コロナ禍における人流および不動産地価変化による実体経済への影響―テクノロジー最前線 データアナリティクス&AI編(6)

2022-09-01

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、日本国内においても一人一人の生活様態に大きな影響を与えました。東京都で初めて流出超過になるなど、リモートワークの定着によって人々が住環境に仕事場としての要件を求め、都心から郊外への移住する事例も増えてきているようです。ほかにも、主要駅周辺の空き店舗が目立ったり、ネットショッピングの利用頻度が増えたことで物流ニーズが増大したりもしています。

本稿では人々の行動様式と実体経済、特に“地価”の増減とが密接に関わっていることをデータから明らかにすべく、1都3県(東京都・埼玉県・千葉県・神奈川県)を対象に人流データ、地価データ、生活インフラに関わる施設データを活用して分析を行いました。その結果、コロナ前後で地価が変化した場所、しなかった場所、それぞれで人々の行動様式と実体経済とが密接に関わっていることが見て取れました。

コロナ禍が実体経済に与える影響の分析

実体経済として地価が変化する前に、人々の心理および行動の変化が先行することが想定されます。実際、Googleトレンド3では、最初の緊急事態宣言発出(2020年4月7日に大都市圏、同月16日に全国)に伴って検索キーワード「地方移住」の関心が増加している傾向が見られます(図1)。こういった人々の心理的な変化が行動様式を変化させ、その結果実体経済として地価が変化したと捉えるのが自然であると考えます。

(図1)Googleトレンド キーワード人気度の動向

そこで本稿では人々の行動様式と実体経済とが密接に関わっていることをデータから明らかにすべく、1都3県(東京都・埼玉県・千葉県・神奈川県)を対象に人流データ、地価データ、生活インフラに関わる施設データを活用して分析を行いました。

  • 利用データ:
    以下のwebサイト上のオープンデータを利用しました。
    • 人流データ:
      国土交通省のG空間情報センター4にて、2019年1月〜2021年12月の日本全国の月間滞在人口が昼/夜、平日/休日ごとに1kmメッシュ5の単位で提供されています。本分析では1都3県の2019年4月〜2021年3月の昼、平日のデータを利用しました。
    • 公示地価データ:
      国土交通省から各年1月1日時点での標準地6の公示地価が提供されています。本分析では標準地の住所と人流データで定義された1kmメッシュに対応させる加工7をした上で2019年~2021年の地価データを利用しました。
    • 生活インフラに関わる施設データ:
      1都3県のスーパーマーケット8、教育施設9、警察署10、交番11、12、13、鉄道駅14、病院15の住所と施設の種類を収集しました。

なお、地価データ・生活インフラにかかわる施設データは、住所から推定した緯度経度を分析に使用しました。緯度経度の推定には、東京大学が提供するCSV Geocoding Service16を利用しました。

  • 分析方法:
    1kmメッシュごとのコロナ発生前後の公示地価の前年比により特徴的な地域をいくつかピックアップしました。それら地域の人流・地理的特性・生活インフラに関する施設数などからコロナ発生による実体経済(地価)への影響を考察しました。ただし、公示地価への影響は本分析で収集したデータ以外の要因も考えられることにご留意ください。

1. 公示地価変化の集計
公示地価の前年比をコロナ発生前後で算出し、1都3県ごとに集計しました。コロナ発生前後の前年比はメッシュごとに算出し、各都道府県のコロナ発生前後での地価変化の傾向を確認しました。前年比を算出する期間は、表1のように定義しました。

2. 考察対象となる地域のピックアップ
コロナ発生前後の公示地価前年比(%)の正負を基準に分割した4象限から、該当する地域をいくつか選択し、各象限の特徴を考察しました(図2)。

考察対象とする 地域の考え方

3. 実体経済への影響の考察
考察対象の地域に対して人流の前年比や地理的特性、生活インフラに関する施設からコロナ発生前後の地価変化の影響を考察しました。使用した人流の前年比の期間は、表1のように定義しました。

表1:分析データの使用期間一覧17

データ種別 コロナ発生 対象期間 比較期間
地価データ 2020年1月1日 2019年1月1日
2021年1月1日 2020年1月1日
人流データ 2020年4月~2021年3月 2019年4月~2020年3月
  • 分析結果:
    1都3県ごとにコロナ発生前後の公示地価前年比を集計した結果を図3に示します。ただし、コロナ発生前後で地価変化が見られなかったメッシュは集計から省略しました。集計により、神奈川県と千葉県はコロナ発生前後で地価増減の傾向が変化しなかったメッシュが全メッシュの大半(①象限+②象限:神奈川県84.32%と千葉県94.98%千葉県)を占めていました。埼玉県は、地価が下降しているメッシュが全体の84.9%(②象限+④象限)を占めていました。東京都は、コロナ発生前に地価が上昇していましたが、コロナ発生後に地価が下降している地域が全メッシュの81.53%(②象限)を占めています。
(図3)1都3県のコロナ発生前後の 地価比較

