日本政府が提唱するSociety5.0の中で、現実(フィジカル)空間とデジタル(サイバー)空間が高度に融合された社会の実現を、Cyber Physical System(CPS)の活用を通して目指しています。CPSの一例としては、システムがセンサーで取得したデータを活用して現実空間を把握し、デバイスを操作するという仕組みが挙げられます。この仕組みを実現するには、システムやデバイスが人の生活する現実空間*1を正確に把握する必要がありますが、現状流通しているのは垂直方向の情報が不足した2次元の地図データ、または共通IDや流通機能の整備されていない3次元の空間データが主流であり、十分なデータとは言えません。
本稿では、3次元空間情報の共通IDである「空間ID」と、空間情報の流通機能を持つ3次元空間情報基盤、現在地を測定する測位技術、空間IDを活用した自律移動体の概要およびアーキテクチャについて紹介します。
空間IDとは、産官学の各組織が推進する既存の2次元タイルに標高を付与した3次元空間情報の共通IDであり、下記2点の利点を持ちます。
3次元空間の位置を特定する仕組み・ルールを空間IDとして共通化することで、IDに紐づくさまざまな属性情報をシステムやデバイスの間で共有することができるようになる
空間データはサイズの大きい点群ではなく、人やシステム、デバイスがともに扱いやすい空間ボクセル*2で流通させるため、処理性能の低いシステムやデバイスも利用できる
各空間の空間ボクセルは上記の3次元空間情報の共通IDである「空間ID」とともに、以下3点の性質を持ちます。
3次元空間情報基盤とは、IoT機器などで取得したデータの保有者がそれぞれ異なるID体系で管理している3次元空間データを、空間IDという共通のID体系により一元管理するために検討された基盤です。この基盤は空間IDおよび、空間IDに紐づけられた3次元空間情報により構成された空間ボクセルのデータを保有し、人やシステム、デバイス同士がデータ共有可能な仕組みを持ちます。
各事業者が実空間の3次元データを動的に管理するためには、データを取得する機器が現在地を把握できる必要があります。私たちは空間IDを普及させる上で課題になりうる下記の3点を検証するため、現状の測位技術を整理した上で、本実証に適した測位技術を選定しました。
上記の条件を満たした測位技術は「コンピュータビジョンシステム」、昨今はIMUsやGNSS、Wi-Fiと組み合わせたVisual Positioning System(VPS)というハイブリットな測位技術が一般的となっており、本実証においても利用しました。
最後に、空間IDに関するセミナー*3で行ったデモンストレーションなどを通じて、3次元空間情報の研究施設「Technology Laboratory」のデジタルツイン*4における自律移動体のプロトタイプの概要とアーキテクチャをご紹介します。
本デモンストレーションの想定シナリオは「自律移動体が測位方法および標高が異なる屋外から屋内の目的地まで荷物を運ぶ」です。シナリオは3次元空間情報の「データの更新」と「データの取得」という2つのパート、さらに「データの取得」の中で4つのパートに分けられています。
測位に必要な3Dマップは、ドローンに見立てたLiDARとRGBセンサーが搭載されたスマートフォンで周囲をスキャンすることで、時間軸とともに保存しています。本デモンストレーションは④付近のスロープが設置された後にスキャンすることで、目的地までのつながり(ノード)ができ、自律走行に必要なルート上の空間情報を取得する流れになっています。
① 屋外から屋内への移動:
屋外はIMUsとGNSS、屋内はIMUsと統合したVPSにより測位し、屋内測位用の3Dマップや経路生成用の3Dメッシュは目的地の建物に近づいた際にズームレベル22の空間ボクセル(サイズは緯度に応じて異なり、日本周辺の場合は約9.6㎡)で取得しています。それにより自律走行に必要なデータを確保し、屋外から屋内に測位を切り替えています。
② 突然故障した自動ドアの前で停止:
スマートフォンのLiDARとRGBセンサーでデータを取得することで、障害物を検知することが可能となります。しかし、Technology Laboratoryの自動ドアはレーザー光を通過する鏡であるため、正常に測位できません。本デモンストレーションはドアに別の素材を貼り付け対処しましたが、他にもドアの開閉をクラウド上で管理する方法も考えられます。
③ 運航中のドローンの迂回:
VPSによる測位によって得られたドローンの占有箇所データについては、ドローンに見立てたスマートフォンがサーバーに送信。自律移動体に取り付けたスマートフォンがズームレベル26の空間ボクセル(サイズは緯度に応じて異なり、日本周辺の場合は約0.5㎡)で取得したドローンの占有箇所を避けるように、自動生成した目的地への経路上の移動量と方向を伝達しています。
④ スロープ上の走行:
自律移動体は標高を含む経路の位置情報を元に移動ルートを選定するため、走行に必要なデータしか取得しません。本デモンストレーションは空間ボクセルによる占有箇所のデータが軽量であるメリットを活かすため、各デバイスの占有個所を同期して、自律移動体を移動させています。
以上の実証は空間IDの普及に向けた取り組みであり、当社は他にも3次元空間情報関連のさまざまな課題に対するソリューションを提供しています。以下にご興味のある方はご連絡をいただけますよう、よろしくお願いします。
*1 現実空間は4次元時空間などにも捉えられるが、本内容は座標に限定
*2 ボリューム(Volume)とピクセル(Pixel)を合わせた造語であり、3D表現に用いられる小さな立方体の最小単位。空間IDの空間ボクセルは高さの異なる直方体のケースが存在する。詳細は「4次元時空間情報基盤アーキテクチャ ガイドライン(β版)」のP15に記載
https://www.ipa.go.jp/digital/architecture/Individual-link/ps6vr7000001gz5z-att/3dspatial_guideline.pdf
