PwCは2023年10月から11月にかけて、第27回世界CEO意識調査※1を実施しました。世界105カ国・地域の4,702名のCEO(うち日本のCEOは179名)から、世界経済の動向や、経営上のリスクとその対策などについて尋ねています。調査結果によると「現在のビジネスのやり方を継続した場合、10年後に自社が経済的に存続できない」と考える日本のCEOは64%(世界全体では45%)に達し、将来に対する危機感が極めて強くなっています(図表1)。
日本のCEOの回答から浮かび上がってくるのは、インフレおよび地政学的対立への強い懸念です(図表2)。今後12カ月間における経営上の強い懸念材料として、30%のCEOが「インフレ」を挙げています。また、「地政学的対立」も31%に及び、両項目に対する日本のCEOの懸念は米中や世界全体のCEOを大きく上回っています。
以上の調査結果からも示唆されるように、サステナブルな経営のためには、企業としてリスクマネジメントをどのように確実に実施するかがますます重要な要素となっており、小売消費財業界においては特に重点的に取り組むべきトピックとなっています。
本稿では、小売消費財業界におけるリスクマネジメントとして、(1)人権(2)AI活用(3)新規制対応(リース会計基準)の3つに焦点を当て、そのリスクや対応について紹介します。
なお、本文中の意見に係る部分は全て筆者個人の私見であり、PwC Japan有限責任監査法人および所属部門の正式見解でないことをあらかじめお断りします。
グローバル市場で競争力を維持し、かつ社会的責任を果たすための必然的な流れとして、世界中の企業はますます人権問題に焦点を当てています。国際連合の指針や国際労働機関の規定等が企業の行動を監視・指導しており、日本政府の対応※2は2020年から開始されている状況です。
また、企業は人権侵害防止への責任を負うため、英国の現代奴隷法や米国のサプライチェーン透明法(カリフォルニア州)、ウイグル強制労働防止法をはじめとして、多くの国でビジネスと人権に関する法律が制定されています。
このような、各ステークホルダーからの人権への対応要請や、法規制の厳格化、国別行動計画の策定等が進む中で、企業は自社のサプライチェーン全体における人権リスクの管理・対応力を強化することが求められています。小売消費財業界においては、商品の原材料や生産工程が多岐にわたることから、従来から人権リスクが重要視され、他業界に先立って日本企業でも取り組みが進められてきました。
人権侵害のリスクはビジネス的視点、法務視点、レピュテーション的視点、財務視点等広範囲にわたります(図表3)。企業は持続可能なビジネス運営のために、人権侵害がビジネスに及ぼすリスクを正確かつ網羅的に把握し理解する必要があります。
国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」※3で規定されている要求として以下の4つの項目があります(図表4)。
企業は、倫理的なビジネス実践を実現し、社会に対する責任を果たすため、上記の要求事項に対して、従業員のトレーニング、サプライチェーン全体の監視、リスク評価の実施等の具体的な取り組みが求められています。
先ほど述べたように、企業が人権に対する責任を果たすことは、持続可能なビジネス運営の重要な要素であり、社会的信頼を築く上で不可欠です。また、リスクマネジメントの活動とは切り離して、個別リスクとしての人権リスクの対応に取り組んできた企業は少なくありませんが、より効率的・効果的なリスク対応を見据え、企業全体のリスクマネジメント活動に取り込んだ上で一連の対応を検討することが期待されます。
小売消費財におけるAIの活用は、顧客体験の向上、商品のカスタマイズ、効率的な在庫管理など多くのメリットを提供します。一方で、小売消費財でのAI利用に関連した固有のリスクを以下に挙げます。
AIを使用して消費者の需要を予測し、在庫管理の最適化をすることが想定されます。しかし、予測が不正確である場合、過剰在庫や在庫不足につながり、売上機会の損失や顧客満足度の低下を招く可能性があります。
AIを利用して消費者の行動分析を行いパーソナライズすることで、適切な商品を推薦するなど、顧客体験を向上させることが想定されます。しかし、不適切な推薦をすることで、逆に顧客の混乱や不信感を招いたり、ブランドを毀損する可能性があります。また、パーソナライズの過程において、不適切なデータの取り扱いによりプライバシーを侵害することも同様の結果を招きます。
AIは、学習データに含まれるバイアス(偏り)を結果に反映する可能性があります。このため、商品の推薦や価格設定において不公平が生じる可能性があります。結果的に特定の消費者層を不当に差別する結果となる場合があります。
AIシステムの導入・運用には、高度な技術と専門性が必要になります。技術的および運用上の障害が多発すると、業務の中断やサービスの低下および中止につながり、収益に大きな悪影響を及ぼす可能性があります。
