AIを活用した価格設定支援モデルの検討―外部環境変化に即座に対応可能な次世代型プライシング―テクノロジー最前線 データアナリティクス&AI編(12)

2023-03-09

製造業の地政学的変化への対応

ロシアによるウクライナ侵攻や新型コロナウイルス感染症の世界的な蔓延などの影響により、為替や需給バランス、原材料価格に大きな変動が見られています。製造業各社はこれらの影響を受けながらも生き残るために、顧客への提供価値に根差した利益の最大化を追い求める必要があり、そのために社会情勢に応じて適切な価格設定を行う必要に迫られています。

一方、常に情勢に応じて最適な価格を算出し続けることは企業にとって負担が大きく、また市場に影響を与える情報を人力で監視・採取し続けることは現実的ではありません。その代わりに、AIを活用することで最適価格の自動算出を実現するソリューションが有用であると推察されます。

ウェブ情報を活用した製品価値分析

PwCでは、ウェブ上で入手可能な製品情報や価格情報を元に機械学習処理を用いることで製品情報(仕様)と価格との関係性を読み取り、各製品にとって最適な価格を分析しました。

今回の取り組みでは、価格弾力性1を持つ中古自動車、家電製品(エアコン)、化粧品を対象としました。製品仕様という定性情報から価格を類推しやすい自動車とエアコンの価格を推定するにあたっては、ウェブ上から入手可能な製品仕様の各項目を説明変数として使用し、製品ごとに決定木アルゴリズムを適用した価格推定モデルを構築しました。一方、ブランドなどの非定性情報が価格に影響を与える化粧品に関しては、ウェブ上から入手可能なクチコミ情報により、ユーザ層やアソシエーションを分析することでブランド価値を推定し、それらの指標をもとに価格推定モデルを構築しました。

その結果、各製品に最適化したモデルを構築できました。加えて、ブラックボックスのイメージが強い従来のAIとは異なり、「説明可能なAI」として、価格を予測した根拠を仕様(説明変数)ごとに示すことができました。これにより製品知識や値付けのノウハウがない人材であっても常に市場動向に応じて最適な価格を算出することが可能になります。以降、各製品について構築した価格推定モデルについて概要を記載します。

1 価格弾力性:価格の変動によって、ある製品の需要や供給が変化する度合いを示す数値 | グロービス経営大学院
https://mba.globis.ac.jp/about_mba/glossary/detail-12099.htm

自動車

ウェブ上から入手可能な製品仕様の各項目を説明変数として使用し、製品ごとに決定木アルゴリズムを適用することで、価格推定モデルを構築しました。

  • 前提条件:
    中古車は新車と比較して、価格弾力性が大きく、かつ価格査定におけるノウハウが要求されます。そのため、AIによる価格予測の効果をより見込むことができます。
    今回の取り組みでは、メーカーやクラス別にAIモデルを構築し、査定価格の推定と寄与要因の分析を行いました。その一例として、代表的な輸入車メーカー3社におけるボリュームゾーンの車種について分析した結果を紹介します。
  • 利用データ:
    2022年度の任意の4週間に、ウェブ上で掲載された輸入中古車(3社分:各社1,000~2,000件程度)の査定価格、製品仕様各項目(車種、年式、走行距離、排気量、標準装備など)に係る情報を取得しました。
  • 分析手法:
    メーカー別に、XGBoost(勾配ブースティング決定木)を適用したモデルを構築し、中古輸入車の製品仕様各項目(説明変数)を基に、査定価格(目的変数)を推定しました。
    また、説明変数とした特徴量の査定価格への寄与度をSHAP値として算出し、重要な特徴量が何であるかを可視化し、分析しました。
  • 分析結果:
    <精度>
    いずれのメーカーでも、訓練・テストとも、R2:0.96、mape:0.1程度となり、データに適合するモデルを構築することができたと推察します。

    <価格推定に寄与する要因>
    いずれのメーカーでも、重要な特徴量として「年式」「車種」「走行距離」「排気量」などが示されました。
    つまり、高値となる車には、下記のような特徴が共通します。
    -「年式」が新しい
    -「排気量」が大きい
    -「走行距離」が短い
    -「車種」がスポーツタイプや高級タイプである

    その後に、標準装備・仕様に関する特徴量が続きます。メーカーによって順位は異なるものの、「使用燃料」「サンルーフ・ガラスの有無」「シフトの種類」などが比較的重要な特徴量であると示されました。
  • 考察
    中古輸入車の価格査定に寄与するのは主に下記の4項目であり、これらの項目を基におよその推定を行うことができました。

    - 年式
    - 排気量
    - 走行距離
    - 車種(標準タイプ、スポーツタイプ、高級タイプなど)


