会社によって実際には異なりますが、典型的なIPO準備のプロセスを図示すると次のようになります。
通常、上場のための課題調査(予備調査、短期調査やショートレビューなどとも言われます)によって上場へ向けて解決するべき課題およびその解決のためのアクションプランを策定することからスタートし、上場申請会社、主幹事証券会社、監査法人がそれぞれの役割を果たしつつ、協力しながらIPO準備を進めていきます。
解決すべき課題は多岐にわたるため、規程の整備やJ-SOX対応など上場申請会社の社内リソースのみでは対応しきれない場合は作業の一部を切り出し、外部のコンサルティング会社などに委託して準備を進めるケースもあります。複数の委託先が関与することもありますが、その場合であっても、作業の結果生じた成果物の品質や意思決定の責任は上場申請会社が負うべきものであるため、委託先の作業品質や期日をきちんとグリップすることが重要です。
IPOへ向けて特に重要となる課題は会社によって異なりますが、一般的には次のような事項に留意が必要です。
経営戦略の策定方法や経営理念、行動規範、経営目標などの位置付けおよび定義は会社ごとに異なりますが、それらに一貫性があることが重要であり、投資家、証券アナリストなどに明確に説明できるように準備しておくことが求められます。
上場企業として企業経営の健全性を確保するためには、コーポレートガバナンスが有効に機能するような体制を整備しなければなりません。絶えず経営陣を動機付け、監視し、評価する仕組みをどのように設けるかが課題となります。
会社の最高意思決定機関である株主総会は極めて重要です。株主総会の運営は、会社法に定められた手続きに準拠して実施することになりますが、総会の開催にあたっては、証券会社、証券代行業者(信託銀行や専門会社)などのアドバイスを受けながら入念に準備を行うことが必要となります。
取締役および取締役会については、取締役の監督機能の実効性について厳格な審査が行われます。上場申請会社は個々の取締役の経歴、報酬の妥当性、役員数の妥当性を説明できるだけでなく、退職役員が競業に関与していないか、さらには次世代の役員候補が育成されているかなども考慮する必要があります。
監査役については、上場直前期には1名以上の常勤監査役を選任するとともに、上場時には監査役の半数以上を社外監査役として、監査役会を設置することが求められます。また、監査役による監査の実施過程を文書化し、監査計画、監査調書などを整備しなければなりません。
資本政策については、将来の株主構成を念頭において、上場準備の段階から周到に準備を進めることが必要です。多額の資金調達と持株比率の維持(経営権の確保)という、相反する2つの目的をどのように調整するかが課題となります。
経営計画は、経営戦略を効果的かつ効率的に実行するためのツールとして有用です。上場審査では通常、3年程度の期間について策定される中期経営計画・利益計画について調査されます。利益計画の策定にあたっては、毎年度最新の環境変化などの情報を織り込んで計画を更新するローリング方式を採用することが望ましく、この中期経営計画から有機的に予算編成につなげることが重要です。
利益計画は作成するだけでなく、予実管理を行うことが必要です。また利益計画を作成するにあたっては、経常利益予算だけではなく、当期純利益予算まで作成するとともに、貸借対照表予算およびキャッシュ・フロー予算を作成することまで求められる可能性があることに留意しておかなければなりません。
上場審査の過程において、関連当事者等と取引がある場合、取引および取引金額の合理性や、取締役会の承認など社内の意思決定プロセスの妥当性が審査対象となるため、資料を用意するとともに説明できるように準備しておくことが必要です。
コンプライアンスとは、法令を遵守することを意味するだけではなく、リスクを回避するために守るべき社内管理規程や、高い企業倫理に基づいた判断を行うための行動規準を整備し、それらを遵守することも意味します。
上場審査に際しては、反社会的勢力と関係ないことが厳しく審査されます。反社会的勢力の排除について社内規程で明確に定めるとともに、全社にコンプライアンス態勢を浸透させることが必要です。
また、労務管理に関する審査が厳格化している傾向があり、いわゆる名ばかり管理職やサービス残業などは特に問題視されます。労働基準法をはじめ、労働安全衛生法などの遵守について特に留意しておくことが必要です。
上場後は直ちにJ-SOX対応が必要となりますが、一般的にITに関連する体制整備には比較的時間を要します。そのため、ITに関する課題については、事前によく検討するとともに、早めの対応を図ることがコストの面からも有利に働きます。
上場審査に際しては、諸規程の整備・運用状況が具体的な経営活動と関連する形で確認され、一定期間の運用実績があることが必要とされます。必要な規程が整備されていない場合は、早急に整備することが必要です。また、既に作成済みのものについても、実態と乖離していないか、内部監査などを通じて早い段階で検証することが望まれます。
