テクノロジー最前線 エンジニアリング編(7)

イノベーションの実現を加速する「BXT Works」とは

  • 2024-04-08

はじめに

現在、多くの日本企業がDXを重要視しており、テクノロジーを活用してビジネスモデルを根本から変革し、企業価値を高めるための取り組みを積極的に推進しています。こうした取り組みを通じて、企業内にさまざまなノウハウが蓄積されていることでしょう。

PwCが2022年から毎年実施している「日本企業のDX推進実態調査」によると、日本企業は社内起業制度やアイデアソンなどを通じて従業員のアイデアに基づく新規事業開発を行ったり、オープンイノベーションなどを活用して他社との共創を促進する取り組みを加速させたりしており、既存事業を超えたイノベーションが進んでいます。

しかし、イノベーションを実現する過程で、以下のような課題が顕在化しているケースも散見されます。

  • 独自技術の提供価値が不明確で、社会実装できない
  • 検証のためにPoCを行いたいが、リソースやケーパビリティが不足している
  • 事業検討に時間がかかり、適切なタイミングで社会実装できない
  • 意思決定プロセスが不透明で、社内調整をしている間にプロジェクトが中断してしまう
  • 事業計画を立てたものの机上での検討しかできておらず、事業化の目処が立たない

こうした課題を克服し、イノベーションの実現を加速するためには、事業構想から社会実装に至る全ての過程において、ビジネス視点での事業性、エクスペリエンス視点での受容性、テクノロジー視点での実現性を包括的に捉え、意思決定を行っていく必要があります。

BXT Worksのアプローチ

BXT Worksの取り組みは、11週間で実施する事業構想フェーズ(Createフェーズ)、事業立ち上げに向けた事業構築フェーズ(Launchフェーズ)、事業立ち上げ後の事業運用フェーズ(Oparateフェーズ)の3つのフェーズに分かれます。

BXTを統合したプロセスによる 事業の構想から構築、社会実装

BXT Worksの推進体制は、プロダクトオーナー(PO)、プロジェクトマネージャー(PJM)、そしてB/X/Tの3チームで構成されます。PJMのプロジェクト進行管理のもと、各チームはそれぞれタスクを進行し、チーム間で連携を図りながら検討を行い、検討結果に対してPOへの意思決定を促します。

それでは、BXT WorksのCreateフェーズ、Launchフェーズ、Oparateフェーズの概要をご紹介します。

Createフェーズ

Createフェーズでは、11週間の短期間で投資判断に不可欠な事業性、受容性、実現性を検証し、包括的な事業戦略を立案することを目指します。

Createフェーズの最終成果物は投資家(事業推進に対して投資承認を行う責任者)向けのピッチ資料です。企業ごとに投資家が意思決定を行う際の検討論点は異なります。そのため、Createフェーズ実施前にピッチ資料に具備すべき骨子をBXTの観点で決めておく必要があります。PJMは最終成果物の骨子から逆算し、各チームリーダーと連携しながらタスクを洗い出します。そして中間成果物の作成タイミングとマイルストーンを決定し、プロジェクトスケジュールを策定します。POを含む検討チーム全体で最終成果物のイメージとスケジュールの合意が取れた上で、Createフェーズを開始します。このように、明確なゴールイメージとスケジュールのもとでCreateフェーズを推進することで、11週間という限られた期間の中で効率的、効果的な検討を進めることができます。

以下に、Createフェーズにおける一般的なタスクを示します。

ビジネス:市場分析のためにSTP、SWOT分析といったさまざまな手法を用いて、市場性を評価します。さらに、市場性評価結果を踏まえたビジネスモデルの設計、収益試算を行い、事業性を検証します。

エクスペリエンス:想定ユーザーの課題やニーズからインサイトを導出するための探索型リサーチ、プロダクトやサービスコンセプトの導出、コンセプトのプロトタイピングを行います。さらに、プロトタイプを活用して検証型リサーチを実施し、プロダクトやサービスの受容性を検証します。

テクノロジー:事業を支えるシステムアーキテクチャの設計や技術検証を通じ、社会実装のためのMVPを定義します。こうしたタスクを通じて実現可能性を評価することで、次フェーズでの開発プロセスが効率的になります。