    一方、標準装備や仕様の中にも、一定の寄与を示す項目が存在し、正確な推定を行うための説明変数として不可欠であることが示唆されました。
    さらなる精度向上に向けたチャレンジの例として、下記の項目を説明変数に加えることが考えられます。

    - 特別仕様・装備
    - 限定車の情報

    実際の査定では、純正の特別装備を追加した場合、価格が大幅に上がるケースがあります。また、限定車はプレミア価格で査定されることがあります。
    これらの特徴量を詳細に表現することで、よりプロの査定と近しい推定モデルを構築することが期待できます。

エアコン

エアコン価格の説明変数における 価格への貢献度

(2022年6月時点)ウェブ掲載ありのエアコンの価格、製品仕様、メーカーなどの基礎情報の他に、影響があると考えられる外部要因(例:石油価格)の情報をAIに学習させ、エアコン販売価格の予測モデルを構築しました。

  • 前提条件:
    • 最も一般的な「壁掛け」タイプの機種
    • 2019年以降に販売されている機種
  • 利用データ(一部を記載):
    • スペック情報:
      畳数、電源、生産年度、生産地、冷房・暖房能力、清潔、快適、機能、省エネなど
    • 口コミ情報:
      評価、件数など
    • 外部情報:
      原油価格、為替、気象情報など
  • 分析手法:
    1. 前処理
      • 外部公開情報源から収集したあらゆるデータのフォーマット・キー・項目を確認し、1つのデータセットに結合しました。
      • 欠損・最大・最小などの品質指標と、各項目の間の相関関係を確認しました。
      • 品質指標および相関関係の結果に加え、項目の実際の意味合いを踏まえて説明変数の取捨選択を行いました。
    2. モデリング
      • 回帰、決定木など教師あり学習の代表的なアルゴリズムのパフォーマンスを比較した上で、適切なアルゴリズムを選定し、モデルを構築しました。
      • 性能向上の観点で、過去に存在しない新型の機種にも対応できるように、k-fold交差検証を採用しました。
      • モデルのチューニングは「グリッドサーチ」によって自動的に最適なパラメータを探索・適用しました。
  • 分析結果:
    機械学習モデルにより、各説明変数の影響を総合的に考慮し、最も適切と考えられる価格を予測価格として算出しました。

    例として、機種Aについて、どの項目がどの程度貢献し、予測価格とエアコンディショナー平均価格との間に差が生じたのかを示しました(図3参照)。各項目と予測価格の関係性を判断するには、項目の貢献度(縦軸)と項目の中身の両方を総合的に見る必要があります。例えば、「23畳という広い部屋に対応すること」「電源は高電圧(200V)対応であること」「大手メーカーの製品であること」などにより、機種Aの価格は平均価格を上回っています。一方、「センサーや音声ガイドなどの機能の搭載がないこと」が、価格低下に影響しています。

    エアコンの仕様に関する情報の他に、外部要因の影響も確認できます。機種Aの場合は、「原油価格」(プラス)、「不動産取引」(マイナス)、「気象情報」(マイナス)の3つが主な要因となりました。
  • 考察
    一般的に、エアコンが高価格となる要因としては、「メーカーが大手であること」「広い部屋に対応できること」「センサーなどの高度機能を搭載していること」などが挙げられると想像されます。本モデルの予測結果は上記のような一般常識と基本的に合致しており、ある程度合理的な推定を行うことができていると推察します。

    特筆すべき点として、外部要因項目を説明変数に投入することで、予測モデルの精度や予測結果への納得感を向上させることができたことが挙げられます。

    今後、より適切な項目を投入することによって予測モデル精度の継続的な改善、他類似製品への汎用の可能性が十分にあると言えます。

化粧品

化粧品のプライシングには、他業界と比較して、原価率や原材料費が低い一方で、ブランドに直結する販管費・マーケティングコストが高いという特徴があります。

よって、原材料費(成分、パッケージコストなど)の価格構成率が低く、製品単位での販管費・マーケティングコストは公表されていないことから、コストベースでの価格予測は難しいものになります。

コストベースでの価格予測が難しいため、私たちはブランドから予測する手法を試しました。アプローチとしては、ブランドは価格構成要素が定義されていないものの、商品価格が適正か否かは反響分析により評価できると仮定し、検証しました。