AI技術は日々進化しており、新たな課題やリスクも生じています。小売消費財の企業は、AIの活用にあたっての固有のリスクを認識し、以下に例示しているような適切なリスク管理策を包括的かつ継続的に講じることが重要です。
小売消費財企業が、AIを最大限に活用しながら、そのリスクを管理し、消費者の利便性を大きく向上させることが期待されます。
小売消費財業界として比較的影響が大きく対応の検討が必要とされる会計・財務トピックとして新リース会計基準案への対応があります。
新リース会計基準案は2023年5月に企業会計基準委員会(ASBJ)より公開草案が公表され、現時点で基準の最終化に向けて議論されています。なお、当初は2026年度からの適用が見込まれていましたが、2027年度以降に適用が延期されました。
当基準において、リースの借手の会計処理が現行から大きく変更(いずれもIFRSとおおむね整合)されます。
多店舗経営が多い小売消費財業界としては、従来はオフバランスされていたような賃借店舗が使用権資産として計上される可能性が高いことから、会計面・財務面だけでなくリース資産管理面でも影響が大きいと考えられます。
本稿では、新リース会計基準での検討のポイントとなるリースの識別およびリース期間について、小売消費財業界に当てはめながら解説します。
検討のポイントの1つ目のリースの識別については、法的にリース契約の形態ではなくても、リース定義を満たす場合、契約書名称にかかわらず、その契約はリースと判定されます。また、リース取引を一元管理していない場合、リースに該当する契約の調査が必要となります。
なお、小売消費財業界における店舗のリースは営業目的の側面が強く、契約の管理を営業部門が主体的に行っているケースも多くあります。そのようなケースでは関連部門間で密な連携をとれる体制の整備がより重要となります。
実際には、企業会計基準適用指針公開草案第73号「リースに関する会計基準の適用指針(案)」の設例に定められている判定チャートに沿って検討することになります(図表5)。
検討のポイントの2つ目のリース期間については、契約期間の延長が可能な契約の場合には、延長オプションの行使が合理的に確実かどうかの評価が必要になります。
リース期間の検討に際しては、以下の手順で行うことが考えられます。
手順 1:用途別分類にグルーピングし、検討対象グループを特定
手順 2:契約書で延長オプションの有無を確認
手順 3:延長オプションを考慮したリース期間を決定(決定は「合理的に確実な場合」)
手順 4:具体的な期間を決定
また、店舗の運営計画の見直しなどにより、事後的にリース期間の見直しが必要となるケースもよくあるため、継続的な検討が必要となります(図表6)。
現時点で基準は最終化されていないものの、リース管理面・業務プロセス・システムに影響を与える可能性も大きいため、早急な対応が必要になると考えられます。
本稿で述べてきたリスク対応に際しては、企業グループ全体の関係者を巻き込んだ上で、重複・抜け漏れのない対応を検討することが肝要となります。また、特にリスク特定・評価においては、役割が直近で大きく進化している社外取締役・監査役の巻き込みも重要な要素として考えられます。
また、各重要リスクの評価・対応に責任を持つリスクオーナーを明確に定めた上で、当該リスクオーナーに明確な役割を担ってもらうことが必要です。その際に、リスクマネジメントを担当する部署はあくまで全社としてリスクマネジメントシステムが円滑・効果的に機能することにコミットし、各リスクの内容に精通したリスクオーナーがリスク評価・対応自体にコミットすることが期待されます。
※1 PwC「第27回CEO意識調査(日本分析版)」
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/ceo-survey.html
※2 外務省「『ビジネスと人権』に関する行動計画(2020~2025)の策定について」
https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press4_008862.html
※3 国際連合広報センター「ビジネスと人権に関する指導原則:国際連合「保護、尊重及び救済」枠組実施のために(A/HRC/17/31)」2011年3月21日
https://www.unic.or.jp/texts_audiovisual/resolutions_reports/hr_council/ga_regular_session/3404/
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リスク・アシュアランス部
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