が6億バーツ以上の場合:法人税率3%
      配当所得については法人税を免除
  • 個人所得税恩典
    IBC事業に専任する外国人従業者の個人所得税率を一律15%とする(本来は最大35%。最低月額20万バーツの給与が必要)
  • 源泉税恩典
    外国法人に対して支払う配当について、源泉税を免除。ただしIBC事業から得られる所得を源泉とするものに限る
    外国法人に対して支払う利息について、源泉税を免除。ただし、財務センター事業に関連する借入に限る
  • 特定事業税恩典
    財務センター事業から生じる所得に対する特定事業税を免除

※12の事業活動:① 一般管理、事業計画立案、ビジネスコーディネーション、② 原材料および部品の調達、③ 製品の研究開発、④ 技術支援、⑤ マーケティングおよび販売促進、⑥ 人事管理およびトレーニング、⑦ 財務に関するアドバイス、⑧ 経済と投資の分析および研究、⑨ 与信管理・コントロール、⑩ 財務センターの財務管理サービス、⑪ 国際貿易事業、⑫ 歳入局が規定したその他の支援サービス
出所:タイ歳入局資料をもとにPwC作成

これらの条件を満たすことでIBCの認証が受けられ、法人税をはじめとする数多くの税務・非税務恩典を受けることが可能となります。例えば、条件を満たせばタイの基本法人税率を20%から大きく軽減でき、個人所得税においても最大35%から15%へ大きく引き下げることが可能です。また外国人事業ライセンスの取得も同時に可能であることから、上記①~⑫の事業活動を行えるようになります。ただし、資本金が最低1,000万バーツ必要であることや、歳入局の税務恩典を享受するためにはIBC事業にかる年間の支出額が6,000万バーツ以上であることが条件として求められているため、一定規模以上の事業に対して恩典を与えていることが分かります。

タイにおける地域統括拠点では、このIBCを利用して各種恩典を享受しながら地域統括事業を営む会社が多数存在します。ただし株式の保有形態については各社さまざまな選択をしており、地域統括拠点が株式を保有する場合もあれば、日本本社が東南アジアの拠点の株式を直接保有して並列の関係である場合も見受けられます。

なお国際税務の観点からは、法人税の減税を受けるにあたって、いわゆる「グローバル・ミニマム課税」※5の影響も留意が必要です。タイでは2025年度を目途にグローバル・ミニマム課税が適用される予定です。タイの基本法人税率は20%であることから、減税・免税恩典がない場合には、基本的に最低税率である15%を下回ることはなく、グローバル・ミニマム課税の影響はありません。ただしIBCの税務恩典により法人税率が3~8%に減税された場合にはタイ国の他のグループ会社と通算して15%を下回る可能性が出てきます。繰り返しになりますが、歳入局の恩恵は、IBC事業からの所得に対する法人税率の減税であることから、IBC事業以外の事業を行っている場合には、その事業に対しては基本法人税率20%が適用されます。IBC制度を利用している企業は、国際貿易事業(法人税恩典の対象外)やIBC事業以外の業務を行っていることが多く、また他のグループ会社がタイにあるケースも多いため、その会社全体あるいはタイの他のグループ会社と税金・所得を通算することで最低税率である15%を上回る可能性があります。

(2)タイに地域統括拠点を置く背景・動向

海外に展開する日本企業は、従来は日本本社の限られたリソースでグループ会社の管理を行っていましたが、グローバル情勢が急激に変化する現代では、海外のグループ会社を十分にコントロールすることが難しくなってきています。またその地域に応じてユーザーの趣味・嗜好も異なることから、企業戦略もその地域のニーズに応じたものに変化させていく必要があります。そのため東南アジアにおける地域統括拠点を設置し、そこに権限を委譲することで、迅速で柔軟な対応を目指す企業が増えています。もちろん他の東南アジアの国にもタイと同様に税務・非税務恩典を与えている地域統括拠点制度があるものの、最終的にタイに地域統括拠点を置くことを選択した会社も多く、その背景・動向について以下で考察します。

1つ目が、人材面等の優位性です。特に製造業においては他の国に比べて古くからタイに進出しているケースが多く、その分タイにおける会社の歴史が相対的に長いため、会社規模の拡大につながり、従業員の経験や能力も向上します。地域統括拠点を単に作るだけでは他の会社を管理することはできず、管理する能力を備えた人材が必要となります。適切な人材や会社規模の観点から、結果としてタイが地域統括拠点として選択されています。

2つ目は、日系企業の多さです。タイでは、外資規制の制限への対応や、日本本社の事業部制およびカンパニー制に沿って会社を設立する観点から、多くの日系企業が機能別・事業別に複数の会社を設立しています。また給与水準を区分する目的からも、複数の会社を設立する傾向にあります。このような理由から、タイにおける会社数が他の国の数よりも相対的に多くなり、多数の会社が活動しているタイで地域統括拠点の設立を選択するケースもあります。特に管理業務においては複数の会社が存在することによる重複も発生するため、集約を図るニーズが高まります。そして、日系企業が多く存在することから、日系企業同士での情報交換も緊密かつ容易に行うことが可能となります。日系企業の進出が特に盛んである自動車業界に注目すると、完成車メーカーは地域統括拠点をタイに設置していることが多く、そのサプライヤーである自動車部品メーカーもそれに追随して地域統括拠点をタイに設置するという流れが見られます。

3つ目が、コスト削減の観点です。近年では人件費・オフィス賃料等の高騰により、従来シンガポールにあった地域統括拠点をタイに移すケースも増えつつあります。これらの背景からタイにおいて地域統括拠点を設立する企業が徐々に増加しています。

ただし地域統括拠点として他のグループ会社も含めてコントロールすることになるため、日本本社を代替するだけの機能と人材を揃える必要があります。また、シンガポールやマレーシアに比べるとタイでは英語が通じにくいというデメリットも存在しています。あるいはタイ人に管理されることを敬遠する東南アジアの国も存在し、コントロールが円滑に進まないリスクも存在している点は留意が必要です。

4 おわりに

タイには特に製造業の日系企業が多く存在し、地域統括拠点の設置も増加傾向にあるため、再び同国のポテンシャルが注目されています。

本稿では東南アジアにおける地域統括拠点をテーマに取り上げましたが、各企業の事業戦略や展開にふさわしい国は異なるため、会社のビジョンに応じた国を選択する必要があります。そのため進出にあたっては事前に戦略を分析・検討することが推奨されます。

なお本稿で紹介したタイの制度は、社会環境の変化に即応してその内容が頻繁に改正されています。最新の情報や動向を注視し、各種制度の効果的な活用を検討していくことが望まれます。


※1 在タイ日本国大使館
https://www.th.emb-japan.go.jp/itpr_ja/136.html

※2 Board of Investment of Thailand「Foreign direct Investment statistics by region」
https://www.boi.go.th/index.php?page=statistics_oversea_invest

※3 外務省領事局政策課「海外在留邦人数調査統計」2023年10月1日
https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100436737.pdf

※4 タイ・国際ビジネスセンター(IBC)
https://www.boi.go.th/upload/content/IBC_JP.pdf

※5 年間総収入金額が7.5億ユーロ以上の多国籍企業を対象に、一定の適用除外を除く所得について各国ごとに最低税率15%以上の課税を確保する仕組みです。各国において15%を下回る場合には、最終親会社の最低税率が15%になるまで課税されます。


執筆者

PricewaterhouseCoopers ABAS Ltd.
マネージャー 武藤 慎也