2022-07-14
本シリーズではこれまで、データアナリティクス・AIについてのコラムを掲載してきました。ここからはデータアナリティクス・AIに加え、ブロックチェーン、AR、VR、ドローンなどの最先端技術を紹介していきます。
今回はブロックチェーンとステーブルコインを取り上げます。ステーブルコインとは、通貨本来が持つ価値尺度機能の実現、つまり世にある多くの財を“価格”のように一点の尺度で測ることを目指して設計された暗号資産(仮想通貨)を指します。ステーブルコインは、法定通貨担保型、仮想通貨担保型のような流通している通貨を担保とする担保型と、無担保型(アルゴリズム型)に大別されます。ここでは、PwCコンサルティング合同会社のBlockchain Laboratory(以下「私たち」と略)が、アルゴリズム型ステーブルコインに着目する理由、最新動向やチャレンジするべき課題、ならびに社会実装への取り組みに関してご紹介します。
2022年6月に国内でステーブルコインを規制する改正資金決済法が成立する等、暗号資産(仮想通貨)の分野でステーブルコインの注目度が高まっています。本稿では、私たちが仮説を立てている「ブロックチェーン技術(以下「本技術」と略)の成熟度モデル(以下「成熟度モデル」と略)」とステーブルコインの関連性と、アルゴリズム型のステーブルコインについて解説するほか、最新動向や私たちの取り組みについてご紹介します。
まず、成熟度モデルにおけるG0-G2レベルについて見ていきます。
本技術が世に知られるようになったきっかけに、2009年のサトシ・ナカモトを中心とする開発者グループが行ったBitcoinの実装があげられます。Bitcoin以降、Ethereumをはじめさまざまな暗号資産が中央銀行の介在なしに次々と発行されました。私たちは、2009年から2015年にかけてBitcoinにインスパイアされて生み出されたこのような暗号資産業界の技術群を、成熟度モデルのGeneration0(G0:ジーゼロ)レベルと呼んでいます。
2015年から2020年にかけて、本技術は暗号資産業界にとどまらず産業界においても注目され、Hyperledgerに代表されるようなコンソーシアム型ブロックチェーンをはじめさまざまな技術が登場しました。多くの企業でビジネス適用を目指し実証実験が行われましたが、私たちはビジネス適用に至った例は限定的であると捉えています。その理由は、多くのユースケースが他の技術でも代替可能で、本技術の特徴を活かしたユースケースではなかったためです。このような2015年から2020年にかけて産業界で広く実証実験が行われた、他の技術で代替可能な技術群を、私たちは成熟度モデルのGeneration1(G1:ジーワン)レベルと呼んでいます。
2020年以降、G1技術による有用なユースケースの発見が困難なことが産業界によって広く認知され、一度本技術への注目度は低下しました。しかし、その間にも本技術は成熟度を深め、NFTやDeFiをはじめとするパブリック型ブロックチェーンの新しいユースケースが誕生します。特定の管理者に依拠せず非中央集権的な本技術の特性が活かされており、他の技術では代替できないこれら技術群を、私たちは成熟度モデルのGeneration2(G2:ジーツー)レベルと呼んでいます。
ここまで、成熟度モデルにおけるG0-G2レベルを見てきました。ここからは、本技術の具体的なユースケース例の1つとして、ステーブルコインを紹介します。ステーブルコインの定義や類型に加え、成熟度モデルのG0-G2レベルに照らして確認しましょう。
ステーブルコインとは、価格変動(ボラティリティ)を抑えることで価格表示や購買力の保持の目的でより広く利用されることを目指して設計された暗号資産を指します。現在、暗号資産の価値を安定させたステーブルコインを実現するために、大きく2つのアプローチが取られています。
