MLOps実現に向けて抑えるべきポイント―テクノロジー最前線 データアナリティクス&AI編(13)

  • 2024-02-16

MLOpsニーズの高まり

2010年代から第三次機械学習ブームが到来し、広く機械学習の実用化が進むようになるにつれて、ソフトウェア開発で使用されていたDevOpsの考え方を機械学習モデルの運用に反映したMLOps(Machine Learning Operations)のニーズが増加しています。

一方でMLOpsの考え方は、クラウドベンダーごとに定義が異なっていたり、MLOpsに精通していない場合には読み解くことが難しかったりすることがあります。

そのため、MLOpsを始めたい方にとっては、これらの各種定義や考え方を理解することが最初のハードルとなってしまいます。

そこで本記事では、MLOpsの実現レベルを評価する上で重要となるMLOpsの達成度に関して、可能な限り簡易な表現を用いて解説します。また合わせてMLOpsを始める、もしくはレベルアップを行う上で抑えるべきポイントを紹介します。

用語の整理

MLOpsでは機械学習モデルを作成する学習パイプライン(図表1の1、以下「学習PL」)と、機械学習の予測結果を出力する推論パイプライン(図表1の3、以下「推論PL」)が存在します。

推論PLは、例えば小売店のWebページで、ユーザーの情報に応じて機械学習モデルが推薦商品を出力するようなケースが考えられます。

上記のケースではWebアプリケーションから受け取った値に対して前処理などを実施し、機械学習モデルで予測し、Webアプリケーションに予測結果を返すような一連のプロセスが推論PLとなります。

共に「パイプライン」と表現されている通り、基本的にはシステム化されていて自動もしくは半自動で実行されるものになります。

また本記事では、学習PLで作成した機械学習モデルを推論PLに反映させることをデプロイ(図表1の2)、推論PLの予測結果を確認するモニタリング(図表1の4)と呼称します。

図表1 MLOpsの概要と用語

MLOpsの達成度Lv.0の概要と課題

MLOpsのLv.0では自動での機械学習モデルの作成は実施していないため学習PLは存在せず、データサイエンティストが開発で利用する環境をそのまま利用します。

また、推論PLにデプロイされた機械学習モデルのモニタリングなどは想定していません。

そのため、Lv.0で生じる課題の例としては主に下記が想定されます。

  • データサイエンティストが手順を誤って機械学習モデルを構築したため、機械学習モデルの予測がうまく機能しない
  • 機械学習モデルの構築手順が属人化しており、新しい機械学習モデルの構築ができない
  • 推論PLで動作している機械学習モデルの精度が検証できない
図表2 MLOps Lv.0の概要

これらの課題に対して、MLOps Lv.1では学習PLを用意することで機械学習モデル構築のシステム化を進め、モニタリング機能を用意することで推論PLの予測値の監視を進めることになります。

MLOpsの達成度Lv.1の概要と課題

MLOpsのLv.1では機械学習モデルの自動構築と推論PLのモニタリングが実現でき、初めてMLOpsのループを繋げることができるようになります。

Lv.1では新たにいくつかの用語が登場するため、それぞれの役割を説明します。

まずはデータサイエンティストの開発環境と学習PLを繋げるコードレポジトリー(図表3の右上)です。コードレポジトリーにはデータサイエンティストが試行錯誤で利用したソースコードが格納されます。格納されたソースコードは“人手”により学習PLで動くように修正/適用されます。

次に学習PLで自動的に生成された機械学習モデルはレジストリー(図表3の上から3段目)に登録されます。このレジストリーに機械学習モデルの構築に利用したソースコードなどを含めて格納することで、モデル構築の透明性を確保します。

そして推論PLにデプロイされた機械学習モデルは常時モニタリング機能を用いて監視され、必要に応じてアラームを上げるように設計する必要があります。

最後に特徴量ストア(図表3の2段目左)です。MLOpsではデータサイエンティストの開発環境と学習PLおよび推論PLが可能な限り同じデータベースを参照できることが望ましいです(理由は後述します)。

Lv.1での課題は学習PLとデータサイエンティストの開発環境が連動していない点です。基本的にLv.1の学習PLで構築できる機械学習モデルは学習データの増加に伴う再学習です。そのため新しい特徴量の生成や新しいアルゴリズムの採用などのデータサイエンティストの試行錯誤を学習PLに反映させるには、システム開発が都度生じることとなります。

図表3 MLOps Lv.1の概要

この課題に対してMLOps Lv.2ではCI/CD(後述)の強化を進めることとなります。

MLOpsの達成度Lv.2の概要

MLOpsのLv.2ではデータサイエンティストの開発環境と学習PLの間にCI/CD(図表4の右上)の機能が追加されます。

CI/CDとは「Continuous Integration(継続的インテグレーション)/Continuous Delivery(継続的デリバリー)」の略称であり、ソフトウェアの変更を自動でテストし、自動で本番環境に適用できるような状態にする開発手法を指します。

