PwCでは、先端テクノロジーをより発展させ、社会課題の解決やビジネスの機会につなげていくために、ディサビリティインクルージョンの観点をより広範に取り入れていくことを提唱しています。そしてPwCコンサルティング合同会社(以下、PwCコンサルティング)では各専門領域に特化したエンジニアリングのケイパビリティを有し、先端テクノロジーの社会実装と新たなビジネスモデル創出をサポートしています。
ディサビリティは、人間それぞれ持つ身体的機能・構造と社会環境の2つの要因によって引き起こされます。本稿では、それら要因の解決を促すPwCが注目する各先端テクノロジーの最新ビジネス活用事例とトレンドをお伝えするとともに、ディサビリティを克服し、多様性を取り込んだテクノロジーの開発・実装を成功させるための課題とポイントを紹介します。
グローバル市場では、PwCが最も重要と定義する8つのテクノロジーである「エッセンシャルエイト」を中心に先端テクノロジーの社会実装が進んでいます。
上記のエッセンシャルエイトのうち「AI」と「IoT」の活用は全領域で進んでおり、太陽光パネル、家庭用エネルギー貯蔵装置、EV車の電力量をアプリ上で一括モニタリング・制御するシステムなど、さまざまなソリューションが登場しています。今回は2024年の世界最大規模の一般向けテクノロジー見本市の中で際立ち、AIとIoTも活用した「ロボティクス」と「AR」のトレンドをご紹介します。
ロボティクス領域はさまざまな手段で周辺環境を取得するデバイスがトレンドとなっています。グローバル家電メーカーが公開した最新のAI家庭用ロボットは、自宅内を移動しながら空間を認識してマップを完成させつつ、周囲のIoT機器を自動的に認識して連動・制御します。また、ユーザーの行動パターンを継続的に学習しながら、自らの判断でユーザーの家事や日常生活をサポートすることができます。ロボットがサポートするタスクは、「起床時間に合わせた音楽再生」「カーテンを開ける作業」「照明点灯」「通話受信」「訪問客の確認」「当日の天気や日程のプロジェクション」など多種多様です。また、最近登場したロボットには、高齢者や子どもといった家族、あるいはペットの健康状態や安全をモニタリングし、異常検知やコミュニケーション促進をサポートする機能も搭載されています。
AR領域は、多様な用途に合わせたスマートグラスの登場が特徴的なトレンドとなっています。例えば、乗用車の速度やギアのデータを視界に直接投影することで安全なライディングを支援する製品、内蔵されたマイクとスピーカーでAIと会話できる製品、業務や作業を支援するために片目に単色で情報を表示できる製品、ハンド・ヘッドトラッキング、3Dメッシュ作成、周囲空間の理解が可能な開発者向け製品などがリリースされています。また近年では、演算処理の一部をスマートフォンやPCに任せることで、小型化、高性能化、長時間動作を実現したデバイスが登場していることもトレンドの1つです。一方、作業用モニターの代替を狙う大手グローバルIT企業の関連製品が市場の覇権を握るという判断から、高性能な機能を持つヘッドセットの開発が比較的少ない印象です。その代わり五感の1つである触覚を提示する革新的な製品が相次いでローンチされています。神経系に直接接続することにより、指レベルの粒度で触覚のフィードバックを提供可能にする製品をはじめ、空気圧や超音波、磁場を活用して触覚を再現する各デバイスがその一例です。上記のデバイスの革新・普及と軌を一にしながら、今後もデジタル世界と五感を融合させる技術が続々と登場する見通しです。
テクノロジーの加速度的な発展に伴い、多くの企業が先端テクノロジーをプロダクトやサービスに実装し、市場における優位性を確保しようと競争を激化させています。結果、「社会や人が抱える根本的な課題を解決する」という、テクノロジーが本来持つべき目的を見失うリスクも同時に高まっています。例えば、カメラの搭載されたデバイスは周囲の状況を把握できる一方で、撮影が常に可能なため、他者のプライバシー侵害による社会環境への影響が懸念されています。