1つは担保型ステーブルコインと呼ばれるものです。法定通貨、コモディティ[1](金、銀等)あるいは別の暗号資産を準備し、それら資産を裏付けとしてステーブルコインを発行することで、一定のレートで交換できるよう保証する方法です。このアプローチでは裏付け資産の価値により、ステーブルコインの価格を安定させることができますが、発行主体はステーブルコインの発行額と同等の資産を準備する必要があります。また、暗号資産を裏付け資産とする場合は、裏付けとなる暗号資産の価格変動に備え、ステーブルコインの発行額を上回る暗号資産が必要となります。
担保型ステーブルコインは表面的に本技術を使用していますが、その発行の手段は古く各国の中央銀行で取られていた金や自国以外の通貨を金庫に保管し、その評価額に応じて通貨を発行することで兌換を保証し信用を担保する仕組みと同じです。したがって、担保型ステーブルコインとして本技術を中央銀行に適用することは、本質的にはペッグ制通貨[2]をはじめとする兌換を保証した通貨発行と変わりなく、本技術ならではの新規性がある課題を解決しているわけではありません。私たちは担保型ステーブルコインを他の技術でも代替可能な技術群として成熟度モデルのG1レベルに位置付けています。
もう1つのアルゴリズム型ステーブルコインは、暗号資産の価値を監視しながら、アルゴリズムにより市場に流通する暗号資産の供給量を調整する方法です。これまで多額の資産が必要であった暗号資産の価格安定を、アルゴリズムで実現することで、低コストで独自のステーブルコイン発行を可能にするというチャレンジングな試みです。
アルゴリズム型ステーブルコインは、担保型ステーブルコインのように他の金融資産との兌換を保証しておらず、その発行手段は日本を代表する先進国に見られるような通貨量のコントロールを行って通貨の価格安定を行うアプローチに似ています。異なる点は、先進国の通貨価値はその国力を背景にした中央銀行の信用で支えられているのに対して、アルゴリズム型のステーブルコインはパブリック型ブロックチェーンの特性を生かした暗号資産の供給量に着目したアルゴリズムにより信用を創造するという、他の技術では代替できない新しい課題解決の試みである点です。私たちはアルゴリズム型ステーブルコインを成熟度モデルのG2レベルに位置付け、注目すべき技術と捉え、研究を進めています。
2022年はステーブルコインにとって試練の年となっています。例えば、米ドルと価格が連動するように創られたステーブルコインのTerraUSDは、発行の際に利用者から担保金を要求するのではなく、TerraUSDの価格を監視しながら独自の暗号資産であるLUNAを自ら発行してTerraUSDの供給量を調節することで価格の信頼性を担保していたことから、アルゴリズム型ステーブルコインとして知られていました。しかし、2022年5月の暗号資産の価格下落の影響を受けて、TerraUSDは目標としていた1ドルという単位通貨あたりの価格を保てず、大きく目標を下回り、2022年6月現在でもその価格は元に戻っていません。
私たちはアルゴリズム型ステーブルコインの価格が下落したときの価格の下支え手段に問題があったと捉えています。TerraUSDは価格が下落したときに新しくLUNAと呼ばれる暗号資産を発行し、そこで得た資金でTerraUSDを回収し供給を減らす(バーンする)ことで価格を下支えしようとします。しかし、暗号資産の市場が冷え込んでLUNAの需要が乏しく価格が下落している中でのLUNA発行は、LUNAのさらなる価格下落を誘発し、LUNAを通じたTerraUSDの回収に必要な資金の確保ができなくなり、最終的にTerraUSDの信用崩壊を招くことになりました。このようにアルゴリズム型のステーブルコインにおいて、価格下落時のアルゴリズムは大きな技術的な課題となっています。
TerraUSDの一件でアルゴリズム型ステーブルコインについて厳しい視線を送る人も少なくありません。確かにTerraUSDは価格下落時にいかに信用崩壊を防ぐかという課題を浮き彫りにしました。それでもなお、私たちがアルゴリズム型ステーブルコインに着目する理由は、新しい課題解決を志向する成熟度モデルのG2技術であり、本技術の特性を生かしつつ価格変動(ボラティリティ)を低減できる可能性があると捉えているためです。