そのため、Lv.2ではデータサイエンティストの開発環境で実施した試行錯誤(新しい特徴量の追加や新しいアルゴリズムの採用など)の結果を自動的に学習PLに反映するということが実現できます。

図表4 MLOps Lv.2の概要

MLOps実現に向けた注意点

MLOpsのレベル別の達成度について必要な機能や課題を整理しました。

これらのレベルはあくまでも目安であり、Lv.0とLv.1の間にもステップはあります。

ただしこれからMLOpsを開始する場合やレベルアップを考える上で、初期段階で方向性を定めるべきポイントがあります。

  • 推論PLをマイクロサービス化しているか?
  • 学習PLと推論PLで同じデータを利用できるか?
  • 機械学習モデルはシステム化するには複雑すぎないか?

これらの観点がクリアされていないと、システムの変更時に手戻りが大きくなる可能性が高いため注意が必要です。以下に順を追って解説します。

推論PLのマイクロサービス化

マイクロサービスとは機能間の繋がりを疎結合にするという考え方です。

MLOpsのLv.1やLv.2では高頻度で機械学習モデルの更新作業が起こりえるため、システムにおいて機械学習モデルの実装部分が他の機能と疎結合になっていることが重要となります。

利用データの共通化

MLOpsの各プロセスではデータの再利用が発生します。そのため、商用環境と検証環境など異なる環境に対する社内ルール間での調整が必要となります。したがって、可能な限りデータを一元化し、データの二重管理やデータ移行のコスト、データ差分による予期せぬエラーなどのリスクを低減することが重要です。

図表6 利用データの共通化の利点

機械学習モデルの簡易化

MLOpsで機械学習モデルを運用保守するためには、まずは複雑なアーキテクチャを避けることを推奨します。

複雑なアーキテクチャでMLOpsを実現するには、当然ながらより複雑なMLOpsのシステムが求められます。そのため、ビジネスの要求レベルとの調整が必要となります。したがって、可能な範囲でシンプルな機械学習モデルの採用を検討することが重要です。

図表7 機械学習モデルの簡易化の利点

MLOpsの今後の展望

生成AIの登場によりAI全体に対する注目が再燃していますが、生成AIの運用においてもMLOpsと同様の「試行錯誤」→「デプロイ」→「モニタリング」→「試行錯誤」→……のフローが重要であり、LLMOps(Large Language Model Operations)として整理が進んでいます。

LLMOpsもMLOps同様もしくはそれ以上に、AI活用に取り組む企業に必要とされる分野になると考えられます。

テクノロジー最前線―先端技術とエンジニアリングによる社会とビジネスの課題解決に向けて

データアナリティクス&AI編

(1):テック人材の採用と維持における企業の課題
(2):フィーチャーエンジニアリングとは?
(3):SNSを活用したコロナ禍における人々の心理的変化の洞察
(4):自然言語処理(NLP)の基礎
(5):今、データサイエンティストに求められるスキルは何か?データサイエンティスト求人動向分析
(6):コロナ禍における人流および不動産地価変化による実体経済への影響
(7):「匠」の減少―技能継承におけるAI活用の道しるべ
(8):開示された企業情報におけるESGリスクと財務インパクトの関係性の特定
(9):ビッグデータ分析で特に重要な「非構造化データ」における「コンピュータービジョン(画像解析)」とは
(10):自然言語処理・数理最適化による効率的なリスキリングの支援
(11):スポーツアナリティクスの黎明 サッカーにおけるデータ分析
(12):AIを活用した価格設定支援モデルの検討―外部環境変化に即座に対応可能な次世代型プライシング
(13):MLOps実現に向けて抑えるべきポイントー最前線
(14):合成データにより加速するデータ利活用

エマージングテクノロジー編

(1):ブロックチェーン技術の成熟度モデルとステーブルコインの最新動向について
(2):3次元空間情報の研究施設「Technology Laboratory」のデジタルツイン構築とデータの管理方法
(3):3次元空間情報の研究施設「Technology Laboratory」における共通ID「空間ID」と自律移動体の測位技術
(4):G7群馬高崎デジタル・技術大臣会合における空間IDによるドローン運航管理

エンジニアリング編

(1):COVID‐19パンデミック下のオンプレミス環境におけるMLOpsプラクティス
(2):機械学習を用いたデータ分析
(3):AWSで構築したIoTプラットフォームのPoC環境をGCPに移行する方法
(4):テクノロジーの社会実装を高速に検証するPwCの独自手法「Social Implementation Sprint Service」-テクノロジー最前線
(5):自動車業界におけるデジタルコックピットの擬人化とインパクト
(6):成熟度の高いバーチャルリアリティ(VR)システム構築理論の紹介
(7):イノベーションの実現を加速する「BXT Works」とは
(8):Power Platformの承認機能、AI Builderを活用して業務アプリを開発する方
(9):社会課題の解決をもたらす先端テクノロジーとディサビリティ インクルージョンの可能性



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