上場を目指す以前の会社は、多くの場合、税務申告目的の決算書は作成しているものの、一般に公正妥当と認められた会計処理を行っていません。その場合、次の事項への対応が必要になります。
これまで日本においては、企業会計原則において「売上高は、実現主義の原則に従い、商品等の販売又は役務の給付によって実現したものに限る」とされているものの、収益認識に関する包括的な会計基準は開発されていませんでした。そこで、国内外の企業間における財務諸表の比較可能性の観点から、「収益認識に関する会計基準」(企業会計基準第29号)が開発され、2021年4月1日以後開始する連結会計年度および事業年度の期首から強制適用となっています。
同基準の基本となる原則として、約束した財またはサービスの顧客への移転を当該財またはサービスと交換に企業が権利を得ると見込む対価の額で記録するように、収益を認識することが求められています。基本となる原則に従って収益を認識するためには、(1)顧客との契約を識別する(2)契約における履行義務を識別する(3)取引価格を算定する(4)契約における履行義務に取引価格を配分する(5)履行義務を充足した時にまたは充足するにつれて収益を認識する、といった5つのステップを適用することが必要になります。
会計上、受取手形、売掛金、貸付金その他の債権の貸借対照表計上額は、取得価額から貸倒見積高に基づいて算定された貸倒引当金を控除した金額とすることが定められています。従って、各債権について貸倒の金額を見積もるためには、入金の遅延や、滞留している債権を把握すると同時に、これらの債務者の財政状態および経営成績を把握する必要があります。
なお、貸倒引当金は、債権全体または同種・同類の債権ごとに、債権の状況に応じて求めた過去の貸倒実績率をはじめとする合理的な基準により算定することとなります。
退職給付とは、退職一時金や、退職年金といった従業員の退職に伴って支給される退職金を意味します。企業にとって退職給付は従業員に対する債務です。従業員の勤務期間が長くなるほど、退職給付の支払額は大きくなります。会計上、このような実態を毎期の貸借対照表および損益計算書に適切に反映させる必要がありますが、退職給付は実際の支払額が確定するまでに時間がかかるとともに、退職のタイミング、将来の金利動向などを正確に予測することはできないため、毎期の負担額を完全に正確に把握することは実務上不可能です。
そこで、毎期の負担額を合理的に見積もるために、退職給付会計に関する会計基準が定められており、貸借対照表には、退職により見込まれる退職給付の総額のうち、期末までに発生していると認められる額を割引計算により算出した退職給付債務から年金資産などの金額を控除した金額を退職給付引当金として計上します。また、損益計算書には、労働の対価として当期に発生した費用(勤務費用)に退職給付債務から当期に発生した計算上の利息(利息費用)を加えた額から、年金資産の運用から生じた収益(期待運用収益)を控除した額を退職給付費用として計上します。
資産除去債務とは、有形固定資産の取得、建設、開発または通常の使用によって生じ、当該有形固定資産の除去に関して法令または契約で要求される法律上の義務およびそれに準ずるものをいいます。
資産除去債務は、有形固定資産の取得、建設、開発または通常の使用によって発生した時に、当該資産を除去する際に生じる見積費用を割引計算により算出した金額を負債として計上し、同額を関連する有形固定資産の帳簿価額に加えます。
負債として計上された資産除去債務は、時の経過による資産除去債務の調整額(資産除去債務に割引率を乗じた金額)を毎期費用として処理し、資産除去債務と同額計上された有形固定資産は、その耐用年数にわたり減価償却により各期に費用配分します。
税効果会計とは、会計上の利益に見合った税金費用が計上されるように企業会計と税務会計の違いを調整し、適切に期間配分する手続きをいいます。
具体的には企業会計上の資産または負債の額と、税務上の資産または負債の額に相違(一時差異)がある場合に、当該一時差異金額に対して実効税率を乗じて算定した金額を繰延税金資産、または繰延税金負債として計上します。
企業グループが複数の企業から構成される企業集団である場合には、当該企業グループの財政状態、経営成績などを総合的に表示するため、連結財務諸表の作成が求められます。
連結貸借対照表は、親会社および子会社の個別貸借対照表における資産、負債および純資産の金額を基礎とし、子会社の資産および負債の評価、連結会社相互間の投資と資本および債権と債務の相殺消去などの処理を行うことで作成します。
連結損益計算書は、親会社および子会社の個別損益計算書などにおける収益、費用などの金額を基礎とし、連結会社相互間の取引高を相殺消去したり、未実現損益を消去したりするなどの処理を行うことで作成します。
2013年10月28日に内閣府令第70号「連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則等の一部を改正する内閣府令」などが公布されたことにより、IFRSに基づく連結財務諸表による新規上場も可能となりました。
IFRSは、2005年よりEU域内の上場企業の連結財務諸表にIFRSが強制適用されたことに伴って急速に世界に広まりました。IFRSへのコンバージェンス、IFRSの採用の動きが起こっており、日本企業の適用も拡大しています。
IFRSによる財務諸表に則って上場する場合、通常、直前年度の財務諸表に1年分の比較情報を加え、上場直前2期間の財務諸表を開示しますが、従前の会計基準からIFRSへの移行に際して財政状態、経営成績およびキャッシュ・フローにどのような影響が生じたかが明確になるように、IFRS移行日現在の調整表を開示することも必要となります。
調整表の具体的な形式は定められていませんが、IFRS適用企業の多くは財政状態計算書および包括利益計算書の表示項目ごとに調整金額および調整内容を開示しています。
IFRSを適用して上場する企業の多くは、IFRS適用初年度を上場直前々期とし、IFRS移行日は直前々期期首とします。
この場合、上場申請書類上、調整表も開示することになりますが、移行日を直前々期期首より前とした場合には、こうした調整表の開示が不要になる可能性があります。
このため、IFRSの初度適用を上場直前々期より前の期とすることができるかどうかが問題となります。
2010年6月17日に金融庁が公表した「IFRS(国際会計基準)の任意適用及び初度適用について」に記載されている内容を勘案すると、IFRS移行日以後作成する(IFRSに基づく)財務諸表については、会計監査人による監査を受け、当該財務諸表を事業年度終了後、合理的な時期に公表することが求められます。
従って、IFRS初度適用を直前々期より前とするには個別事情を関係者とともに慎重に検討する必要があります。
初度適用時には、全てのIFRSを遡及的に適用することを原則としつつ、利用者の便益を上回るような過大なコストの負担を企業に強いることなく作成する観点から、いくつかの例外規定が設けられています。
IFRSを初めて適用する企業は、IFRS3号企業結合をIFRSへの移行日前の過去の企業結合に遡及適用しないことを選択することができます。
有形固定資産の取得時に遡及して減価償却を行う際の負担を考慮し、IFRSへの移行日現在の公正価値を測定し、その金額をみなし原価として使用することを選択することができます。
また、上記の他、株式報酬取引、為替換算調整勘定、複合金融商品などについて、IFRSを遡及的に適用することが免除されています。