私たちはTerraUSDの価格が下落する前から国内のステーブルコイン技術者と議論を重ね、価格下落時の暗号資産の供給量調節のアルゴリズムの重要性について理解し、将来の価格下落に備え緊急時の外貨を準備する必要性を認識していました。TerraUSDについても外貨を準備することで今回の信用崩壊を防げた可能性があります。大切なことは問題が発生したときにステーブルコインやアルゴリズム型ステーブルコインを全否定せず、現象や原因を理解し、課題を正しく見極め、対策を検討することであると私たちは捉えています。
近年では、Bitcoinを法定通貨に採用する国が現れるなど、国家レベルでの本技術への取り組みも見られるようになってきました。私たちは、このような最新動向を注視しながら、これまでの金融政策の歴史を踏まえつつ、国内のステーブルコイン技術者と、アルゴリズム型ステーブルコインの価値安定のためのアルゴリズム方法や中央銀行に限らない将来的な利用方法等について協議・研究を進めています。
今回は、ステーブルコインの可能性について絞って解説しました。Web3.0の世界を含めて、ブロックチェーンが波及的に貢献できるすそ野は広がってきています。本連載では今後もブロックチェーンのさまざまな活用について紹介していきますので、ご期待ください。
[1] 例えば、GOLDXは現物の金との交換が担保された暗号資産です。
[2] 国家の施策で他国の通貨に対する為替レートを固定化した自国通貨を指します。ペッグ通貨とも呼ばれます。
D. Nakayama
大手IT会社の新規技術のオファリング担当を経て現職。通信業界の購買業務におけるAI適用支援を経験。Blockchain LaboratoryにてPwCインドとの協業によるアプリ開発に従事。
(1):テック人材の採用と維持における企業の課題
(2):フィーチャーエンジニアリングとは?
(3):SNSを活用したコロナ禍における人々の心理的変化の洞察
(4):自然言語処理(NLP)の基礎
(5):今、データサイエンティストに求められるスキルは何か?データサイエンティスト求人動向分析
(6):コロナ禍における人流および不動産地価変化による実体経済への影響
(7):「匠」の減少―技能継承におけるAI活用の道しるべ
(8):開示された企業情報におけるESGリスクと財務インパクトの関係性の特定
(9):ビッグデータ分析で特に重要な「非構造化データ」における「コンピュータービジョン(画像解析)」とは
(10):自然言語処理・数理最適化による効率的なリスキリングの支援
(11):スポーツアナリティクスの黎明 サッカーにおけるデータ分析
(12):AIを活用した価格設定支援モデルの検討―外部環境変化に即座に対応可能な次世代型プライシング
(13):MLOps実現に向けて抑えるべきポイントー最前線
(14):合成データにより加速するデータ利活用
(1):ブロックチェーン技術の成熟度モデルとステーブルコインの最新動向について
(2):3次元空間情報の研究施設「Technology Laboratory」のデジタルツイン構築とデータの管理方法
(3):3次元空間情報の研究施設「Technology Laboratory」における共通ID「空間ID」と自律移動体の測位技術
(4):G7群馬高崎デジタル・技術大臣会合における空間IDによるドローン運航管理
(1):COVID‐19パンデミック下のオンプレミス環境におけるMLOpsプラクティス
(2):機械学習を用いたデータ分析
(3):AWSで構築したIoTプラットフォームのPoC環境をGCPに移行する方法
(4):テクノロジーの社会実装を高速に検証するPwCの独自手法「Social Implementation Sprint Service」-テクノロジー最前線
(5):自動車業界におけるデジタルコックピットの擬人化とインパクト
(6):成熟度の高いバーチャルリアリティ(VR)システム構築理論の紹介
(7):イノベーションの実現を加速する「BXT Works」とは
(8):Power Platformの承認機能、AI Builderを活用して業務アプリを開発する方
(9):社会課題の解決をもたらす先端テクノロジーとディサビリティ インクルージョンの可能性