*3 リアルとデジタルの世界を融合するテクノロジー ―3次元空間情報の活用、インタースペース研究、空間IDの可能性―
https://www.pwc.com/jp/ja/seminars/archive/c1230113.html
*4 3次元空間情報の研究施設「Technology Laboratory」のデジタルツイン構築とデータの管理方法
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/column/technology-front-line/vol14.html
S. Yanagisawa
マネージャー、PwCコンサルティング合同会社
専門分野・担当業界
AR(Augmented Reality)、VR(Virtual Reality)、XR(Extended Reality)、空間情報、メタバース
ARに特化したソリューション開発企業のAR App Developerや、メガベンチャー企業のXR Research Engineerを経て、PwCコンサルティング合同会社に入社。服飾学校の特別講師。スマートグラスやVRデバイスを活用した企画から研究、概念実証、サービス開発まで一貫したXR分野に関する経験を豊富に有し、直近は3D空間情報やメタバースに関する研究開発に携わる。
T. Sasaki
ディレクター、PwCコンサルティング合同会社
専門分野・担当業界
3D空間情報、ドローン、モビリティ、メタバース、デジタルテクノロジー事業戦略・構想策定
総合商社系大手ITソリューションサービス企業に入社後、外資系コンサルティングファーム、大手会計系監査法人を経て現職。情報通信・ハイテク・メディアエンターテイメントなどさまざまな業界の大手企業に対し、成長戦略の立案・実行支援やIT戦略立案・実行支援を提供。PwCコンサルティング入社後は、アナリティクス関連サービスの企画立案とコンサルティングサービスの提供に従事。専門領域は3D空間情報(空間ID)、ドローン、空飛ぶクルマ、メタバースなどのデジタル技術活用戦略、スマートシティ、OMO、デジタル化時代における働き方の変革、RPA企画・導入推進などの分野で、社内外のデジタル関連セミナーにも登壇している。
M. Minami
シニアマネージャー、PwCコンサルティング合同会社
専門分野・担当業界
インターネット、ロボティクス、ドローン、空飛ぶクルマ、産業アーキテクチャ
インターネット黎明期から25年以上にわたり、サイバーフィジカルシステムが支えるデジタル社会の領域を対象として研究活動に従事。2020年には独立行政法人情報処理推進機構が新設した「デジタルアーキテクチャ・デザインセンター」において、自律移動ロボット領域のプログラムディレクターとして、Society5.0やスマートシティで実現されるドローン、サービスロボット、空飛ぶクルマなどが産業としてあるべき姿のアーキテクチャデザインをリード。現職においては、内閣府が定めるスマートシティリファレンスアーキテクチャに関する調査、自律移動ロボットとスマートシティ、都市空間情報基盤、データ連携基盤などの導入計画・構築・運用に関する支援に従事。
特にインターネットを基盤とするサイバー空間(仮想空間)の柔軟なデータ流通と、ドローンや空飛ぶクルマを含むロボティクスなどのフィジカル空間(現実空間)を移動するテクノロジーを、産業アーキテクチャを土台として融合させることで、産業・社会基盤に新たな付加価値を創出する事業・ビジネス・サービスの支援に強みを持つ。
(1):テック人材の採用と維持における企業の課題
(2):フィーチャーエンジニアリングとは?
(3):SNSを活用したコロナ禍における人々の心理的変化の洞察
(4):自然言語処理(NLP)の基礎
(5):今、データサイエンティストに求められるスキルは何か?データサイエンティスト求人動向分析
(6):コロナ禍における人流および不動産地価変化による実体経済への影響
(7):「匠」の減少―技能継承におけるAI活用の道しるべ
(8):開示された企業情報におけるESGリスクと財務インパクトの関係性の特定
(9):ビッグデータ分析で特に重要な「非構造化データ」における「コンピュータービジョン(画像解析)」とは
(10):自然言語処理・数理最適化による効率的なリスキリングの支援
(11):スポーツアナリティクスの黎明 サッカーにおけるデータ分析
(12):AIを活用した価格設定支援モデルの検討―外部環境変化に即座に対応可能な次世代型プライシング
(13):MLOps実現に向けて抑えるべきポイントー最前線
(14):合成データにより加速するデータ利活用
(1):ブロックチェーン技術の成熟度モデルとステーブルコインの最新動向について
(2):3次元空間情報の研究施設「Technology Laboratory」のデジタルツイン構築とデータの管理方法
(3):3次元空間情報の研究施設「Technology Laboratory」における共通ID「空間ID」と自律移動体の測位技術
(4):G7群馬高崎デジタル・技術大臣会合における空間IDによるドローン運航管理
(1):COVID‐19パンデミック下のオンプレミス環境におけるMLOpsプラクティス
(2):機械学習を用いたデータ分析
(3):AWSで構築したIoTプラットフォームのPoC環境をGCPに移行する方法
(4):テクノロジーの社会実装を高速に検証するPwCの独自手法「Social Implementation Sprint Service」-テクノロジー最前線
(5):自動車業界におけるデジタルコックピットの擬人化とインパクト
(6):成熟度の高いバーチャルリアリティ(VR)システム構築理論の紹介
(7):イノベーションの実現を加速する「BXT Works」とは
(8):Power Platformの承認機能、AI Builderを活用して業務アプリを開発する方
(9):社会課題の解決をもたらす先端テクノロジーとディサビリティ インクルージョンの可能性