  • 前提条件:
    適正価格で商品が販売されている場合はユーザからの「反響」、つまりクチコミが多く、評価も高いと仮定し、「クチコミ評価×クチコミ数」を適正価格か否かの判断指標として定義しました。
  • 利用データ:
    ウェブ上で入手可能なクチコミ情報を使用しました。
  • 分析手法:
    クチコミ情報での「クチコミ評価×クチコミ数」はユーザの反響の大きさを表します。価格は反響に影響する要素であることを考慮し、価格を変動させて「反響」の推移を確認することで適正価格を算出しました。
    1. 商品情報、ユーザが付与した商品タグ情報(購入場所、ユーザの年齢、使用感など)、そして商品説明およびクチコミから抽出した頻出単語を説明変数として定義
    2. 上記説明変数と「クチコミ評価×クチコミ数」を目的変数とした機械モデルを作成
    3. 価格を変動させたデータを使って「反響」の推移を確認
  • 分析結果:
    百貨店系ブランドの化粧水について、商品情報とクチコミで頻出する単語を説明変数にしてモデルを作成しました。R2は0.87でした。クチコミの中で「口コミ」「パック」「スキンケア」という単語が含まれている化粧水の反響が高いことが分かりました。また、「限定」や「高級感」といった単語も上位に来ており、化粧水に特別感を求めているユーザが多いことが分かります。
  • 考察
    原価から価格を予測することが困難な製品に対して、クチコミからそのブランド力を分析することによってブランド価値を明らかにし、そこから適正価格を予測するモデルを構築できました。精度に関してはさらなる改善が求められますが、ある一定の精度は達成されており、今回の取り組みのアプローチが有効であることを示すことができました。

テクノロジーを活用した社会課題解決への取り組みと展望

PwCではAIを活用して、さまざまな製品の価格を構成する要素を分析することで、製品価格の設定支援システムを構築できました。今後も同様のスキームを利用することで、製品やサービスを中心に、さまざまな分野に応用することが可能であると考えています。

執筆者

M.Yoshimoto
外資系メーカー、外資系総合コンサルティング会社を経て現職。製造業知見やデータ分析を活用し、さまざまな業界においてアナリティクスを活用した業務改善、顧客分析などに取り組む。

H.Yu
外資系コンサルティングファームを経て現職。製薬業界におけるAI&アナリティクスを活用したマーケティング戦略支援、業務改善に伴うAIパッケージ導入支援などに従事。

M.Tabata
SIerを経て現職。金融業界における大規模システム導入、業務改善や、データアナリティクスの知見を活かしたデータ品質の改善などに従事。

PwC Japanグループでは、データアナリティクス領域でご活躍いただける方を募集しています。本記事に関連する求人情報は以下ページよりご覧ください。

PwCコンサルティング合同会社 中途採用職種一覧・セミナー

 

テクノロジー最前線―先端技術とエンジニアリングによる社会とビジネスの課題解決に向けて

データアナリティクス&AI編

(1):テック人材の採用と維持における企業の課題
(2):フィーチャーエンジニアリングとは?
(3):SNSを活用したコロナ禍における人々の心理的変化の洞察
(4):自然言語処理(NLP)の基礎
(5):今、データサイエンティストに求められるスキルは何か?データサイエンティスト求人動向分析
(6):コロナ禍における人流および不動産地価変化による実体経済への影響
(7):「匠」の減少―技能継承におけるAI活用の道しるべ
(8):開示された企業情報におけるESGリスクと財務インパクトの関係性の特定
(9):ビッグデータ分析で特に重要な「非構造化データ」における「コンピュータービジョン(画像解析)」とは
(10):自然言語処理・数理最適化による効率的なリスキリングの支援
(11):スポーツアナリティクスの黎明 サッカーにおけるデータ分析
(12):AIを活用した価格設定支援モデルの検討―外部環境変化に即座に対応可能な次世代型プライシング
(13):MLOps実現に向けて抑えるべきポイントー最前線
(14):合成データにより加速するデータ利活用

エマージングテクノロジー編

(1):ブロックチェーン技術の成熟度モデルとステーブルコインの最新動向について
(2):3次元空間情報の研究施設「Technology Laboratory」のデジタルツイン構築とデータの管理方法
(3):3次元空間情報の研究施設「Technology Laboratory」における共通ID「空間ID」と自律移動体の測位技術
(4):G7群馬高崎デジタル・技術大臣会合における空間IDによるドローン運航管理

エンジニアリング編

(1):COVID‐19パンデミック下のオンプレミス環境におけるMLOpsプラクティス
(2):機械学習を用いたデータ分析
(3):AWSで構築したIoTプラットフォームのPoC環境をGCPに移行する方法
(4):テクノロジーの社会実装を高速に検証するPwCの独自手法「Social Implementation Sprint Service」-テクノロジー最前線
(5):自動車業界におけるデジタルコックピットの擬人化とインパクト
(6):成熟度の高いバーチャルリアリティ(VR)システム構築理論の紹介
(7):イノベーションの実現を加速する「BXT Works」とは
(8):Power Platformの承認機能、AI Builderを活用して業務アプリを開発する方
(9):社会課題の解決をもたらす先端テクノロジーとディサビリティ インクルージョンの可能性