2022-09-01
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、日本国内においても一人一人の生活様態に大きな影響を与えました。東京都で初めて流出超過になるなど、リモートワークの定着によって人々が住環境に仕事場としての要件を求め、都心から郊外への移住する事例も増えてきているようです。ほかにも、主要駅周辺の空き店舗が目立ったり、ネットショッピングの利用頻度が増えたことで物流ニーズが増大したりもしています。
本稿では人々の行動様式と実体経済、特に“地価”の増減とが密接に関わっていることをデータから明らかにすべく、1都3県(東京都・埼玉県・千葉県・神奈川県)を対象に人流データ、地価データ、生活インフラに関わる施設データを活用して分析を行いました。その結果、コロナ前後で地価が変化した場所、しなかった場所、それぞれで人々の行動様式と実体経済とが密接に関わっていることが見て取れました。
2019年末に報告され、瞬く間に世界的流行となった新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、日本国内においても一人一人の生活様態に大きな影響を与えました。COVID-19の感染拡大防止に向けて会食、イベント、集会の制限が要請されるとともに、リモートワークへの移行といったワークスタイルの変化が促されています。PwCの調査では日本のCFOの88%がリモートワークを恒久的な働き方の選択肢として捉えており1、アフターコロナフェーズにおける新しい働き方として定着していく可能性も活発に議論されています。
コロナ禍のワークスタイルの変化に伴って住宅事情にも変化が見えています。国土交通白書2によれば2020年9月時点で17%の人が住み替えの検討のきっかけとして「在宅勤務になった」ことを挙げています。住宅に求める条件は「仕事専用スペースがほしくなった」が28%で首位、次いで「通信環境の良い家に住みたくなった」となっています。また2020年5月には2013年7月以降の集計開始以降初めて東京都が転出超過に転じており、リモートワークの定着によって人々が住環境に仕事場としての要件を求め、都心から郊外への移住が進んでいることが分かります。
実体経済として地価が変化する前に、人々の心理および行動の変化が先行することが想定されます。実際、Googleトレンド3では、最初の緊急事態宣言発出(2020年4月7日に大都市圏、同月16日に全国)に伴って検索キーワード「地方移住」の関心が増加している傾向が見られます(図1)。こういった人々の心理的な変化が行動様式を変化させ、その結果実体経済として地価が変化したと捉えるのが自然であると考えます。
そこで本稿では人々の行動様式と実体経済とが密接に関わっていることをデータから明らかにすべく、1都3県(東京都・埼玉県・千葉県・神奈川県)を対象に人流データ、地価データ、生活インフラに関わる施設データを活用して分析を行いました。
なお、地価データ・生活インフラにかかわる施設データは、住所から推定した緯度経度を分析に使用しました。緯度経度の推定には、東京大学が提供するCSV Geocoding Service16を利用しました。
1. 公示地価変化の集計
公示地価の前年比をコロナ発生前後で算出し、1都3県ごとに集計しました。コロナ発生前後の前年比はメッシュごとに算出し、各都道府県のコロナ発生前後での地価変化の傾向を確認しました。前年比を算出する期間は、表1のように定義しました。
2. 考察対象となる地域のピックアップ
コロナ発生前後の公示地価前年比(%)の正負を基準に分割した4象限から、該当する地域をいくつか選択し、各象限の特徴を考察しました(図2)。
3. 実体経済への影響の考察
考察対象の地域に対して人流の前年比や地理的特性、生活インフラに関する施設からコロナ発生前後の地価変化の影響を考察しました。使用した人流の前年比の期間は、表1のように定義しました。
表1:分析データの使用期間一覧17
データ種別 | コロナ発生 | 対象期間 | 比較期間 |
地価データ | 前 | 2020年1月1日 | 2019年1月1日 |
後 | 2021年1月1日 | 2020年1月1日 | |
人流データ | 後 | 2020年4月~2021年3月 | 2019年4月~2020年3月 |
本稿では考察対象として各象限から以下の地域をピックアップしました。図4~図7には、メッシュ単位の人流前年比と周辺の生活インフラに関する施設を併せて描画しています。
① コロナ発生後に地価が上昇している地域(図4参照):
東京都稲城市や神奈川県足柄上郡山北町といった地域が該当しています。
② コロナ発生後に地価が下降している地域(図5参照):
東京都内では、台東区(上野動物園エリア)や新宿区(職安通りエリア)が該当し、関東3県では神奈川県横浜市中区(中華街エリア)や埼玉県さいたま市中央区(さいたまスーパーアリーナエリア)が該当しています。
③ コロナ発生前後で地価が上昇している地域(図6参照):
千葉県市川市や千葉県習志野市の物流倉庫密集エリアが該当しています。
④ コロナ発生前後で地価が下降している地域(図7参照):
神奈川県三浦市や千葉県野田市が該当しています。
人流データ、地価データ、インフラ関連の場所のデータを活用することで、人々の行動様式と実体経済とが密接に関わっていることを示すことができました。今回は簡易的に人流データと地価データの相関を分析したのみで、実体経済として人流が先に移動して人気が上がり地価が上がったのか、そもそもの傾向として何かしらの魅力で地価が上がり、結果として人流が増えたかどうかの検証までには至っていませんが、今回の分析からコロナ禍で生じた地価変動の地域特性やEC需要の特性を捉えることができました。
この人流データの変化と実体経済の関係の考え方は、他にも応用することができると考えられます。人流だけでなく自社データや外部データから年齢・性別・購買履歴などの顧客属性を合わせることで、地域ごとに特化したマーケティング施策、営業戦略、商品開発、物流最適化にもデータを基にした意思決定のためのツールとなりえます。PwC Japanグループのデータ&アナリティクスチームは、こういった外部データを収集しており、クライアントの保有している自社データと掛け合わせることでさらにデータの価値を生み、DXを支援する取り組みを行っています。
1 PwC Japanグループ「PwC’s COVID-19 CFO Pulse Survey Japan Edition」https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/2020/assets/pdf/pwc-covid-19-cfo-pulse-survey03.pdf
