上場により株主構成は大きく変化することになりますが、上場準備の段階から将来想定される株主構成を意識した資本政策を検討することが求められます。また、資本政策の選択肢やスキームは多岐にわたるため、株主間での調整のみならず、主幹事証券会社、メインバンクなどとの協調も重要です。一般的に資本政策立案時には特に以下の事項に留意する必要があります。
事業計画上、成長戦略達成のため、上場までに必要な資金および上場後に必要となる資金を資金計画として立案し、利益計画、設備投資計画、人員計画などとの整合性に留意することが重要です。
上場する取引所が定める形式要件への充足に加えて、基準事業年度の末日の2年前の日から上場日の前日までの株式の移動、第三者割当増資などに係る開示義務、基準事業年度の末日の1年前の日以後の第三者割当増資などの継続保有義務について留意しなければなりません。
上場後も安定的な経営活動に賛同する株主による一定の議決権を確保するため、役員、従業員、取引先、金融機関、ベンチャーキャピタルなどへ付与する株式のバランスを配慮することが必要です。
特に公平性に留意することが重要です。また、あまりに多くの株式を役員および従業員に割り当てた場合、早期の退任・退職を誘発する可能性があるため、注意が必要です。
各取引所からは、投資単位を100株1単位として、1単位の水準を50万円未満とするよう要請があることに留意しなければなりません。
新規上場に伴い、募集・売出しが行われることが一般的です。募集のみ、または売出しのみを行うこともできますが(市場によっては一定規模の募集が必須)、多くの場合、募集と売出しを同時に実施します。
募集も売出しも、不特定多数の投資家に対し企業の株式を取得する機会を与える点は同じですが、以下の点が異なります。
募集とは、不特定かつ50人以上の投資家に対し、新たに発行される有価証券の取得の申し込みを勧誘することをいいます(金融商品取引法第2条第3項)。募集により、不特定多数の投資家に新株を発行し、それに対応する金銭の払い込みを受けます。このため、主に企業の資金調達のために行われます。
売出しとは、既に発行された有価証券の売付けの申し込み、またはその買付けの申し込みの勧誘のうち、50人以上の投資家に対して行うことをいいます(金融商品取引法第2条第4項)。売出しは、通常、大株主や役員などの既存株主の株式を不特定多数の投資家に向けて販売するため、対価となる資金は既存株主のものとなります。
公開価格とは、証券会社が引き受けた新規上場株式を投資家に販売する時の株価を指しますが、(1)想定発行価格の決定、(2)仮条件の決定、(3)公開価格の決定という3つの段階を経て決まります。
近年の日本のIPOにおいては、国内市場のみならず海外投資家からも資金を調達する企業が増えています。株式、債券などの有価証券の募集および売出しを国内市場だけでなく海外の機関投資家向けにも行うことを、一般的にグローバルオファリングといいます。発行会社が日本企業の場合、グローバルオファリングは日本国内と同時に、主として米国、ユーロ圏、アジアにおいて行われる有価証券の募集および売出しを意味します。また基本的に、有価証券を海外の各国市場において上場することはせず、適格機関投資家(Qualified Institutional Buyers:QIBs)に対してのみ募集を行う「私募」の形を取り、開示やその他の手続における各市場での規制当局の積極的な規制に服さない形で行います。なお、私募の際に開示等を省略できるという意味での消極的な規制として、米国内に係る「Rule 144A」と米国外(かつ日本国外)に係る「Regulation S」があり、グローバルオファリングは一般に、募集地域に応じてこれらの規制に準拠して行われます。
一般的に、グローバルオファリングは国内市場だけでは株式が販売しきれない大型の上場であり、また海外投資家による評価が高いと想定される場合に行われます。影響力の大きい欧米の機関投資家をターゲットとすることにより、国内の市場だけではなく海外においても同時期にオファリングを行うことができ、自社株式に対する需要の極大化を図ることができるというメリットがあります。
一方でグローバルオファリングでは、発行体として一般に数百ページにわたる英文目論見書のために財務諸表・業績分析等を含むさまざまな英文開示の作成が必要となるだけでなく、引受証券会社がリードするさまざまなデューデリジェンスの手続を実行しながら、限られた日程の中で海外ロードショーを行わなければならず、国内市場でのIPOに加えた追加コストや負担を要することになります。ただし、上述の通りグローバルオファリングは適格機関投資家のみに対する私募であるため、財務報告・開示やデューデリジェンス等の各種手続や対応は、海外市場での株式上場に比べるとかなり簡便なもので済ませることができ、準備期間も海外上場よりははるかに短く、通常、半年以内で完了します。
グローバルオファリングを実施するための実務的側面に簡単に触れると、まず追加コストについては、次のような項目が必要となります。
また、グローバルオファリングを進める実務上の時間軸・スケジュールについては、国内市場での上場プロセスと並行して行われ、次のようなスケジュールで実施されることが多いと考えられます。
このように、グローバルオファリングには追加の外部コストや工数・時間が必要となります。また海外の機関投資家は募集および売出しに一定額以上のサイズがなければ投資対象としない傾向があり、それを裏付ける事業の将来性を訴求したエクイティストーリーや、資金使途を明確化し開示していく必要があります。当然、資金調達・資本政策上の大きなメリットも期待できますが、諸要因を十分検討し、意思決定を行いながら進めていくことが重要となります。
日本国内の上場に際して、海外投資家から資金を調達する手法として、グローバルオファリングとは別の方法を選択する企業も増えています。一般的に、日本国内における金融商品取引法などの規制に基づいて海外投資家に自社株式を販売する方式は「旧臨時報告書方式」(以下、「旧臨報方式」)と言われます。旧臨報方式では、英文目論見書を使わずにオファリングを行うことになりますが、グローバルオファリングと比較すると、一般的には上場審査と並行して英文目論見書の作成にかける追加コストや社内リソースに負担をかけられない場合でも、海外投資家へ向けてオファリングができるというメリットがあります。一方で、和文目論見書による投資判断が可能な海外投資家を対象としているので、グローバルオファリングと比較すると、自社株式に対する需要が限定的になる可能性があります。