先端テクノロジーの活用が新たな課題を生み出すことなく、社会や人が抱える課題を解決し続けるためにはどうすればよいか――。その問いに答える観点は複数存在しますが、PwCはそのうちの1つとして「ディサビリティインクルージョン」を重視すべきだと考えています。
日本ではしばしば「ディサビリティ」については、「障がい」もしくは「身体的・精神的機能上の欠如」として理解されています。そこから派生して、ディサビリティインクルージョンという言葉もまた「障がい者に対する支援やサポート」という理解に留まっています。しかし先進的なトレンドにおいては、人間それぞれ持つ身体的機能および構造と社会環境要因にミスマッチが生まれた際に生じる摩擦こそが「ディサビリティ」であるという解釈が広がっています。
言い換えれば、ディサビリティは先天的・後天的に人に備わった心身の特徴ではなく、社会環境によって生まれる特徴であるということです。この解釈の立場に立った時、ディサビリティインクルージョンは「心身の要因により社会での活動や参加を制限する仕組みや状態を取り除くために、多様な人間の在り方を包摂していくこと」であると再定義できます。
ディサビリティインクルージョンの観点に立ったテクノロジーは、すでに私たちの社会に数多く存在しています。
代表的なのは「字幕」です。字幕は元々、聴覚に障がいのある人々のために開発されたテクノロジーです。しかし現在では海外コンテンツを楽しむすべての人々にとって、翻訳された字幕はなくてはならないものとなりました。また一般的となった文字の音声読み上げ機能も、視覚に障がいがある人々のために開発されたものです。このテクノロジーが開発されたおかげで、世界中の人々が電子書籍を聞き流しながら家事をこなすなど、複数のタスクを同時に処理できるようになりました。
ディサビリティインクルージョンを意識したテクノロジーの社会実装は、世界各国において現在進行形で進められています。米国では手に備えつけたセンサーで手話を翻訳・音声変換する技術が開発されました。その数年後には、喉に装着したセンサーで取得した筋肉の振動をAIチップで学習し、発音したい声を再現して伝える技術も実現しています。今後これらの試みが身体的機能を拡張する技術の発展に寄与し、より多くの人々の生活や文化を豊かにしていくことは想像に難くないでしょう。
ディサビリティインクルージョンの観点を取り入れることは、決して障がいのある人々の課題解決だけに寄与するものではありません。すべての人間の身体機能は高齢化とともに衰えていき、医療に頼らざるを得ない状況が訪れます。しかしディサビリティを包摂する観点でテクノロジー研究や製品開発を進めば、より多くの人々が病院に行く以前の段階で健康課題を解決する手段を手にする道が拓けます。
音声読み上げ機能の登場は、障がいのある人々の知識の蓄積とアイデア形成を支援することになりました。ディサビリティに課題を感じる方々が直接的に情報や知識を得る手段を持つことで、一般には考えつかないイノベーションが生まれる可能性があります。ディサビリティインクルージョンの観点を突き詰めることは、テクノロジー発展やR&D開発の大きな一助になる可能性があるのです。
ディサビリティインクルージョンを推進するカギは「人材」と「想像力」だとPwCは考えています。社会的なバリアに葛藤を抱えた人材とその声を開発の上流から取り込むことで、社会課題の解決に資するテクノロジーやプロダクトの開発は加速度的に進むでしょう。またディサビリティを第三者視点で眺めるのではなく、身体的機能が衰えた将来の自分とそのペインを想像することで、テクノロジーの正しい発展の方向性や社会課題の解決、ひいてはあらたなビジネスの機会に近づくヒントが生まれるはずです。
Shimpei.O
マネージャー、PwC Japan合同会社
専門分野・担当業界
ディサビリティインクルージョン推進をリード