本稿では考察対象として各象限から以下の地域をピックアップしました。図4~図7には、メッシュ単位の人流前年比と周辺の生活インフラに関する施設を併せて描画しています。

① コロナ発生後に地価が上昇している地域(図4参照):
東京都稲城市や神奈川県足柄上郡山北町といった地域が該当しています。

(図4)コロナ発生後に地価が 上昇している代表的な地域

② コロナ発生後に地価が下降している地域(図5参照):
東京都内では、台東区(上野動物園エリア)や新宿区(職安通りエリア)が該当し、関東3県では神奈川県横浜市中区(中華街エリア)や埼玉県さいたま市中央区(さいたまスーパーアリーナエリア)が該当しています。

(図5)コロナ発生後に地価が 下降している代表的な地域

③ コロナ発生前後で地価が上昇している地域(図6参照):
千葉県市川市や千葉県習志野市の物流倉庫密集エリアが該当しています。

(図6)コロナ発生前後で 地価が上昇している代表的な地域

④ コロナ発生前後で地価が下降している地域(図7参照):
神奈川県三浦市や千葉県野田市が該当しています。

(図7)コロナ発生前後で地価が 下降している代表的な地域
  • 考察:
    コロナ発生前後の地価変化の比較より、神奈川県と千葉県は地価の増減が変化していない地域が全体の8割以上を占めていました。この原因として、ベッドタウンとして機能している住宅地が多くコロナ禍による地価への影響が少ないことが考えられます。また、埼玉県は、コロナ発生後に地価が下がった地域が全体の8割以上を占めており、県全体で地価が下降傾向にあることが読み取れました。最後に、東京都はコロナ発生前に地価が上昇し、発生後に下降した地域が全体の約8割を占めており、人気地域の地価減少が大きくコロナ禍の影響を最も受けた都道府県であると考えられます。
    次に、4象限の地域に注目し考察します。①コロナ発生後に地価が上昇している地域は、近辺にゴルフコースや鉄道駅が存在する緑豊かな地域が該当し、都市部から離れていてかつアクセスしやすい地域が、別荘や娯楽地域として人気を博していると考えられます。②コロナ発生後に地価が下降している地域は、観光地や繁華街のある地域が該当し、人流の減少傾向も見られました。これらは、コロナ発生により主に影響を受けたと考えられる飲食サービス業や娯楽業の中心となる地域であり、本分析でデータを可視化した結果からも、その影響が見られました。③コロナ発生前後で地価が上昇している地域は、千葉県の物流倉庫が密集する地域が該当します。近年のインターネットショッピングの発展により根強く人気があり地価上昇していることが考えられます。最後に、④コロナ発生前後で地価が下降している地域は、神奈川県や千葉県の都心から少し離れた地域が該当し、鉄道駅や小中学校が周辺に見られないことから、他象限の地域と比べ、観光地やベッドタウンとしての魅力に課題があることが考えられます。

人流データ、地価データ、インフラ関連の場所のデータを活用することで、人々の行動様式と実体経済とが密接に関わっていることを示すことができました。今回は簡易的に人流データと地価データの相関を分析したのみで、実体経済として人流が先に移動して人気が上がり地価が上がったのか、そもそもの傾向として何かしらの魅力で地価が上がり、結果として人流が増えたかどうかの検証までには至っていませんが、今回の分析からコロナ禍で生じた地価変動の地域特性やEC需要の特性を捉えることができました。

この人流データの変化と実体経済の関係の考え方は、他にも応用することができると考えられます。人流だけでなく自社データや外部データから年齢・性別・購買履歴などの顧客属性を合わせることで、地域ごとに特化したマーケティング施策、営業戦略、商品開発、物流最適化にもデータを基にした意思決定のためのツールとなりえます。PwC Japanグループのデータ&アナリティクスチームは、こういった外部データを収集しており、クライアントの保有している自社データと掛け合わせることでさらにデータの価値を生み、DXを支援する取り組みを行っています。

1 PwC Japanグループ「PwC’s COVID-19 CFO Pulse Survey Japan Edition」https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/2020/assets/pdf/pwc-covid-19-cfo-pulse-survey03.pdf

2 国土交通省「国土交通白書2021」 https://www.mlit.go.jp/hakusyo/mlit/r02/hakusho/r03/html/n1233000.html

3 Google「Googleトレンド」
https://trends.google.co.jp/trends/?geo=JP

4 G空間情報センター「全国の人流オープンデータ(1kmメッシュ、市町村単位発地別」
https://www.geospatial.jp/ckan/dataset/mlit-1km-fromto

5 日本全国を約1km四方に分割した区画。1区画ごとに対応するメッシュコードが設定されている。

6 地価公示は、相当数の標準地を選定し、行われる。標準地の選定は、「土地の用途が同質と認められるまとまりのある地域において、土地の利用状況、環境、地積、形状等が当該地域において通常であると認められる一団の土地」とされている。

