2022-05-02
テクノロジーの最前線を紹介していくにあたり、まずは テック人材の活用における課題について、解説します。ここで言うテック人材とは、ソフトウェアエンジニア、デザイナー、データ分析担当者(データサイエンティストなど)などを含むIT関連従事者を指しますが、本稿では特にデータを取り扱うテック人材に焦点を当てます。
昨今、デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進やアフターコロナにおける生存競争などにより、多くの企業やプロフェッショナルファームなどにおいてテック人材の獲得競争が加熱しており、高い需要に対して供給が追いついていない状況が見られます。そのため、他の職種と比較してテック人材の給与水準は大幅に上がっており、フレキシブルな給与規定が設けられていない企業にとっては採用自体が困難なものになっています。
また、採用においても人事部門でテック人材のスキルや経験を適切に評価できなかったり、テック人材を紹介するエージェント側においても紹介する人材を詳細にわたって把握できていなかったりすることから、採用した後に大きなミスマッチがあることに気づく場合が少なからずあります。企業・人材双方のためにもそのような状況を可能な限り避けるには、まずテック人材についての理解を深めることが重要です。
DX推進やビッグデータの解析、AIが実装されたソリューション開発などデータ活用やAIのスペシャリストであるテック人材といえばデータサイエンティストが挙げられますが、データサイエンティストはテック人材の中でも特に不足しています。また、データサイエンティストを名乗るための明確な基準がないため、多くの「自称データサイエンティスト」が存在します。そのため、自称データサイエンティストの実際の知識、スキル、経験などの検証ができないまま採用してしまうと、企業側が期待していたレベルの業務と採用した人材のスキルとの間に大きなギャップがあることが後に判明し、せっかく高い費用をかけて採用した人材を持て余してしまうことにつながります。業務で表計算ソフトやBIツールを使ったデータの分析経験がある、またはデータベースのスクリプトが書けるというだけではデータサイエンティストを名乗るのに十分ではないことを、採用する側も応募する側も明確に理解しておく必要があります。
データを取り扱う職種は、データアナリスト、データエンジニア、データサイエンティストの3つに整理されています。これら3つの職種については多くの類似点があるものの、それぞれの職種の主な役割および必要なスキル、学歴・専攻などは異なります。以下ではこうした違いについて解説します。
データを取り扱う職種としてはエントリーレベルとして位置付けられており、主な役割は収集したデータを分析することによりトレンドなどを見いだし、経営陣が戦略的な決定をするのを助けるための情報を提供することです。主に統計モデルを分析手法とし、これにより課題の答えを導き出して、問題解決のサポートを行います。収集したデータに対し、データベース言語や分析ツールを駆使してクリーニングを行い、BIツールで可視化し、分析結果を報告します。学歴としては、4年制大学を卒業していることが最低限のレベルとして求められることが多く、特に重要なのは数学または統計学を専攻していることです。
データエンジニアはデータアナリストがレベルアップしたポジションとしても認識されており、データアナリストが持つ分析技術に加えて強力なITスキル(開発スキル)を持つ人材を指します。データエンジニアのほとんどは修士号以上の学歴を有しており、主に数学、統計学、コンピューターサイエンスを専攻しています。データアナリストとの主な違いには、データアナリストがマニュアルで実施していたETL(抽出、変換、読み込み)オペレーションを自動化するほか、ETLオペレーションを経たデータを蓄積するためのデータウェアハウスの構築管理を行うことなどが挙げられます。
データサイエンティストはデータ・モデリング・プロセス、アルゴリズム、プレディクティブモデルなどの開発が主な役割であり、分析ツールの開発、分析プロセスの自動化、データフレームワークの開発などに多くの時間を費やします。データアナリストとの主な違いには、データアナリストは既存のデータを分析するというルーティンの分析が主な役割であるのに対し、データサイエンティストは新たなデータの抽出方法、分析方法、ツールの開発により、さらに複雑な問題の解決などを図るサポートを行うことが挙げられます。
これに加え、データサイエンティストは経済学やファイナンスなどを含む深いビジネスの知識を有し、データとビジネスとのより深い因果関係を探り出すことが求められます。また、分析を行うだけでなくビジネス側や経営陣とのコミュニケーションも必要となることから、コンサルティングやプレゼンテーションにおいても高いスキルが要求されます。データサイエンティストのほとんどは数学、統計学、コンピューターサイエンス、経済学、ファイナンス専攻で、修士号または博士号を保有していることが特徴です。