Createフェーズの推進には、過程におけるチーム間の連携と合意形成が重要になります。迅速かつ柔軟な対応が必要になるため、スプリントプランニング、スタンドアップミーティング、スプリントレビューなどのアジャイル開発手法を活用してプロジェクトを管理し、進行することが効果的です。例えば、市場性を評価する場合にはBとXの連携、MVPの特定にはXとTの連携が必要といったように、どのチームがオーナーシップを持ったタスクであっても専門領域の異なるチームが互いに連携することで、B/X/Tそれぞれの成果物の整合がとれ、最終成果物の一貫性が担保されると共に、成果物の品質向上につながります。

Launchフェーズ

Launchフェーズでは、事業の立ち上げと継続的な成長に向けた多岐にわたるタスクが実施されます。実行タスクは対象となる事業の性質に大きく依存しますが、Launchフェーズにおける実施タスク例を以下に示します。

ビジネス:事業計画の策定、オペレーションの設計と検証、運用体制の検討など、事業の収支と連動するタスク、運用の効率化に関わるタスクを担当します。市場での競争力を維持し、収益性の高いビジネスモデルを実現するために、事業の短期、中長期に関わるタスクを並行して推進することになります。

エクスペリエンス:インターフェースのデザイン、ユーザーテストによるプロダクトやサービスの機能性検証、ユーザーフィードバックを継続的に収集するためのリサーチ手法やプロセスの検討など、UXの向上に貢献するタスクを行います。ユーザーからのフィードバックに基づくインサイトをプロダクトやサービスの開発に活かすことで、ユーザーの満足度向上と市場適合性の高いプロダクトやサービスをデザインします。

テクノロジー:プロダクトやサービスの開発、改善プロセス、運用方針の検討など、技術的な実現可能性と効率的な運用を担保するためのタスクを推進します。技術的な安定性と拡張性を確保し、市場の変化に迅速に対応できるシステムの構築を目指します。

Launchフェーズでは、事業成長のために必要な基盤を構築することが重要です。事業の立ち上げ時だけでなく、持続的なビジネス成長を担保するためにB/X/Tの3チームは緊密に連携し、事業化を目指します。

Operateフェーズ

Operateフェーズでは、Launchフェーズで策定した事業計画と運用プロセスに基づいて、社会実装した事業を運営します。ビジネス、エクスペリエンス、テクノロジーのそれぞれの観点から実行タスクを行う必要がありますが、体制は事業運営に最適化する必要があります。日々の運用を通じて得られるデータとフィードバックを活用し、継続的な事業の改善と成長を促すことが重要になります。タスクとしては次のようなものが含まれます。

運用プロセスの最適化:UXを継続的に向上させるために、運用を通じて得られた課題を解決し、より効率的かつ効果的な運用プロセスにするための調整を行います。

パフォーマンスのモニタリングと評価:事業の成果を定量的に測定し、設定されたKPIや目標に対する進捗を評価します。これにより、事業計画の実行状況を把握し、必要に応じて戦略や計画の修正を行います。

ユーザーフィードバックの収集と分析:ユーザーからのフィードバックを収集し、インサイトをプロダクトやサービスの改善に活かします。ユーザーの満足度を高めることは、プロダクトやサービスのブランド強化、ユーザーとの長期的な信頼関係の構築、事業成長に直結します。

追加施策の検討と実施:新たな市場機会の発掘や、プロダクトやサービスの拡張など、事業成長を促すための追加施策を検討します。

Operateフェーズでのこれらのタスクは、事業の持続的な成長と競争力強化のために重要なタスクになります。定性、定量データを基に継続的な改善を行うとともに、戦略に則った新たな検討も行うことが、事業の持続的な成長を実現します。

BXT Worksを成功させるために

BXT Worksを成功させるためには、B/X/Tチーム間でのコラボレーションとコミュニケーションの環境を育むことが重要です。オープンな対話を促し、フィードバックを建設的に共有し、プロジェクトチーム全体で成果を認め合いましょう。また、状況に応じて計画を変更する意欲と柔軟性を保つことが、課題を乗り越え、プロジェクトを成功させるための鍵となります。BXT Worksにより、プロジェクトの成功はもちろん、事業を継続的に改善するマインドセットとイノベーションを実現する文化を醸成できます。

図表 BXT Works に取り組む上での行動原則

B/X/Tチーム:B/X/Tの異なる専門領域での知見、経験を持つメンバーが参画し、共通の目標に向けて連携を図りながらタスクを推進します。そのため、参画するメンバーにはハードスキルだけではなく、コミュニケーション能力を中心としたソフトスキルも求められます。また、計画の変更が発生した場合の臨機応変な課題対応力も求められます。各チームのリーダーは、成果物の品質保証、自チームのタスクの進捗管理はもとより、状況に応じてタスクの調整を検討し、タスクの目的とゴールを明らかにします。

