企業活動のグローバル化とともに、海外に進出する日本企業は年々増加しています。それに伴い、海外市場での株式上場(以下、グローバルIPO)を目指す日本企業も増加しつつあります。グローバルIPOにはメリットもありますが、一方で、言語の壁やその国の法律および規則に従った財務報告や情報開示への対応などの作業負担の増大といったデメリットもあります。このように、デメリットも決して小さくないにもかかわらず、一部の日本企業がグローバルIPOを目指すのは、事業上・財務上のメリットがデメリットを大きく上回ると認識しているためだと思われます。
本稿では、グローバルIPOの意義と主要な海外市場における上場基準の概要を紹介するとともに、近年、日本国内の株式上場において増加している海外市場からの資金調達方法であるグローバルオファリングや旧臨時報告書方式による資金調達の概要などについても併せて紹介します。
なお、本文中の意見に係る部分は全て筆者個人の私見であり、PwC Japan有限責任監査法人および所属部門の正式見解でないことをあらかじめお断りします。
近年、米国を中心に海外市場へ上場する日本企業が増えつつありますが、現地での事業展開を考えている場合、国内市場ではなく海外市場へ上場することには、主に以下のような意義が考えられます(米国上場をめぐる近年のトレンドや準備のポイントなどについては、本特集の論考「米国での上場」をご参照ください)。
アジアと米国を中心に、主要な海外市場における上場基準の概要を図表1~図表3にまとめます。
図表1:アジア主要市場における上場基準(抜粋)
シンガポール(SGX)本則市場 | 香港(HKEX)本則市場 | 韓国(KRX)本則市場 | 台湾(TWSE)本則市場※ | |
数値要件(利益の額または時価総額) | ①~③のいずれかを満たす ① 利益基準 ② 時価総額・利益基準 ③ 時価総額基準 |
①~③のいずれかを満たす ① 利益基準 ② 時価総額・収益基準 ③ 時価総額・収益・CF基準 |
①~⑤のいずれかを満たす ① 収益・利益基準 i. 直近事業年度の税引前純利益30億ウォン以上、かつ、直近3事業年度の合計が60億ウォン以上 ② 時価総額・収益基準 ③ 時価総額・利益基準 ④ 時価総額・自己資本基準 ⑤ 時価総額基準 |
以下の各項目を満たす
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※台湾証券取引所(TWSE)の上場基準は、一般事業会社についての基準を記載。
出所:シンガポール証券取引所ウェブサイト「Mainboard Rules」、香港証券取引所ウェブサイト「Main Board Listing Rules」、韓国取引所ウェブサイト「Regulations」、台湾証券取引所ウェブサイト「外国企業の台湾での上場」(いずれも2024年4月現在)
図表2:米国主要市場(NYSE)における上場基準(抜粋)
利益基準・キャッシュフロー基準・時価総額基準の3基準のうちいずれか1つを全て満たす必要があります。
利益基準 | キャッシュフロー基準 | 時価総額基準 | |
調整後税引前利益 | 過去3事業年度の総計が1億米ドルまたは直近2事業年度2,500万米ドル | − | − |
調整後キャッシュフロー | − | 過去3事業年度の総計が1億米ドルまたは直近2事業年度2,500万米ドル | − |
グローバル時価総額 | − | 5億米ドル | 7.5億米ドル |
売上高 | − | 1億米ドル (直近12カ月間) |
7,500万米ドル (直近12カ月間) |
事業継続年数 | − | − | − |
以下に示した基準を全て満たす必要があります。
関連会社 | その他 | |
株主数 | 5,000(ワールドワイド) | 5,000(ワールドワイド) |
公開株式数 | 250万(ワールドワイド) | 250万(ワールドワイド) |
公開株式時価 | 6,000万米ドル(ワールドワイド) | 1億米ドル(ワールドワイド) |
最低株価 | 4.00米ドル | 4.00米ドル |
出所:NYSEウェブサイト「Initial Listing Standards」(2024年4月現在)
図表3:米国主要市場(Nasdaq Capital Market)における上場基準(抜粋)
資本基準・時価総額基準・利益基準の3基準のうちいずれか1つを全て満たす必要があります。
資本基準 | 時価総額基準 | 利益基準 | |
株主資本 | 500万米ドル | 400万米ドル | 400万米ドル |
流通株式時価総額 | 1,500万米ドル | 1,500万米ドル | 500万米ドル |
事業継続年数 | 2年 | − | − |
時価総額 | − | 5,000万米ドル | − |
事業継続税引前利益(直近事業年度または過去3事業年度のうちの2事業年度) | − | − | 75万米ドル |
流通株式数 | 100万株 | 100万株 | 100万株 |
株主数 | 300 | 300 | 300 |
マーケットメーカー | 3 | 3 | 3 |