このように、データを取り扱う職種においてキャリアを構築するには、企業内のローテーションで得られた経験やデータ分析の知識・スキルだけでは十分とは言えず、数学、統計学、コンピューターサイエンス、経済学、ファイナンスなどの特定分野において修士以上の高度な教育を受け、アカデミックな理論についても精通している必要があります。これらのデータ業務に関連するテック人材を採用する側の企業の担当と、人材を紹介するエージェント側の両者が、上述のような人材の特徴を理解していれば、採用後に発覚する大きなミスマッチを避けることが可能となります。さらに、採用する人材のスキルや知識のレベルを評価するための基準を設けることで、想定通りの人材を採用できる可能性が上がると考えられます。
テック人材を採用した後にも、人材の維持に大きな課題が存在します。人材の維持は短期間で決まる採用と違い長期間にわたって取り組む必要があるため、採用以上に困難を伴うでしょう。
冒頭で述べた通り、テック人材は供給が不足していることから、他の職種と比較すると報酬のレベルが大幅に上がっています。加えて、テック人材は常に新しいことを学び成長したい、チャレンジングで新しく学びの多いプロジェクトに関わっていたいと考える傾向が強く、これらが満たされないとすぐに転職してしまうこともあり得ます。自身の成長につながらない環境に置かれると、報酬の額に関わりなく、より成長できる職場へと移ってしまう人も多くいます。
良い人材が採用できたとしても、長期間にわたって維持することができなければプロジェクトを進めることが困難になってしまいます。したがって、テック人材を採用する企業側は採用以上に人材の維持に多くの労力を費やす必要があります。テック人材を採用する意義、立ち上げるプロジェクト、テック人材の果たす役割など、採用する企業側は従来とは全く違うレベルで人材の維持について考えなければならないのです。
テック人材を採用し維持していくことは、多くの企業にとってアフターコロナの困難な状況を生き抜いていく上で必要不可欠な条件の一つと言っても過言ではありません。テック人材が活躍できるかどうかは、経営陣がこうした人材の価値を深く理解し、採用と維持にコミットできているかにかかっていると言えるでしょう。
池田 雄一(Yuichi Ikeda)PwCアドバイザリー合同会社 パートナー
米系リスクコンサルティング会社を経て現職。電子データの中から不正の証拠を見つけ出す「デジタルフォレンジック」が専門。内部不正の調査から海外訴訟まで日本企業のリスク対応を支援している。
PwC Japanグループでは、データアナリティクス領域でご活躍いただける方を募集しています。本記事に関連する求人情報は以下ページよりご覧ください。
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(1):テック人材の採用と維持における企業の課題
(2):フィーチャーエンジニアリングとは?
(3):SNSを活用したコロナ禍における人々の心理的変化の洞察
(4):自然言語処理(NLP)の基礎
(5):今、データサイエンティストに求められるスキルは何か?データサイエンティスト求人動向分析
(6):コロナ禍における人流および不動産地価変化による実体経済への影響
(7):「匠」の減少―技能継承におけるAI活用の道しるべ
(8):開示された企業情報におけるESGリスクと財務インパクトの関係性の特定
(9):ビッグデータ分析で特に重要な「非構造化データ」における「コンピュータービジョン(画像解析)」とは
(10):自然言語処理・数理最適化による効率的なリスキリングの支援
(11):スポーツアナリティクスの黎明 サッカーにおけるデータ分析
(12):AIを活用した価格設定支援モデルの検討―外部環境変化に即座に対応可能な次世代型プライシング
(13):MLOps実現に向けて抑えるべきポイントー最前線
(14):合成データにより加速するデータ利活用
(1):ブロックチェーン技術の成熟度モデルとステーブルコインの最新動向について
(2):3次元空間情報の研究施設「Technology Laboratory」のデジタルツイン構築とデータの管理方法
(3):3次元空間情報の研究施設「Technology Laboratory」における共通ID「空間ID」と自律移動体の測位技術
(4):G7群馬高崎デジタル・技術大臣会合における空間IDによるドローン運航管理
(1):COVID‐19パンデミック下のオンプレミス環境におけるMLOpsプラクティス
(2):機械学習を用いたデータ分析
(3):AWSで構築したIoTプラットフォームのPoC環境をGCPに移行する方法
(4):テクノロジーの社会実装を高速に検証するPwCの独自手法「Social Implementation Sprint Service」-テクノロジー最前線
(5):自動車業界におけるデジタルコックピットの擬人化とインパクト
(6):成熟度の高いバーチャルリアリティ(VR)システム構築理論の紹介
(7):イノベーションの実現を加速する「BXT Works」とは
(8):Power Platformの承認機能、AI Builderを活用して業務アプリを開発する方
(9):社会課題の解決をもたらす先端テクノロジーとディサビリティ インクルージョンの可能性
PwCは、クライアントの現状を分析し、強固なデータ基盤を構築し、データを生かした収益化を支援します。ビジネスパフォーマンスの最適化やデータが生み出す市場機会の実現に向けて、保有資産、すなわちデータの力の活用を支援します。
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