PJM:B/X/Tの各チーム間の連携を促進し、プロジェクト全体の目標達成を推進します。そのために、各フェーズにおけるスケジュールの立案や体制の構築、人員計画の策定を行います。プロジェクト内ではB/X/Tの3チーム全体の進行管理、リスク管理、そしてプロジェクト内での方針検討に際し、プロジェクトのスケジュールを遵守する立場からチーム全体に対してフィードバックを行います。タスクの調整が発生する場合は、該当チームのリーダーと連携し、適正なスケジュール変更を行う必要があります。PJMの役割はBXT Worksの成功には不可欠であり、コミュニケーションスキル、リーダーシップ、問題解決能力が必要になります。

PO:B/X/Tの3チームとの連携を通じてプロダクトのビジョンと戦略を策定します。プロジェクト内では各チームの検討結果に対して、プロダクトがビジネス、エクスペリエンス、テクノロジーのそれぞれの観点でユーザーに提供できる品質になっているかを確認し、意思決定を行います。また、PJMと連携し、ステークホルダーに対してプロジェクトの状況報告、調整を行います。POはビジネス目標と優れたUXの両立を目指し、戦略的な意思決定を行う重要な役割です。

執筆者

H.Aoki
ディレクター、PwCコンサルティング合同会社
専門分野・担当業界
サービスデザイン、UXデザイン、UIデザイン、事業戦略・構想策定・実装支援

人間中心設計の専門家として、多岐にわたる業界のクライアントにUX戦略策定から実行までを幅広く支援。新規事業支援、顧客体験設計、ビジョン策定、顧客タッチポイントのデザインなど、戦略から戦術に至るまでの支援を行う。

事業会社でソフトウェアエンジニア、インタラクションデザイナーとしてプロダクト開発に従事し、後にコンサルティングファーム、広告代理店にてデザインリサーチから体験設計、デジタルタッチポイントのディレクションに携わり現職。人間中心設計専門家。UXデザインに関する翻訳書を複数出版。

テクノロジー最前線―先端技術とエンジニアリングによる社会とビジネスの課題解決に向けて

データアナリティクス&AI編

(1):テック人材の採用と維持における企業の課題
(2):フィーチャーエンジニアリングとは?
(3):SNSを活用したコロナ禍における人々の心理的変化の洞察
(4):自然言語処理(NLP)の基礎
(5):今、データサイエンティストに求められるスキルは何か?データサイエンティスト求人動向分析
(6):コロナ禍における人流および不動産地価変化による実体経済への影響
(7):「匠」の減少―技能継承におけるAI活用の道しるべ
(8):開示された企業情報におけるESGリスクと財務インパクトの関係性の特定
(9):ビッグデータ分析で特に重要な「非構造化データ」における「コンピュータービジョン(画像解析)」とは
(10):自然言語処理・数理最適化による効率的なリスキリングの支援
(11):スポーツアナリティクスの黎明 サッカーにおけるデータ分析
(12):AIを活用した価格設定支援モデルの検討―外部環境変化に即座に対応可能な次世代型プライシング
(13):MLOps実現に向けて抑えるべきポイントー最前線
(14):合成データにより加速するデータ利活用

エマージングテクノロジー編

(1):ブロックチェーン技術の成熟度モデルとステーブルコインの最新動向について
(2):3次元空間情報の研究施設「Technology Laboratory」のデジタルツイン構築とデータの管理方法
(3):3次元空間情報の研究施設「Technology Laboratory」における共通ID「空間ID」と自律移動体の測位技術
(4):G7群馬高崎デジタル・技術大臣会合における空間IDによるドローン運航管理

エンジニアリング編

(1):COVID‐19パンデミック下のオンプレミス環境におけるMLOpsプラクティス
(2):機械学習を用いたデータ分析
(3):AWSで構築したIoTプラットフォームのPoC環境をGCPに移行する方法
(4):テクノロジーの社会実装を高速に検証するPwCの独自手法「Social Implementation Sprint Service」-テクノロジー最前線
(5):自動車業界におけるデジタルコックピットの擬人化とインパクト
(6):成熟度の高いバーチャルリアリティ(VR)システム構築理論の紹介
(7):イノベーションの実現を加速する「BXT Works」とは
(8):Power Platformの承認機能、AI Builderを活用して業務アプリを開発する方
(9):社会課題の解決をもたらす先端テクノロジーとディサビリティ インクルージョンの可能性



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