7 メッシュごとに標準地地価の中央値を算出し、対応付けた。

8 全国スーパーマーケットマップ「東京都内の食品スーパー 店舗一覧」
https://supermarket.geomedian.com/tokyo/supermarket/(2022年4月25日時点)

9 文部科学省HP「文部科学省 学校コード」
https://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/mext_01087.html(2022年4月25日時点)

10 全国警察署一覧「警視庁 東京都の警察署」
http://www.police-map.com/tokyo/(2022年4月25日時点)

11 神奈川県警察HP「交番・駐在所一覧」
https://www.police.pref.kanagawa.jp/mes/mesg0014.htm(2022年4月25日時点)

12 埼玉県警察HP「各警察署の連絡先」
https://www.police.pref.saitama.lg.jp/kenke/kesatsusho/index.html(2022年4月25日時点)

13 千葉県警察HP「警察署一覧」
https://www.police.pref.chiba.jp/police_department/index.html(2022年4月25日時点)

14 鉄道駅LOD「トップページ」
https://uedayou.net/jrslod/(2022年4月25日時点)

15 日本医師会HP「地域医療情報システム」
https://jmap.jp/facilities/search(2022年4月25日時点)

16 東京大学「CSV Geocoding Service」
https://geocode.csis.u-tokyo.ac.jp/geocode-cgi/geocode.cgi?action=start(2022年4月25日時点)

17 公示地価は、毎年1月1日に公表されるため1月1日時点のデータで比較を実施する。

執筆者

K. Fujita

K.Fujita
高度な統計知識や機械学習・ビッグデータ・IoTの技術の経験・知見を活かして、製造業、インフラや医療現場における業務改善や新規ビジネス活用の構想プロジェクトをリード。技術検証や実証実験だけではなく、現場の業務オペレーションや現場メンバーによる内製化を考慮した運用保守支援まで幅広く経験。

R. Aiba

R.Aiba
シニアデータサイエンティストとしてデータ利活用によるDX推進に従事。データ利活用プロジェクトの企画・設計から業務変革まで幅広く実行領域を支援。数理統計、機械学習、シミュレーション、BIツールの知見を有する。

M. Kawakami

M.Kawakami
国内大手製造会社においてデータ利活用のリテラシー教育支援や発電設備の故障予測PoCのプロジェクトに従事。分析企画からAI/アナリティクスにおける実証実験、AI/アナリティクスの業務導入支援を経験。

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テクノロジー最前線―先端技術とエンジニアリングによる社会とビジネスの課題解決に向けて

データアナリティクス&AI編

(1):テック人材の採用と維持における企業の課題
(2):フィーチャーエンジニアリングとは?
(3):SNSを活用したコロナ禍における人々の心理的変化の洞察
(4):自然言語処理(NLP)の基礎
(5):今、データサイエンティストに求められるスキルは何か?データサイエンティスト求人動向分析
(6):コロナ禍における人流および不動産地価変化による実体経済への影響
(7):「匠」の減少―技能継承におけるAI活用の道しるべ
(8):開示された企業情報におけるESGリスクと財務インパクトの関係性の特定
(9):ビッグデータ分析で特に重要な「非構造化データ」における「コンピュータービジョン(画像解析)」とは
(10):自然言語処理・数理最適化による効率的なリスキリングの支援
(11):スポーツアナリティクスの黎明 サッカーにおけるデータ分析
(12):AIを活用した価格設定支援モデルの検討―外部環境変化に即座に対応可能な次世代型プライシング
(13):MLOps実現に向けて抑えるべきポイントー最前線
(14):合成データにより加速するデータ利活用

エマージングテクノロジー編

(1):ブロックチェーン技術の成熟度モデルとステーブルコインの最新動向について
(2):3次元空間情報の研究施設「Technology Laboratory」のデジタルツイン構築とデータの管理方法
(3):3次元空間情報の研究施設「Technology Laboratory」における共通ID「空間ID」と自律移動体の測位技術
(4):G7群馬高崎デジタル・技術大臣会合における空間IDによるドローン運航管理

エンジニアリング編

(1):COVID‐19パンデミック下のオンプレミス環境におけるMLOpsプラクティス
(2):機械学習を用いたデータ分析
(3):AWSで構築したIoTプラットフォームのPoC環境をGCPに移行する方法
(4):テクノロジーの社会実装を高速に検証するPwCの独自手法「Social Implementation Sprint Service」-テクノロジー最前線
(5):自動車業界におけるデジタルコックピットの擬人化とインパクト
(6):成熟度の高いバーチャルリアリティ(VR)システム構築理論の紹介
(7):イノベーションの実現を加速する「BXT Works」とは
(8):Power Platformの承認機能、AI Builderを活用して業務アプリを開発する方
(9):社会課題の解決をもたらす先端テクノロジーとディサビリティ インクルージョンの可能性