上場後は、一般投資家に対しての適時開示が要請されます。開示書類を作成するための会計方針を網羅的に明文化し、上場準備の過程で会計マニュアルなどを整備する必要があります。会計方針の決定にあたっては、取締役会の承認を得ることになりますが、会計基準などの改正があった場合には適時に対応しなければなりません。決算業務については、内部牽制機能を有する業務処理プロセスを網羅的に構築するとともに、スケジュールおよび作成責任者を明確にし、文書化することも重要です。
また、特にベンチャー企業においては、一般的に経理体制が脆弱なケースが多く、なるべく早い段階から人材の確保にめどを付けることが重要です。
通常、IPO準備は予備調査からスタートします。予備調査は、上場を目指すにあたり今後検討・解決しなければならない課題の把握が主な目的になります。
証券会社が同種の調査を行うこともありますが、監査を円滑に開始する観点から、予備調査は監査法人に委託するケースが多く、ベンチャーキャピタルが投資の判断資料の1つとして利用する、あるいは主幹事(候補の)証券会社が会社の現状把握や上場可能性について検討を行うために用いることや、将来上場を考えている経営者が自ら上場のための課題を把握するために予備調査を利用することもあります。
実際にIPOプロジェクトをどのように管理遂行していくのが適切かは、会社の規模、事業の複雑さ、IPOへ向けての課題の特性、組織体制などによって異なり、さらにプロジェクトの進行段階によって変化します。
どのプロジェクトにも共通することですが、どのような課題をいつまでに、どのような方向性で解決し、誰が担当するのかを定めるとともに、プロジェクト全般を誰がオーナーシップを持って取りまとめるのかを明確にすることが重要です。
また、状況変化に対して、さまざまな方面への影響に配慮しながら、柔軟な対応を図ることが求められます。
IPOへ向けて経営管理体制を整備するにあたっては、グループ会社全般にわたる予算編成、予算実績管理、職務分掌の見直しなどを行うと同時に、限られた時間の中で膨大な資料を収集・作成しなければなりません。また、取引所、主幹事証券会社、監査法人など、IPOに関連する多くの外部関係者と適宜情報共有しながらIPO準備を進めていくこととなります。このため、実際にIPO準備を進める際には、「上場準備室」などの名称を付したプロジェクトチームを作ることが一般的です。
IPOプロジェクトチームの体制は、上場申請直前期末からさかのぼって2~3年前までに社長、管理担当取締役、実務担当予定者を中心としてチームを立ち上げることが一般的であり、準備が進む中で必要に応じてメンバーを増員していきます。
上場準備は組織横断的に進める必要があるため、多くの場合、プロジェクトオーナーを社長、プロジェクトリーダーを管理担当役員、プロジェクトマネージャーを担当部長が務め、その他に数名のスタッフをメンバーとします。グロース市場をターゲットとするベンチャー企業の場合には、全てのメンバーを専属とすることは人員数の制約から難しいため、兼務としているケースも散見されます。
IPO準備は、広範囲にわたる業務を多くの関係者とともに、限られた時間、人員で進めていくこととなります。このため、IPOプロジェクト全般を実務的に統括するプロジェクトリーダーは、極めて重要な役割を担うことになります。IPO準備を円滑に進められるかどうかは、プロジェクトリーダーの手腕にかかっているといっても過言ではありません。プロジェクトリーダーに求められる資質は、進捗管理を含むプロジェクト遂行能力につきますが、次のような事項が重要と考えます。
(1)社内諸事情に通じていること
社内の業務処理の流れ、組織風土、社内の人脈に通じていることで、社内の情報収集や社内への伝達を円滑に行うことができます。
(2)数値分析能力、文章力、説明能力に長けていること
上場申請書類の作成や取引所、主幹事証券会社からの質問に対応するには不可欠の能力です。
(3)人望があり調整能力が高いこと
新たに諸規程やガイドラインを作成し、それらの周知徹底を円滑に進めるためには、極めて重要な能力です。
(4)体力に問題がないこと
短期間のうちに膨大な資料を作成することに加え、いくつものタスクを同時並行で進めていく必要があるため、プロジェクトリーダーには体力的にかなりの負荷がかかります。
IPOへ向けてのさまざまな課題を解決するためには、どのようなタスクがあり、そうしたタスクがどのような要素・小タスクで構成され、それらをどのようなスケジュールで誰が主担当となって対応していくのかを明確にすることが重要です。
タスクを管理するにあたっては「課題管理表」を作成し、小タスク単位で担当者を指名することが効果的です。指名された担当者は、課されたタスクを責任を持って実行し、プロジェクトリーダーは「課題管理表」をもとに担当者に進捗状況を報告させ、期日管理を行います。
プロジェクトを遂行する過程で、当初予測できなかった事象が発生した場合などには、従前の計画を変更する必要が生じます。こうした状況に柔軟に対応するため、できるだけ早い段階で情報を入手し、関係者と対応策を検討する体制を整えておくことが重要です。
そのためには、定期的な進捗会議をあらかじめ設定しておくことが有用です。会議の参加メンバー、開催頻度などは、プロジェクトの規模、解決すべき課題の複雑さ、IPOに向けての進捗段階などにより異なりますが、一般的には、準備プロセスに意思決定権を持つマネジメントおよび各タスクの責任者を参加者として、隔週または月次で開催することが理想的です。