買値または終値 | 4米ドルまたは3米ドル | 4米ドルまたは2米ドル | 4米ドルまたは3米ドル |
出所:Nasdaqウェブサイト「Initial Listing Guide」(2024年1月時点)
ここまでは日本企業が海外市場で上場するグローバルIPOについて紹介してきましたが、次に、日本国内での上場の際に国内市場だけでなく海外市場からも資金を調達する方法について紹介します。
近年の日本のIPOにおいては、国内市場のみならず海外投資家からも資金を調達する企業が増えています。株式、債券などの有価証券の募集および売出しを国内市場だけでなく海外の機関投資家向けにも行うことを、一般的にグローバルオファリングといいます。発行会社が日本企業の場合、グローバルオファリングは日本国内と同時に、主として米国、ユーロ圏、アジアにおいて行われる有価証券の募集および売出しを意味します。また基本的に、有価証券を海外の各国市場において上場することはせず、適格機関投資家(Qualified Institutional Buyers:QIBs)に対してのみ募集を行う「私募」の形を取り、開示やその他の手続における各市場での規制当局の積極的な規制に服さない形で行います。なお、私募の際に開示等を省略できるという意味での消極的な規制として、米国内に係る「Rule 144A」と米国外(かつ日本国外)に係る「Regulation S」があり、グローバルオファリングは一般に、募集地域に応じてこれらの規制に準拠して行われます。
一般的に、グローバルオファリングは国内市場だけでは株式が販売しきれない大型の上場であり、また海外投資家による評価が高いと想定される場合に行われます。影響力の大きい欧米の機関投資家をターゲットとすることにより、国内の市場だけではなく海外においても同時期にオファリングを行うことができ、自社株式に対する需要の極大化を図ることができるというメリットがあります。
一方でグローバルオファリングでは、発行体として一般に数百ページにわたる英文目論見書のために財務諸表・業績分析等を含むさまざまな英文開示の作成が必要となるだけでなく、引受証券会社がリードするさまざまなデューデリジェンスの手続を実行しながら、限られた日程の中で海外ロードショーを行わなければならず、国内市場でのIPOに加えた追加コストや負担を要することになります。ただし、上述の通りグローバルオファリングは適格機関投資家のみに対する私募であるため、財務報告・開示やデューデリジェンス等の各種手続や対応は、海外市場での株式上場に比べるとかなり簡便なもので済ませることができ、準備期間も海外上場よりははるかに短く、通常、半年以内で完了します。
グローバルオファリングを実施するための実務的側面に簡単に触れると、まず追加コストについては、次のような項目が必要となります。
また、グローバルオファリングを進める実務上の時間軸・スケジュールについては、国内市場での上場プロセスと並行して行われ、次のようなスケジュールで実施されることが多いと考えられます。
このように、グローバルオファリングには追加の外部コストや工数・時間が必要となります。また海外の機関投資家は募集および売出しに一定額以上のサイズがなければ投資対象としない傾向があり、それを裏付ける事業の将来性を訴求したエクイティストーリーや、資金使途を明確化し開示していく必要があります。当然、資金調達・資本政策上の大きなメリットも期待できますが、諸要因を十分検討し、意思決定を行いながら進めていくことが重要となります。
日本国内の上場に際して、海外投資家から資金を調達する手法として、グローバルオファリングとは別の方法を選択する企業も増えています。一般的に、日本国内における金融商品取引法などの規制に基づいて海外投資家に自社株式を販売する方式は「旧臨時報告書方式」(以下、旧臨報方式)と呼ばれています。この方式では英文目論見書を使わずにオファリングを行うことになりますが、グローバルオファリングと比較すると、上場審査と並行して英文目論見書の作成にかける追加コストや社内リソースに負担をかけられない場合でも、海外投資家へ向けてオファリングができるというメリットがあります。一方で、和文目論見書による投資判断が可能な海外投資家を対象としているので、グローバルオファリングと比較すると、自社株式に対する需要が限定的になる可能性があります。
本稿では、グローバルIPOの意義や主要な海外市場における上場基準の概要と、日本国内での上場の際に海外から資金を調達する方法であるグローバルオファリングや旧臨報方式について紹介しました。グローバルIPOは、資金調達機会の増加や海外での知名度向上といった多くのメリットをもたらす一方で、「はじめに」でも述べたように少なからずデメリットもあります。また、グローバルオファリングや旧臨報方式による資金調達についてもそれぞれメリットとデメリットがあります。そのため、海外からの資金調達に際しては本稿で紹介した3つの方法(グローバルIPO、グローバルオファリングおよび旧臨報方式)を十分に比較考量する必要があります。
PwC Japan有限責任監査法人
財務報告アドバイザリー部
マネージャー 濵野 陽平