2000年シドニーパラリンピックに車いすバスケットボールの日本代表選手として出場。引退後はクラブチーム「NO EXCUSE」を率いる一方、13年に車いすバスケットボール男子日本代表ヘッドコーチに就任し、21年の東京大会では監督としてチームを銀メダルに導く。PwC Japan合同会社ではチャレンジドアスリート(CA)チームをリード。業務と両立しながら、障がい者スポーツの世界においてトップアスリートとして活躍することを目指すメンバーとともに、社内外においてディサビリティインクルージョン推進をリードしている。
Satoshi.Y
マネージャー、PwCコンサルティング合同会社
専門分野・担当業界
空間コンピューティングなど先端テクノロジー領域
ARに特化したソリューション開発企業のAR App Developerや、メガベンチャー企業のXR Research Engineerを経て、PwCコンサルティング合同会社に入社。スマートグラスやVRデバイスを活用した企画から研究、概念実証、サービス開発まで一貫したXR分野に関する経験を豊富に有し、直近はスペーシャルコンピューティングやメタバースに関する研究およびソリューション開発に携わる。
Ayaka.W
マネージャー、PwCコンサルティング合同会社
専門分野・担当業界
UXリサーチ/デザイン、新規サービスおよびプロダクト開発
エクスペリエンスストラテジストとしてBXTアプローチを起点としたデザインリサーチ、エクスペリエンスデザイン、ワークショップのデザインおよびファシリテーターを担当。デザインシンキング、エスノグラフィーを用いたカスタマーリサーチ、ワークショップおよび研修のデザイン、CXデザインに精通している。
※法人名、役職、内容などは掲載当時のものです。
(1):テック人材の採用と維持における企業の課題
(2):フィーチャーエンジニアリングとは?
(3):SNSを活用したコロナ禍における人々の心理的変化の洞察
(4):自然言語処理(NLP)の基礎
(5):今、データサイエンティストに求められるスキルは何か?データサイエンティスト求人動向分析
(6):コロナ禍における人流および不動産地価変化による実体経済への影響
(7):「匠」の減少―技能継承におけるAI活用の道しるべ
(8):開示された企業情報におけるESGリスクと財務インパクトの関係性の特定
(9):ビッグデータ分析で特に重要な「非構造化データ」における「コンピュータービジョン(画像解析)」とは
(10):自然言語処理・数理最適化による効率的なリスキリングの支援
(11):スポーツアナリティクスの黎明 サッカーにおけるデータ分析
(12):AIを活用した価格設定支援モデルの検討―外部環境変化に即座に対応可能な次世代型プライシング
(13):MLOps実現に向けて抑えるべきポイントー最前線
(14):合成データにより加速するデータ利活用
(1):ブロックチェーン技術の成熟度モデルとステーブルコインの最新動向について
(2):3次元空間情報の研究施設「Technology Laboratory」のデジタルツイン構築とデータの管理方法
(3):3次元空間情報の研究施設「Technology Laboratory」における共通ID「空間ID」と自律移動体の測位技術
(4):G7群馬高崎デジタル・技術大臣会合における空間IDによるドローン運航管理
(1):COVID‐19パンデミック下のオンプレミス環境におけるMLOpsプラクティス
(2):機械学習を用いたデータ分析
(3):AWSで構築したIoTプラットフォームのPoC環境をGCPに移行する方法
(4):テクノロジーの社会実装を高速に検証するPwCの独自手法「Social Implementation Sprint Service」-テクノロジー最前線
(5):自動車業界におけるデジタルコックピットの擬人化とインパクト
(6):成熟度の高いバーチャルリアリティ(VR)システム構築理論の紹介
(7):イノベーションの実現を加速する「BXT Works」とは
(8):Power Platformの承認機能、AI Builderを活用して業務アプリを開発する方
(9):社会課題の解決をもたらす先端テクノロジーとディサビリティ インクルージョンの可能性