2 国土交通省「国土交通白書2021」 https://www.mlit.go.jp/hakusyo/mlit/r02/hakusho/r03/html/n1233000.html
3 Google「Googleトレンド」
https://trends.google.co.jp/trends/?geo=JP
4 G空間情報センター「全国の人流オープンデータ(1kmメッシュ、市町村単位発地別」
https://www.geospatial.jp/ckan/dataset/mlit-1km-fromto
5 日本全国を約1km四方に分割した区画。1区画ごとに対応するメッシュコードが設定されている。
6 地価公示は、相当数の標準地を選定し、行われる。標準地の選定は、「土地の用途が同質と認められるまとまりのある地域において、土地の利用状況、環境、地積、形状等が当該地域において通常であると認められる一団の土地」とされている。
7 メッシュごとに標準地地価の中央値を算出し、対応付けた。
8 全国スーパーマーケットマップ「東京都内の食品スーパー 店舗一覧」
https://supermarket.geomedian.com/tokyo/supermarket/(2022年4月25日時点)
9 文部科学省HP「文部科学省 学校コード」
https://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/mext_01087.html(2022年4月25日時点)
10 全国警察署一覧「警視庁 東京都の警察署」
http://www.police-map.com/tokyo/(2022年4月25日時点)
11 神奈川県警察HP「交番・駐在所一覧」
https://www.police.pref.kanagawa.jp/mes/mesg0014.htm(2022年4月25日時点)
12 埼玉県警察HP「各警察署の連絡先」
https://www.police.pref.saitama.lg.jp/kenke/kesatsusho/index.html(2022年4月25日時点)
13 千葉県警察HP「警察署一覧」
https://www.police.pref.chiba.jp/police_department/index.html(2022年4月25日時点)
14 鉄道駅LOD「トップページ」
https://uedayou.net/jrslod/(2022年4月25日時点)
15 日本医師会HP「地域医療情報システム」
https://jmap.jp/facilities/search(2022年4月25日時点)
16 東京大学「CSV Geocoding Service」
https://geocode.csis.u-tokyo.ac.jp/geocode-cgi/geocode.cgi?action=start(2022年4月25日時点)
17 公示地価は、毎年1月1日に公表されるため1月1日時点のデータで比較を実施する。
K.Fujita
高度な統計知識や機械学習・ビッグデータ・IoTの技術の経験・知見を活かして、製造業、インフラや医療現場における業務改善や新規ビジネス活用の構想プロジェクトをリード。技術検証や実証実験だけではなく、現場の業務オペレーションや現場メンバーによる内製化を考慮した運用保守支援まで幅広く経験。
R.Aiba
シニアデータサイエンティストとしてデータ利活用によるDX推進に従事。データ利活用プロジェクトの企画・設計から業務変革まで幅広く実行領域を支援。数理統計、機械学習、シミュレーション、BIツールの知見を有する。
M.Kawakami
国内大手製造会社においてデータ利活用のリテラシー教育支援や発電設備の故障予測PoCのプロジェクトに従事。分析企画からAI/アナリティクスにおける実証実験、AI/アナリティクスの業務導入支援を経験。
PwC Japanグループでは、データアナリティクス領域でご活躍いただける方を募集しています。本記事に関連する求人情報は以下ページよりご覧ください。
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(1):テック人材の採用と維持における企業の課題
(2):フィーチャーエンジニアリングとは?
(3):SNSを活用したコロナ禍における人々の心理的変化の洞察
(4):自然言語処理(NLP)の基礎
(5):今、データサイエンティストに求められるスキルは何か?データサイエンティスト求人動向分析
(6):コロナ禍における人流および不動産地価変化による実体経済への影響
(7):「匠」の減少―技能継承におけるAI活用の道しるべ
(8):開示された企業情報におけるESGリスクと財務インパクトの関係性の特定
(9):ビッグデータ分析で特に重要な「非構造化データ」における「コンピュータービジョン(画像解析)」とは
(10):自然言語処理・数理最適化による効率的なリスキリングの支援
(11):スポーツアナリティクスの黎明 サッカーにおけるデータ分析
(12):AIを活用した価格設定支援モデルの検討―外部環境変化に即座に対応可能な次世代型プライシング
(13):MLOps実現に向けて抑えるべきポイントー最前線
(14):合成データにより加速するデータ利活用
(1):ブロックチェーン技術の成熟度モデルとステーブルコインの最新動向について
(2):3次元空間情報の研究施設「Technology Laboratory」のデジタルツイン構築とデータの管理方法
(3):3次元空間情報の研究施設「Technology Laboratory」における共通ID「空間ID」と自律移動体の測位技術
(4):G7群馬高崎デジタル・技術大臣会合における空間IDによるドローン運航管理
(1):COVID‐19パンデミック下のオンプレミス環境におけるMLOpsプラクティス
(2):機械学習を用いたデータ分析
(3):AWSで構築したIoTプラットフォームのPoC環境をGCPに移行する方法
(4):テクノロジーの社会実装を高速に検証するPwCの独自手法「Social Implementation Sprint Service」-テクノロジー最前線
(5):自動車業界におけるデジタルコックピットの擬人化とインパクト
(6):成熟度の高いバーチャルリアリティ(VR)システム構築理論の紹介
(7):イノベーションの実現を加速する「BXT Works」とは
(8):Power Platformの承認機能、AI Builderを活用して業務アプリを開発する方
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